第9話 膝蹴りは非常識

「それで、アッちゃんがおもてなししようとしてた貴族って誰なんだ?」


 スバルは良家の娘なので、この国の貴族にはそれなりに精通していた。


「パージマル卿よ」


「げ」


 スバルは舌を出す。


「どうしたんですか?」


 ユウジが尋ねると、嫌々スバルは説明する。


「昔、求婚……」


「えっ!婚約者ですか?」


「求婚されそうになったから殴って意識不明にさせた」


「わーお野蛮ガール」


 パージマル卿は、スバルの遠縁にあたり、一度だけ会ったことがある仲だった。その際に「ちょっとした」トラブルになったのである。


「くそー顔合わせらんねーな。ねえアッちゃん!あいつどこの宿に泊まるの?つーかもしかしてここ来る?だとしたら早めに退散しねーと」


 アッちゃんはそうねぇ、と時計を見る。


「あと5分後にここに来るかしら。宿はいちばんおおきなとこよ」


「おっけ。ギリギリじゃん。いくぞユウジ」


「はい姐さん」


「やめろ」


 ユウジがギルドの扉を開けると、ちょうどそこには立派な髭を生やした男が立っていた。


 男はギルドの中を見回すと、スバルに焦点を合わせる。


「む?やあ!そこにいるのはスバルくんではないか!」


「え?もしかしてパージマル卿ですか?」


「ユウジ!伏せろ!」


 スバルの行動は早かった。目の前に現れたのが、パージマル卿だと判断して、すぐさま助走をつけた。


 徒手格闘の苦手な彼女ではあるが、立派なA級冒険者。そのへんの親父貴族には遅れを取らない。


 繰り出したのは、最大脚力の、「飛び膝蹴り」!


 『むかしの自分を知る人間とあんまり会いたくないなぁ』、とその程度の考えで及んだ、衝動的な暴力ではあったが、その膝は的確にパージマル卿を沈めるーーー!


 かと思いきや。


 スバルの膝は、毛むくじゃらの手に防がれた。


「うおっと?」


 膝蹴りの失敗により、不安定にバランスを崩して、床に着地するスバル。


 そして顔をあげ、膝を防いだ手の持ち主を見る。


「あの、ご主人様をいじめないでください…いきなりひとを蹴るのは非常識ですよ」


 か細い声で、正論を唱える少女。


 白いワンピースを着た、小さな背丈の彼女は毛むくじゃらの腕をあげて威嚇する。


「ぐるる…」


「……めずらしいわね、獣人?」


 少女の童顔の頂点には、ピョコンと2つの犬耳が生えていた。


 パージマル卿は髭を触る。


「うむ、この街に奴隷商が来ていたのでな、手に入れた」


 少女は、奴隷商から手に入れられたとはいえ、綺麗な身なりに見えた。また、獣化した腕の毛並みもいい。


「買ったんですか?」


「いや?奴隷商が気に入らなかったから圧力かけて全員解放させた。この子は護衛として有用だから手元に置いておこうと思うが、他の子は領地で教育を受けさせようと思う」



 アッちゃんはまあ、と微笑む。、


「ほんとにパージマル卿には頭が下がりますわ」


 ユウジはジトっとした目でスバルを見る。


「なんかいいひとそうなんですけど」


「いいひとはいいひとよ」


 スバルはそっぽをむく。


「……とりあえず、みなさんでお茶でも飲みます?」


 ユウジは珍しく気を遣って、ミントティーをごちそうした。

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