文芸部の村上くん

にゃべ♪

村上くんの自信作

 とある海沿いの田舎街。その街にある高校の視聴覚室は、放課後になると文芸部の部室になる。部員は全部で10名。3年生3人、2年生3人、1年生4人。全員、創作が趣味の作家の卵達だ。全員カクヨムにアカウントを持っていて、それぞれが作品を投稿している。

 4月も中旬に入った金曜日、部長の檜垣さんが壇上に立って9人の部員を見回した。


「えーと、そろそろ部誌を作るので、皆さん短編小説を書いて提出してください」


 この文芸部は、3ヶ月に一冊の部誌を作るのが習わしになっている。春の部誌は、新入生もいるのでノーテーマで自由に作品を書く事になっていた。条件は文章量だけで、最低600文字から最高4000文字まで。全員参加でキャンセルは不可。


 部長の話を聞いた部員達は、一斉にノートを広げて考えをまとめ始めた。中にはいきなり執筆を始める人もいる。全員が忙しなく動き始める中、3年生の村上くんだけはぼうっとしていた。


「春は眠い……」


 彼はそう言うと、そのまま机に突っ伏して眠ってしまう。やがて部活の終わりの時間が来て、檜垣さんが起こしに来た。


「起きな。残ってるのは君だけだよ」

「あ、ごめん寝てたわ」

「小説、ちゃんと書いてきてよね。締め切りは次の金曜」

「短編でしょ? 余裕余裕」


 村上くんはそう言うとヘラヘラと笑う。そうして、その日は終わっていった。


 人間には2つのタイプがある。時間内にきっちりと成し遂げる人と、時間に余裕があるとサボる人だ。そして、村上くんはバリバリの後者だった。

 部長の檜垣さんとはクラスメイトだったので、会う度に原稿を急かされていた。その度に彼はのらりくらりとかわし、ついに木曜日の夜になってしまう。


「うーん、今日は書かんとマズいなあ……」


 追い詰められた村上くんはノートに向かうものの、当然何も思い浮かばない。そこで、彼はネタ探しにネットサーフィンを始めた。色々なサイトをつまみ食いしながらツイッターを眺めていたところ、たまたまトレンドにあった焼き鳥の文字に注目する。


「あ、焼き鳥。これだ!」


 一度火がついてからの彼の動きは早く、ノープロットで一気に執筆を進めていく。途中で多少調べ物もしたものの、1時間かからずに彼は作品を仕上げてしまった。


「ヤバ、名作が出来てしまった……」


 翌日の放課後、村上くんは満を持してドヤ顔で部長に作品を提出。


「すっげぇのが書けたんで。最高傑作なんでヨロシク」

「へぇ、そうなんだ。まぁ、私は作品が集まればランダムな文字の羅列でも構わないんだけどね」

「ひどっ」


 2人はそう言って笑い合う。その日は他の用事とかもあったので、檜垣さんは村上くんの作品を部活の時間内に読めなかった。


 その日の夜、宿題も片付いて時間の取れた彼女は、部誌の掲載順を考えながら部員達の書いた作品を読み始める。異世界ファンタジーやラブコメ、SFなどの短編を読んで笑ったり涙したり。

 そうして、偶然にも村上くんの作品が一番最後になった。


「さてと、最後は村上くんの自称最高傑作かあ……」


 檜垣さんはコーヒーをゆっくりと一口含み、作品を読み始める。


 タイトルは『ゆるキャラの焼鳥くん』。


 ――――――――――――――――――――――――



 やあ、僕の名前は焼き鳥くんだよ! 僕は普通の焼き鳥だったんだけど、ある日、屋台に雷が落ちてゆるキャラになったんだ。串に刺さった焼き鳥の姿のまま、人間の大きさにまでおっきくなっちゃった。

 気が付いたら、みんなの人気者になっていたよ。


 僕はダンスが大好き。いつもダンス動画を見ては踊っているよ! それから旅行も大好き! 知らない景色を見るのが何よりも好きなんだ。

 でも本当はインドア派なんだよね。いつもは旅行雑誌を読みながらのエア旅行を楽しんでいるよ。本はいいよね、一瞬で知らない景色を楽しめて。ベッドに寝っ転がって世界旅行だって出来ちゃう。最高だなあ!


 そんな僕、今日は焼き鳥日本一って言う愛媛県の今治市にやってきたんだ。やっぱり日本一って言葉は素敵だよね。この街が焼き鳥日本一じゃなかったら、きっと来てなかったよ。

 じゃあ、早速日本一って言う焼鳥を食べに行くね! どれだけ美味しいのかなあ。ワクワク。


 取り敢えず、目に入ってきた焼き鳥屋さんに入ってみたよ。


「おじさーん、焼き鳥ちょーだい!」


 それで出てきたのは鳥の皮の焼き鳥だったんだ。あれえ? 串に刺さってない! こんな焼き鳥を見たのは初めて! 美味しいのかな?


「うンまッ!」


 初めて食べた皮の焼き鳥はすごく美味しかったよ。付け合わせのキャベツもね。美味しかったから他のお店にも行ったけど、そこにも皮の焼き鳥があったんだ。結局皮の焼き鳥の食べ比べみたいになっちゃった。

 それで、色々食べてみた僕の頭の中に素朴な疑問が生まれたんだ。


「美味しい事は美味しいんだけど、これが日本一?」


 日本一って、きっと日本一美味しいって意味だよね? だけど、申し訳ないんだけど、普通に美味しいんだけど、突き抜けて美味しいって言うところまでは感じないかなあ……。

 僕はまだ究極の焼き鳥を食べていないだけかも知れないと思って、更に食べ歩いてみたんだ。今治市は焼き鳥屋さんの数が多くて、とても全てのお店は廻れないほど。


「あっ」


 お腹がいっぱいになって僕はやっと気付いたんだ。何故この街の焼き鳥が世界一なのかって。


「そっか、皮の焼き鳥が他にないから日本一なんだ。なるほど、うんうん」


 ようやく謎が解けてスッキリしたところで、海から大きな怪獣が現れた! 市民の皆さんも一斉に逃げ出していくよ!


「うわあ、怪獣だああ!」

「キャアア! 助けてー」


 このピンチに、僕は決意したんだ。ここは僕が何とかするしかないってね! 僕は怪獣の前に立ちはだかると、ブンブン腕を回したんだ。


「くらえ! 焼き鳥パーンチ!」


 思いっきりジャンプした僕は怪獣に向かってパンチ。本当はこれで勝てるはずだった。けれど、怪獣は僕を掴むとぺろりと食べちゃった。

 で、僕の美味しさに満足した怪獣はまた海に帰っていったんだ。皮の焼き鳥の味がしたからかな? やっぱり焼き鳥は最高だね!


 おしまい



 ――――――――――――――――――――――――


 村上くんの作品を読み切った檜垣さんは、窓の外の満点の星空を眺める。


「うーん……」


 一息ついた彼女は、淡々と部誌制作の段取りを進めたのだった。


 ちなみに、今治市の焼き鳥日本一って言うのは人口比におけるお店の数の事。檜垣さんは、村上くんの作品の最後にそう付け加えたのだった。

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