風呂場の怪獣

 ある日風呂場に怪獣が住み着いた。

 困ったなあ、このアパートはペット禁止なのになあ、と思いながらも、怪獣を飼ってみたいと常々思っていたので、嬉しいと感じていた。

 怪獣はまだ子どもだった。浴槽にすっぽり入れるくらいの大きさだ。見た目は恐竜に近い。緑色で、二足歩行する怪獣だった。

 それにしてもこの怪獣はどこからやってきたのだろう。僕は一人暮らしで、誰もこの部屋には入ってきていないはずだし、またかの怪獣が自力でここへ辿り着いたのだとしても、どこからも入れないはずなんだけど。戸締りはしっかりとしているはずだし。

 怪獣の生態はまだよくわかっていないらしいから、何か特殊な能力で風呂場へ入ることができたのかもしれない。僕はそう思うことにした。

 餌は何をあげたら良いのだろう。

 とりあえず僕が好きな棒状のスナック菓子をあげてみた。怪獣は美味しそうにそれを食べた。

「なあ、お前はどこから来たんだ?」

 そう尋ねてみても、返事はなかった。怪獣はただ首を傾げるだけだった。

 

 それから何日か経った。

 怪獣は成長し、浴槽では狭くて飼えなくなってきた。僕はリビングに怪獣を移そうと考えた。怪獣の手を引っ張って、浴槽から出そうとした。

 しかし、浴槽から片足を出した瞬間、浴槽からはみ出した部分が消失した。

 僕は驚いた。こんなことになるなんて、と焦った。

 怪獣を浴槽に押し戻すと、その消失した部分は再生した。良かった。僕は本当に焦っていた。このまま怪獣が消えてしまうのではないかと思った。どうやらこの浴槽から出られないらしい。それがわかっただけでも良かった。

 これまで通り風呂には浸かれないが、僕としては別に良かった。


 怪獣は何でも食べた。僕の夕食の残りやお菓子を好んで食べた。ペットフードを買ってきたら、それも美味しそうに平らげた。

「なあ、お前はどこから来たんだ?」

 もう一度そう尋ねたが、当然返事はなかった。


 怪獣はますます大きくなった。風呂場の天井に頭がついてしまうほどになった。ここじゃ飼えないな、と思いながらも、浴槽から出ると彼は消失してしまう。

 どうしたものか。良い案は思いつかないまま、数日が過ぎた。

 

 ある朝、轟音が鳴り響いた。僕は驚いて飛び起きた。

 上を見ると、空が見えた。青々とした空だ。数瞬遅れて状況を理解した。天井が吹き飛んだのだ。原因はすぐにわかった。怪獣だ。怪獣が大きくなり過ぎたんだ。

 半分吹き飛んだアパートから外へ出てみると、街は怪獣に踏み荒らされていた。

 怪獣の後ろ姿が見えた。東京タワーほどの大きさになっていた。

 逃げ惑う人々で街は混乱しているようだった。

 なるほど。人間に隠れて育てさせ、大きくなったら外に出て街を蹂躙するということか。僕はまんまと彼に、いや彼らの思惑に乗せられたのだろう。浴槽から出ると消失するように見えたのは、浴槽で飼育を続けさせるためだったのだ。あの段階では、まだ怪獣は外に出られるほどの力を持っていなかったのだろう。

 しかしもう僕に飼育してもらう必要はなくなった。だからもう風呂場から出ても消えてしまわないのだろう。

 結局生物はどこまでも合理的で、僕のことなんか眼中にないのかもしれない。

 僕らは、わかり合えないのか。

 何だか全てがどうでも良くなってきた。

 僕は壊れたアパートに戻り、二度寝した。

 

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