散歩道

 僕は散歩が好きだ。散歩しているといつも発見がある。綺麗な青空に出会ったり、鮮やかな花を見つけたり、素敵な蝶々と戯れたりすることができる。散歩は楽しい。

 夏だ。蝉が合唱をしている。人生最後の大仕事だ。僕は彼らを手助けしたいと思うだけれど、良い案は思いつけない。まあ彼らも邪魔されたくないか。僕は恋のキューピッドにはきっと向いてないだろうし。

 スキップで川と木々の間に延びる道を駆けていく。素晴らしい日だ。人生は何て素敵なのだろう。蝉の声に合わせて、僕も高らかに歌いたい気分になった。

 そうして散歩を続けていると、川面を見つめている女性に出会った。

「何をしているの?」

 僕は思わず話しかけた。僕は人を見るとつい話しかけてしまう。

 彼女は驚いた顔を僕に向けた。変な人が話しかけてきた、といった表情だった。僕に話しかけられた人は大体こんな顔をする。僕の行動はそんなに変だろうか。

「何でもない。ただ川を見ていただけ」

 彼女はそう言った。返答があるだけで僕は彼女をいい人だと思った。僕と話をしようとしてくれる人は少ない。

「何か悲しいことがあったの?」

 僕は彼女にそう訊いた。僕は傷ついた人を見るとその傷を癒してあげたくなる。僕は悲しそうな顔よりも嬉しそうな顔の方が好きなんだ。

 彼女は、

「うん。ちょっとね」

 と言った。

 僕はそっか、と言って川面を眺めた。魚が泳いでいた。亀もいた。みんな生きているんだなあ。

「遠い場所へ行っちゃったの」

 僕は彼女の顔を見つめた。彼女は、

「大切な人が遠い場所へ行ってしまった」

 と言った。

 それだけで十分だった。僕には彼女の悲しみが十分伝わった。

「そっか」

 僕はそう言った。

 それきり二人して黙り込んだ。川では魚が優雅に泳ぎ、森では蝉が求愛の歌を歌っていた。

「私、川が好きなの。昔から。どうしてだろう。悲しいことがあるといつも川に行ってた。川を見ると心が落ち着くの。川は私を癒してくれる」

 僕は彼女の話を黙って聞いた。

「彼が長くないことはわかってた。でも、いざその時が訪れると、悲しいものね。覚悟していたのに。覚悟していたはずなのに」

 彼女は泣き出した。僕は彼女の泣く姿を見つめた。

 もう言葉はあまり意味を持たなくなっていた。かける言葉は見つからなかった。

 一通り泣いた後、彼女が言った。

「あなた、妖精でしょう?」

 見破られるのは初めてだった。どうしてわかったのだろう?

「何となく。私はあっちの世界に彼を通して触れたからかもしれない」

 蝉の声が小さくなった。

「じゃあ僕を見破ったご褒美をあげるよ」

「ご褒美?」

 僕は彼女の前に一輪の花を差し出した。

「これは何?」

「触ってごらん」

 彼女は花に触れた。その瞬間、僕らは空にいた。眼下には雲があり、上には太陽があった。渡鳥が僕らの前を通り過ぎた。心地い風が僕らを包んだ。

 彼女はとても驚いたようだった。

「どうして?」

「妖精は色々できるんだよ」

 彼女がもう一度花に触れると、海の中にいた。珊瑚礁と鮮やかな魚たちが美しかった。水面が輝いていた。

 そうして色んな場所を旅した。

 大きな滝を見たり、険しい雪山を眺めたり、紅葉を堪能したりした。

 彼女は笑った。彼女の笑顔は素敵だった。

 最後にもう一度花に触れると、とある高校の校門に移動した。

「ここって」

 彼女が言った。

「これは少し、ズルなんだけどね」

 校門から、人が出てきた。

 彼女は、彼を見て驚いた。そして涙を流した。彼女は彼のもとに駆け寄り、彼らは抱き合った。

 夕暮れが二人を包んだ。

 花はしおれ、僕らは川に戻った。すっかり暗くなっていた。黒い川面に三日月がうつっていた。

「あなたに会えて良かったかもしれない。あなたに会わなかったら、ずっと悲しみに暮れたまま、生きることを諦めていたかもしれない」

「そんなたいしたことはしていないよ。きっと君は立ち直っただろうしね。そして悲しむことも時には必要なんだ。僕の悪い癖でもあるんだよ、人を笑顔にしようとするのは」

「そうね。そうかもしれない」

 僕は彼女に別れを告げ、空を舞って家へ帰った。

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