こんがり、焼き鳥娘

和辻義一

こんがり、焼き鳥娘

「何をそんなにしょげかえってるんだ、つぐみ」


 高校二年生の夏休みがもうすぐ終わろうかという日に、突然我が家に押し掛けてきた腐れ縁の幼馴染の様子が少し変だったので、俺は思わず尋ねた。


「ちょっと聞いてよ、貴之たかゆきぃ」


 つぐみはそう言うなり、夏休みの宿題を広げたテーブルの上に突っ伏すようにしながら、もごもごと言葉を続けた。


「一昨日、春香はるか達と一緒に海水浴へ行ってきたんだけれどもさぁ」


 春香というのは、俺達と同じクラスの同級生で、学年の中でも一、二を争うかっていうぐらいの美少女だ。頭も顔立ちもスタイルも良くて、男子生徒達からの人気もめちゃくちゃ高い。


 ちなみに、俺はその子とは、ほとんど接点がない。同じクラスになってから約五ヶ月がたつが、特にこれといって会話をするような機会もなかった。


「……何で俺も呼んでくれなかったんだ?」


 ほとんど冗談交じりにそう言うと、つぐみは良く日に焼けた頬を軽く膨らませながら俺を睨んだ。


「呼ぶわけないでしょ、女の子同士だけで遊びに行ったってのに」


「でもまあ、想像するにナンパされまくっただろ、それ?」


 女の子達だけで海へ遊びに行って、ましてやその中に美少女が混じっているとなれば、そこから先の展開は想像にかたくない。ナンパされたくなかったら、虫よけの一人や二人ぐらいは一緒にいた方が楽ってものだろう。


「まあ、ね……ほとんどが春香目当ての男の子ばっかりだったけれども、一応私だって声をかけられたんだから」


「へえ、それはそれは……で、話の続きは?」


 俺があっさりと話の流れを戻したことに、つぐみは一瞬不満そうな顔をしたが、やがてテーブルの上に形の良い顎を乗せて、まるで腹話術の人形のように口元をカタカタさせながら話を続けた。


「えっと、そうそう。その時に私、日焼けしないようにって日焼け止めクリームを持っていって、春香に塗ってもらったんだけれども」


 あー、何となく話の展開が読めた。


「日焼け止めクリームだと思って持っていったのが、実は日焼けクリームだったの」


 やっぱり。


 こう言っては何なんだが、つぐみは小さい頃から微妙にそそっかしいところがあって、傍から見ていても危なっかしく感じる時がちょくちょくある。


 どうやら今回も、そういったパターンの一つだったようだが――そうか、こんがりと小麦色に焼けた肌は、別に狙って焼いたって訳ではなかったのか。


「何でクリームを塗る前に、そのことに気が付かなかったんだ?」


 俺が尋ねると、つぐみはテーブルに突っ伏していた身を起こして、軽く口を尖らせた。


「だって、ぱっと見ただけじゃ日焼け止めクリームか日焼けクリームかなんて、全然分かんなかったし」


「友達には止められなかったのか?」


「……それは、私も春香には『ごめん、クリーム塗って』としか言わなかったから」


 まあ確かに、本人からそれだけしか言われなかったら、言われた方はクリームの種類のことにまで気を回すようなことは出来ないだろう。


「で、日焼けを防ぐどころか、こんがり綺麗に焼けて帰ってきたって訳か。ははは、つぐみが焼き上がって、まさに焼き鳥だな」


 これも冗談のつもりでそう言ったのだが、言われた方は半ば涙目になって、きっ、とこっちを睨んだ。


「何もそんなに笑うことないじゃない!」


 ええっ?


 いつもだったら「誰が焼き鳥だってのよ」とか言って、笑ってツッコミが入るシーンのはずなんだが――。


「本当は私、日焼けなんてしたくなかったのに……これで肌にシミとかくすみとか残ったら、一体どうしよう。もう私、お嫁に行けないかも」


 ――ったく、何なんだよおい。お嫁に行けるだの行けないだの、急に子供じみた話になってきたなぁ。


 だいたい、お前ぐらいの日焼けでお嫁に行けなくなるようなら、いつも真夏の屋外で練習をしている運動部の女の子達は、みんなお嫁に行けなくなってしまうぞ?


 とは思ったものの、変なところで思い込みが激しいのも、つぐみのあまり良くない癖の一つだ。今回は思いのほか良く日焼けしてしまっているが故に、本人としては気が気でないのかも知れない。


 俺はしばらくの間、何と声を掛けたものかと悩んだが、やがて大きく一つため息をついてみせた。


「まあそんなに心配するな、焼き鳥娘。お前は一応まだ若いんだし、ちょっとぐらいの日焼けは大丈夫だ」


「でも」


「それに、どこにも引き取り手がなかった時には、俺が美味しくいただいてやるから」


 俺のその言葉を聞いて、つぐみは一瞬唖然とした後、今度は小麦色の顔をだんだんと赤くしながら、俺の方をじっと見てきた。


「貴之……その言い方、何だか凄くいやらしいよ」


 えっ?


 あ、まあ、そういう解釈の仕方もできるのか。やれやれ。


「あー……でもまあ、つぐみの場合は焼き鳥って言っても、だな」


 思わずそう呟いた次の瞬間、テーブルの上に置いてあった数学の教科書が、俺の顔面目掛けて飛んできた。


「貴之のバカっ、変態っ、スケベっ! あと焼き鳥焼き鳥言うなっ!」


 つぐみは大声でそう叫ぶと、持ってきたバッグから何からを全部置いたまま、俺の部屋を飛び出していった。当然のことながら、顔面が痛い。当たったのが教科書の背表紙の部分じゃなくて、本当に良かった。


 しかしこの様子だと、今回の行き先は近所の公園辺りって感じだろうか――あいつが突然押し掛けてきたり、いきなりその場からいなくなったりするのは、まあいつものことなんだが。


 とは言え、他に誰も引き取り手がなかったら貰い受けても良いってのは、実はあながち嘘っていうわけでもない。


 つぐみは、頭の出来とスタイル(特に胸の辺り)はちょっとばかり残念な子だが、性格は決して悪くないし、実は顔立ちも学年で三、四番目ぐらいには良かったりする。そして何より、幼稚園時代からの長い付き合いでお互いに気心も知れていて、一緒にいても非常に気が楽だ。


 だから俺は、つぐみが春香って子と友達だからって別にどうとも思わないし、つぐみ以外に女の子の友達がいないことに不安や不満を感じるようなこともない――まあ、さすがにこれは本人には、恥ずかしくて直接は言えないような話なんだが。

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