夢の世界

 人間も冬眠する時代になって早10年。最初は戸惑っていた冬眠の方法も、やがて慣れていった。人間は意外と適応能力が高いのかもしれない。あらゆる見地において、人間が冬眠せざるを得ない状況に陥ったのは、地球の寒冷化が原因だと言える。氷河期に突入し、地球の寒冷化が人間の科学力でどうにもできないほどにまで発展してしまい、我々はシェルターで冬眠するしかなくなってしまったのだ。特に深刻だったのは食料問題で、冬眠せざるを得ない最大の理由はそれだった。

 当然、全人類が一斉に冬眠するわけではない。様々な要因によって冬眠する時期が一人一人に振り当てられた。政治力と財力。主にこの二つがものを言った。

 冬眠する人々には、ある機械が与えられることもあった。福祉が充実している国はその機械の配布を積極的に行なった。

 その機械とは、夢の世界で生きられる機械である。

 一つの大きな夢の世界に、機械を通じてアクセスすることができるのだ。夢の世界では何者にもなれるし、どんなこともできる。自分の姿形でさえも自由自在だ。人々は夢の世界を楽しんだ。

 少し覗いてみよう。

 夢の世界にも一応国の区分があり、今回はマシュマロの国を見てみることにする。国といっても国王は誰でもなれるし、法律も国会も、国境でさえも、あってないようなものだ。それが夢の世界というものなのだ。

 マシュマロ国チョコレート県では、人々が自由気ままに過ごしているようだ。容姿は皆美男美女で、中にはペガサスやドラゴンになった者もいる。

 地面を泳ぐ人や、逆立ちで宙に浮く人、炎を吐く人、胴体を伸ばし捻っている人・・・

 とにかく混沌としていた。

 自然環境も普通のものではなく、マシュマロ国の名の通り、山々や空を浮かぶ雲はマシュマロでできていた。チョコレート県ではチョコの湧く泉がある。

 皆、思い思いに過ごしており、幸せそうである。

「もう、ずっとこの世界で過ごしたいなあ」

 容姿端麗なチョコの温泉に浸かった男性がつぶやいた。

「そうだよね」

 隣の女性もつぶやく。

 その瞬間、その二人の冬眠が解除された。


 長い冬眠から覚めた二人は、まず鏡の前に立った。

 ひどくやつれた、ありのままの自分がうつっていた。

 空を飛ぼうとしても、地面を泳ごうとしても、できなかった。

 現実の世界に戻ってきたのだ。

 窓の外を見ると、相変わらずの冬景色。もう何年雪は降りやんでいないのだろう。

 二人は再び冬眠することを希望し、それは許可された。

 夢の世界にアクセスする機械が普及すると、結局人類は全員冬眠を希望するようになった。

 今でも皆眠ったままだ。

 

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