第16話
――武士の鎧とも騎士の鎧にも見えるわね。
菜子から出た最初の感想は、それだった。
突然己の身に着けていた服が変わったことに気づいた菜子は、ぱたぱたと手で触りながら己を見下ろしていた。
「ナコ……その姿は一体?……。」
聞えてきた声に振り向くと、驚いた顔のアルベルトがいた。
菜子はアルベルトの言葉に笑顔だけで返すと、化け物の方に視線を向けた。
『貴様、何者だ!?』
化け物も異変に気づき菜子を見下ろしながら忌々しそうに呟いた。
「あなたを倒す者よ。」
菜子はそう言うと、その場から突然消えた。
そのすぐ後に、地を這う雄叫びが上がる。
『ぐ、うおおおおお、き、貴様ぁぁ!!』
見ると化け物は、左肩から血飛沫を上げながら叫んでいた。
そこには菜子が、化け物の肩に長刀を突き刺している姿があった。
己の力の使い方は、先程の怒りのお陰でわかるようになった。
覚醒した、というべきか?
今まで疑心暗鬼だった不安は払拭した。
自分は、やはり聖女だった。
もう力の使い方もわかる。
目の前の化け物は、もはや敵ではなかった。
菜子は化け物の肩から刀を抜き取ると、素早い動きで壁や床を蹴り、何度も化け物に刀を斬りつける。
そして、あっという間に化け物を倒してしまった。
ずううううん、と地響きを上げ化け物が地に倒れ伏す。
周りの人々は何が起きたか理解できずに、その様子をぽかんと見守っていた。
菜子は軽い身のこなしで地面に着地すると、その足で美香たちのもとへ向かう。
美香たちは、まだ気絶していたままだった。
菜子は、そこへゆっくりと腰を下ろすと、レオンハルトと美香を交互に見る。
そして美香に向かって両手をかざした。
かざした両の掌が淡く光りだし、美香の体を包み込む。
彼女の体がゆっくりと宙に浮かび、瞬く間に消えていった。
菜子は聖女の力で、美香を元の世界に返した。
菜子の視界には、美香が消えた場所に次元の穴が空いているのが見えた。
その穴の向こうでは、美香が元の姿に戻ってあの渡り廊下に横たわっている姿が見えた。
菜子は無事に元の世界に戻った美香の姿に、ほっと胸を撫で下ろす。
そして――。
菜子はくるりと向きを変えると、今度はレオンハルトを見下ろした。
――彼は、きっとここにいてはだめになる……。
菜子は、レオンハルトにも同じように手をかざし、淡い光と共に、あちらの世界へと送った。
菜子に見えていた次元の穴は、二つ。
たぶん自分と美香の分だ。
その一つを、レオンハルトに使ってしまった。
先程開けた次元の穴の向こうでは、美香とレオンハルトが仲良く横たわっている姿が見えた。
そして不思議なことに、レオンハルトの勇者の格好は男子の制服の姿に修正されている。
これは菜子の憶測だが、たぶん菜子の変わりにレオンハルトが行った事により、上手い具合に”事実の辻褄”が修正されたのであろう。
もう元の世界には、菜子の帰る場所はないのかも知れない。
――ごめんね、お父さんお母さん……。
菜子はそれを寂しく思いながら、胸中で父と母に謝罪した。
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