幽園地
クローゼットを開けるといつの間にか遊園地の入り口ができていた。あまりに唐突な出来事だったので驚いた。僕は入園してみることにした。
入園ゲートで50代の男性らしき人に呼び止められた。
「勝手に入ってはいけないよ。入場料を払わなきゃ」
「入場料ですか。しかし僕には持ち合わせがありません」
「なら血を流すことだ」
「どういうことですか?」
「ここから先は血の通わない世界だ。血をここで流すことで、血を抜いたことになる。それが入場料の代わりになる」
よく分からなかったが、従った。カッターを借りて、腕を切った。血が流れた。赤黒い血。どくどくと流れ出し、腕を伝って落ちた。僕はそれを眺めていた。
ゲートが開いた。
「さあ、中に入ってもいいよ」
ややぶっきらぼうながら、優しい口調で男が言った。
中に入ると、煌びやかなアトラクションの光が眩しい。すっかり夜になっていて、暗いため、その光の強さが一層際立っている。
どれに乗ろうかと考えていると、後ろから声をかけられた。
「君、どこから来たの?」
声をかけてきたのは僕と同い年くらいの少年だった。僕と同じで高校生だろうか。
質問に答えようと思った。でも上手く思い出すことができなかった。僕はどこから来たのだろう。どうしてか分からないが、思い出そうとしても頭に靄がかかっていて、記憶はひどく不鮮明だった。自分が何者かさえも覚束なくなっていた。
僕が黙っていると、
「まあ、答えに困るのも無理はない。ここは匿名性の世界でもあるんだ。やがて僕らは一つの概念へと収斂し、個性というものは無くなってしまう。君はその過程にあるんだよ。だから記憶が少しずつ薄らいでいる」
「どういうことだ?」
「完全なる死に向かっているのさ。僕らは最期の時間を過ごしている。ここは幽霊のための遊園地。言わば幽園地だ」
「洒落になってないよ」
だんだん何も考えられなくなってきた。
ジェットコースターに乗ろうよ。
そう言われた気がした。僕はジェットコースターに乗り込んだ。安全バーはなかった。
徐々に僕らを乗せたジェットコースターは上昇し、そして急降下した。
皆振り落とされ、散り散りになった。
そうか、これが死か。
思考能力を失った頭で、そんなことを思った。
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