月からの留学生

 月から留学生がやってきた。どうやら僕のクラスに来るらしい。僕は月語が話せないから、仲良くなれるか心配だけれど、きっと大丈夫だろう。

 とうとうその留学生が手続きを済ませて、教室にやってくることになった。先生が呼びかけると、彼は教室に入ってきた。

 かなりの高身長だ。同じ中学生とは思えない。手足はすらりと伸びていて、格好良い。銀髪で長く伸びた髪は、異星風に整えられていて、洒落ていた。服装は僕らと同じ黒の学ランなのに、全然違う服を着ているみたいに見えた。

 彼が月の言葉で自己紹介した後、地球語でよろしくお願いします、とたどたどしく言った。僕らはみんな歓迎の拍手をした。彼は少し照れくさいようだった。はにかむ顔も、何だか様になっていた。

 僕のクラスには月語を少し話せるやつがいて、そいつが通訳になり、僕らは彼に色々と質問した。月での暮らしのことや、彼の家族のこと、月で今流行っているもの、月の学校生活のことなど、色んな話を聞いた。どの話も僕らにとっては新鮮で、とても楽しかった。彼と過ごす時間は刺激的だった。

 だから、月との戦争が始まった時、僕らは胸を痛めた。

 開戦は、彼が月に帰る三日前だった。

 地球政府は月の人々を逮捕する法律をすぐに可決した。

 僕らは、彼をどこかに隠すことにした。僕らはある山の洞窟に秘密基地を作っていたから、彼をそこに匿った。僕も含め3人で彼に協力することにした。

 粗雑な作りの秘密基地だけれど、雨風を凌ぐことはできる。僕らは彼のもとに食料を運んだ。もちろん、彼がここにいることは、誰にも言わなかった。基地に行くときも、誰かにつけられていないか、見張られていないか、きちんと確認して行くようにしていた。

 食料を基地に運び込むとき、彼と少し話をした。彼は地球語を意味が通じる程度には話せるようになっていた。

「どうして、こんなことになったんだろう」

 彼はそう呟いた。僕も同感だった。僕は彼らと仲良くしたいのに、どうして争うことになってしまったのか。

「僕は、君たちのことが好きだ。でも、やっぱり僕の故郷を壊し、僕の家族や友人を殺すことは、許せない。それをやっているのが、君たちと違うことは知っている。でも、何だか」

 彼は言葉を探しているようだった。でも適切な言葉を探しきれないみたいだった。

 僕は彼の言いたいことが何となくわかった。戦争をしているのが僕らの星のお偉いさんで、僕ら市民が始めたものではないとわかっているのだけれど、僕らに対し嫌な感情を抱いてしまうということなのだろう。その気持ちは僕にも理解できた。ある程度は仕方のないことなのかもしれない。

「それでも僕は、これからもここにご飯を届けるよ。僕には今それしかできない。僕のやれる精一杯のことをやるよ。僕は君のことが好きだし、まだ行ったことはないけれど、君の星も好きだ。どうしてこんな状況になってしまったのか、頭でその過程を理解していても、心ではその理不尽さに怒り、呆れてもいる。これからどうなるか、僕には全くわからない。でも、この状況は間違っていると僕は思う。僕は君とこれからも友達でいたい。これから先、ずっとだ。君は僕らを嫌うかもしれない。僕らを憎むかもしれない。だけど、きっと僕のこの気持ちは変わらない。君と、君の星のことを嫌いになったりなんかしない」

 僕はそんな内容のことを彼に伝えた。彼は泣いた。僕は彼を抱きしめた。彼が泣き止むまでそうしていた。

 戦争が佳境に入り、月の人への弾圧が強まった頃、僕らの秘密基地が見つかった。何時間もかけて山を捜索し、彼は見つかってしまったそうだ。

 秘密基地の状況から、協力者がいるだろうとの疑いがかけられ、結局、僕らも逮捕された。

 長い尋問の後、僕らは解放されたけれど、周りの目は冷たかった。僕らは散々いじめられた。辛かった。たくさん殴られたし、友達も減った。机がひっくり返されたり、上履きを隠されたりといったことは、日常茶飯事だった。僕らはどんどん追い込まれていった。やがて学校へも行かなくなった。

 3人で村を歩いている時も、村人から罵詈雑言を浴びせられた。出てけ、と何回も言われた。

「もういっそ本当に出ていってしまおうか?」

 僕が言うと、二人はそれができたらなあと言った。

「遠くの星に行ってさ、可愛い子がいっぱいいて、美味しいものを食べられて、風景も美しくて、娯楽もたくさんあるような、そんな星に行こうよ。彼も連れて、そこでみんなで暮らそう」

 そんなことを言ってみたけど、現実的に考えて、それは無理な話だった。


 そして僕は、村を出た。結局2人はこの村に残るようだった。


 2年間、泥沼の戦闘を続けた後、地球側の勝利で戦争は終わった。僕がそのニュースを知ったのは、民家で遺体を運んでいる時だった。遺体を車に乗せていると、仕事仲間が戦争が終わったらしいと言ってきたのだ。

 僕はあの後、一度も学校へは行っていない。そのまま色んな場所を転々として、仕事をし、何とか食い繋いできた。前科持ちだから、当然良い仕事は回ってこない。今している仕事が給料も内容も一番良い仕事だった。

 僕と一緒に彼に協力した友達の二人は死んだ。一人は月が嫌いな過激派の人に殺され、もう一人は家族に見放されたことで自殺した。

 僕は村を出てから家族には会っていない。釈放された時に、父も母も冷たい態度だったから、きっと見放されていたのだろう。

 彼は元気だろうか。彼の身が心配だ。こんな星来なければ良かったと後悔しているだろうか。僕らを恨んでいるのだろうか。

 僕は彼と友達でいたかっただけなのに。

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