青空泥棒

春雷

青空泥棒

僕は青空をよく盗む。それは僕が青空を誰よりも愛しているからだ。青空を盗むと、僕の心は満たされる。青空を独占する罪悪感はあるけれど、それ以上に幸福感がある。

 青空は風呂敷で包んで盗む。この風呂敷は、お爺ちゃんからもらったもので、所々縫い合わせた痕があり、かなり年季のある風呂敷だと分かる。その風呂敷で青空を包むと、空の一部分を切り取ることができる。切り取られた部分は全くの暗闇になる。真っ黒な穴が空に開く。だから青空を盗んだ場合には、すぐ人に通報される。青空はみんなの財産なんだから返せと言われる。でも僕はそんな人々の声を無視する。青空は公共物じゃない。誰だって道に咲いている花を綺麗だと言って摘むことがあるだろう?それと同じだ。僕の場合はその花に当たるものが青空だったというだけの話だ。

 青空へは鳥の力を借りて近づく。僕の相棒はコンドルのジョー。彼の背に乗り、青空を盗むのだ。

 青空は家に持ち帰り、瓶に入れる。その瓶は棚に飾ってあって、もう30近くの瓶がその棚には置かれている。一つ一つ瓶に入った青空を鑑賞すると、それぞれ特徴があることが分かる。濃い青や薄い青、紫がかった青、薄暗い青、明るい青、オレンジが混じった青。おそらく時間帯や地域によって変わってくるのだろう。一つとして同じ青空はないのだ。僕は研究者じゃないから分類とかはしないけれど、いつか誰かが分類し、青空の性質について解明してくれると良いなと思う。

 お爺ちゃんは曇り空が好きで、よく盗んでいた。お爺ちゃんは気球で曇り空に近づいていた。でもある時空中警官に見つかって、気球を狙撃され、そのまま墜落し、大怪我を負ってしまった。お爺ちゃんはそのまま逮捕され、結局獄中で死ぬことになった。

 僕はもうその頃には青空を盗んでいたから、面会にも行けなかったし、お爺ちゃんが逮捕されたことも、死んだことも、仕事仲間から聞いた。悲しかった。どれだけ青空を盗んでもこの悲しみを埋めることはできなかった。

 僕は今15歳で、僕が盗んだ青空を仕事仲間のフィリップが裏のオークションに出品してくれることで生計を立てている。生活はいつも苦しく、一日食うものがないということもしばしばある。ジョーの餌は何とか買っておこうと思い、何日も自分の飯は我慢するということも多い。

 今日は僕の誕生日だけれど、誰も僕をお祝いしてくれる人はいない。当然だ。アウトローな仕事をしているのだ。今更普通の幸せを追いかけることなどできない。わかっている。わかっているんだけど、時々虚しくなる。

 僕は自分にお祝いを買っても良いんじゃないかと思い、裏市へ向かった。

 裏市は、法の外で生きている連中のために開かれている市だ。普通の市では売っていない品も多く取り揃えていて、雲街でつくられた雲や風の国で採れる風を生み出す不思議な草なんかも売っている。どれも違法に売られているものだ。

 僕は食べられる宝石を1グラム買った。宝石製造局でつくられたエラー製品だ。見た目も美しいし、かなり甘くて美味しいと言う。僕の稼ぎじゃ大分厳しい値段だったけど、まあ今日くらい贅沢しようと、思い切って購入した。

 丁寧に包装してもらい、市を出た。

 市を出ると、長い路地が続き、そこを抜けると表の世界へ出る。

 たまには表の世界に出てみるのも良いかもしれないなと思った。ちょっと危険だけど。

 色んな店を覗いた。どの店も華やかで、素敵だった。やはり表の世界に未練があるのだろうか。でも、もう戻ることはできない。

 パン屋に入ってみた時、信じられない感情が、僕の中に溢れ出した。

 恋だ。

 パン屋で可愛らしく首を傾げながらパンを選んでいる彼女。金髪のセミロングで、顔はやや幼い。僕の二つくらい年上だろう。一見大人しそうだが、心の中に活発な何かを秘めている感じがあった。

 僕と目が合った。僕は頭がくらくらした。彼女の全てに圧倒されていた。一目惚れってやつか。

 僕は急いでその店を出た。これ以上いると、裏の世界に戻れなくなりそうだ。僕はもう、表には戻れないんだ。


 長い路地を抜け、裏の世界に戻った。

 裏の世界の入り口に、フィリップがいた。

「おお、ちょうど良いところに来た。仕事をしてくれないか」

 仕事をして表の世界のことについて忘れたかったので、僕はすぐに請け負った。

 5番街の青空が良い色合いになりそうなので、盗んで欲しいという依頼だった。僕はすぐに支度して、寝床で眠っていたジョーを起こした。

 仕事着に着替え、ジョーの背に乗り、すぐに出発した。仕事着は工事用の作業服に近い構造で、宝石は巾着入れて、腰のベルトに引っ掛けた。

 ジョーが高度を段々と上げていく。いつも上昇している時は緊張してしまう。上手く仕事をやり遂げることができるか、不安だからかもしれない。

 ふと後ろを見た。


 空中警察がいた。

 

 どういうことだ?頭がひどく混乱した。

 ジョーに逃げる合図を出した。このままでは捕まってしまう。お爺ちゃんのことを思い出した。これじゃ二の舞だ。

 ジョーがスピードを上げて、空中警察の飛行車両から遠ざかろうと必死になる。

 あまりのスピードに、僕は思わず宝石を落としてしまう。

 ああ、と思い、宝石が落ちていく先を見つめた。

 彼女がいた。

 パン屋で出会った彼女だ。

 好奇心を湛えた眼で空を眺めていた。

 こんな状況なのに、僕はとても素敵な気分になれた。

 彼女を一目見ることができた。それだけで幸せだった。

 きっと僕のことは覚えていないだろう。すぐに忘れてしまうだろう。

 彼女が宝石を両手で受け止めた。

 それで良い。君へのプレゼントだよ。


 銃声が鳴った。次の瞬間には僕のこめかみを弾丸が貫いた。

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