第10話 ミントの譲渡大事に育ててね

 パージマル卿が、ランスパンフの街に来た理由は、縁談であった。なんでもこの街一番の美人に一目惚れして以来、文通を1年続けていたという。


 パージマル卿は情熱的であり、庶民出身の女の子を遠方に来させるのは容易ではない、と止めて、自分からこの街に赴いたのだという。


 アッちゃんが嬉々としてもてなし料理を作っていたのも頷ける理由だった。


「それはおめでたいですね」


「ああ、ありがとうユウジくん。おかげさまで縁談はとんとん拍子にまとまり、馬車にわが新妻を乗せて、屋敷へ帰ることになったよ」


「まぁ!お熱いですわね!」


 目をキラキラさせるアッちゃん。ロマンチックな恋には、いくつになっても心ときめくものである。


 パージマル卿は髭を撫でる。


「嫁入り道具はのちに運んでもらうことになったのだが、しかし新妻と解放した奴隷たちを乗せて、すっかり馬車はパンパンだよ。楽しい帰路になりそうだ」



「なんだかなにからなにまで平和でいい話ですね」


「そうだな…」


 スバルは思案したような顔をしていた。そして、慎重に尋ねる。


「パージマル卿、このあとは王都へ向かうということでございますよね。ご相談なのですが、ぜひ我々を馬車の護衛に雇ってはいただけないでしょうか」


「む?」


 ユウジはその名案に顔を輝かせる。もし自分も荷馬車に乗せてもらえるならそれほど楽なことはない。


 ランスパンフへの5日間の旅路でも相当に体力的に厳しかった。それなのにここから王都までは歩きだとさらにかかるという。


 絶対に馬車のほうがいい。ユウジも賛同した。


「僕からもぜひお願いします!」


 タージマル卿は少し困った顔をした。


「しかし勘当されたとはいえ、縁のあるお家のお嬢さんを、護衛として雇うのは心苦しい部分があるな」


 物静かだった元奴隷の獣人の子も口を開く。


「もともと連れていました護衛に加え、いまは私もいますし、充分ではないですか?それに良家のご子息に身を守っていただくなど、非常識ですよ」



「そこをなんとか!」


「うーむ」


 パージマル卿は決めあぐねていた。しばらく長考、静寂の時間が訪れる。


 そんな時アッちゃんが、そうだ、と思い出したようにユウジに話しかける。


「ねえ王都へ行くならもうしばらくここには寄らないでしょう?それならぜひこのお茶に使われている葉っぱを一株お譲りいただけないかしら?」


「え?ミントのことですか?全然いいですよ一株でも十株でも」


 ユウジは空いていた植木鉢にミントをいくつか生やさせた。


 パージマル卿はそれを興味深そうに見る。


「それは魔法かね?見たことないなユニークスキルか?」


「ええまあ、MINTと言いまして、この植物ミントを生やすだけのものです。一度生やしたらどんどん増えますし栽培は簡単ですよ」


「ほぉ」


 パージマル卿は天を見上げる。


 もしこのミントを販売して、利益をあげられれば、奴隷たちを預ける予定であった孤児院の経営の助けになるのではないか。


「……ユウジくん、もしよろしければ王都についたら私にもミントを分けてくれないか?」


「はい、ぜんぜん。……え、それって」


「ああ、護衛の件お願いするよ。報酬もたっぷり出そう」


「しゃあ!」


 ガッツポーズをするスバル。なお、彼女の剣は折れているため、実のところあまり護衛では戦力にならない。


 獣人の子は、騒がしい同僚が加わったことにため息をつく。


 ユウジは獣人の子に握手を求める。


「よろしくね、えーと。そういえば君の名前は?」


 獣人の子は俯く。


「まだない。王都についたらいい名前をもらう予定だった」


 パージマル卿は髭を撫でる。


「ああ、命名に明るい占い師がいてね。その方にお願いしようかと」


「でもよーいまから仕事するのに呼び名がないのは困るぜ。いまつけちまおうよ」


「む、そうか?」


「そうですねーなにがいいですかね……」


 スバルが店内を見渡し、閃く。


「ランスパンフの街で解放されたんだから、ランパでいんじゃね!?」


「あら、なかなかいいんじゃないかしら?」


 アッちゃんも、賛成する。


「ふむ、それでいいかい?」


 タージマル卿が確認すると、獣人の子は、渋々了承した。


「よし、じゃあてめーの名前は今日からランパだ!よろしくな!」


「……馴れ馴れしすぎです。初対面の人にそんなに距離が近いのは非常識ですよ」


 賑わう面々。


 その中でユウジは少しだけ、ほんの少しだけ引っかかっていた。


(ランパって……乱パみたいだな)


 ユウジは思春期高校生であった。

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