透明社会


 ある朝、全人類が透明人間になった。

 あまりに突然の出来事だったので、社会全体が混乱に陥った。声は聞こえるが、存在が認識できないのだ。混乱を収めるべく、すぐに首相が会見を行おうとしたが、その会見も準備の段階から上手くいかなかった。一応何とか会見を開くことはできたが、原因も解決策もない以上、たいしたことは言えなかった。ただ落ち着いてくださいと呼びかけることしかできなかった。そして首相自身もこうした事態にひどく混乱していた。

 すぐに有識者を集め、会議を開こうとしたが、一体誰を呼べば良いのだろう。物理学者や心理学者など様々な学者が集められ、午後には有識者会議が開かれたが、原因ははっきりしなかった。心理学者が人が透明に見える催眠にかかっているのではないかと主張したが、全人類が催眠にかかる可能性は低く、結局結論らしい結論は出なかった。

 ある高名な占い師はついに世界の終わりが始まったと主張し、かなりの人々がその主張を受け入れた。

 あまりの混乱に株取引はストップし、交通インフラも運行を停止した。学校や会社も休みになった。

 犯罪が増加したが、犯人が透明のため、事件を取り締まることが難しくなった。

 社会はますます混乱した。

 政府は人々を誰でも見える姿にできるように、色のついた粉を上空から散布した。しかしあまり効果はなかった。それもそうだ。服まで透明になっているのだ。

 透明の効果はかなり高性能かつ特殊なもので、どんな研究者もすぐには解明できなかった。

 混乱が数日続いた頃、新聞社にある情報がリークされた。そしてそのリークを恐れ、先手を打とうと、ある映像がテレビを通じて流れた。

 その映像には50代くらいの男がうつっていた。

「現在、人が透明になる現象が世界中で起こっているわけですが、その責任は我が社にあります」

 どういうことだ、街中で視聴していた人々が叫んだ。

「我が社は独自に人を透明にする粉末を開発しておりました。その粉末が体に付着し、浸透すると、透明になるのです。また一定時間粉末が染み込んだ肌にモノが触れると、モノも透明になります。私たちは宣伝のために日本の一部地域で実験も兼ねて粉末を散布する予定でしたが、ある新入社員のグループが粉末を全て奪い、世界中に散布したのです。私たちはその社員を全力で探しておりますが、この状況下ですので、捜索は困難であり・・・」

 様々な意見が街中で飛び交った。この情報は真実か?秘密組織の陰謀だと叫ぶ者もいた。

 混乱はさらに深まった。人々は対立し、分断された。


 アフリカの奥地、とある村でキャンプをしている男たちがいた。

 煙草を吹かしながら、ある男が言った。

「なあ、本当に透明になる粉末なんてあるのか?俺たちはいつまで逃げ回っていれば良いんだ?」

 頭に傷を負った男が答えた。

「さあな。真実なんてどこにもないのかもしれない。透明人間か。全部茶番だという気がするよ」

 

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