第15話
魔王討伐隊の旅の準備が整い、3日後に出発式を迎えたある朝、それは起こった。
突然、城全体が揺れる程の爆発音が聞こえてきた。
アルベルトと朝食を共にしていた菜子は、驚いて椅子から立ち上がると辺りを見回した。
「な、何今の音は?それに……地震?」
ぐらぐらと足元から伝わる揺れに、只事ではないと青褪める。
アルベルトも、近くの従者を呼んで現況を確認している。
「ナコ、さっきの音はダンスホールかららしい。」
従者から話を聞いたアルベルトが、そう教えてくれた。
「見てきます!」
菜子は嫌な予感に居ても立ってもいられなくなり、アルベルトにそう告げると駆け出した。
「待て!俺も行く!!」
突然駆け出して行ってしまった菜子を、アルベルトが慌てて追いかけて行くのだった。
長い廊下を駆け抜け、王宮の真ん中にあるダンスホールへと向かった菜子は、そこで信じられないものを見た。
破壊された壁。
へし折られた柱。
美しかったステンドグラスの窓は無残にも割れ、その向こうに見える空は暗い。
先程の晴天は何処へやら、辺りを真っ暗に染める暗雲が空に渦巻いていた。
暗くなったホールを、時々稲光が辺りを照らす。
その光に映し出され、そこに居るはずの無いものの影を見つけて、菜子は目を見張った。
広いホールの破壊された壁際――そこに黒い大きな塊があった。
よく見ると、その黒いものは体中を真っ黒い太い毛で、びっしりと覆われていた。
時々聞えてくる唸り声が聞えるたびに、生暖かい風が起こる。
その黒い塊が、突如むくりと頭をもたげた。
見たままの恐ろしい姿の化け物が、そこにいた――。
稲光に照らし出されたその顔は、牛とも熊とも似つかない恐ろしい風貌をしていた。
爛々と光る金の瞳が、こちらを見ている。
その巨大な血走った目と視線が合った気がして、菜子は一歩後退ってしまった。
「ナコ危険だ、下がれ!」
追いついたアルベルトが、化け物の視線から庇うように菜子を背後へと隠す。
「なんだ……これは?」
アルベルトは、目の前に佇む巨大な化け物を見上げながら呟いた。
『愚かな人間達よ。』
その時、地を這うような声が辺りに響いた。
その声は、目の前の黒い化け物から聞えてきた。
そこに居た全ての人々が、一斉に化け物へと視線を上げる。
『我が主である魔王様を討伐せんとする不届きな輩は、我が主の手を煩わすまでもなく我が捻り潰してくれようぞ。』
被害を免れた壁や地面が、その声にびりびりと震える。
耳を塞ぎたくなるような恐ろしい声に、菜子はアルベルトの背に隠れながら怯えた。
そして、ふと化け物から少し離れた場所に視線をやると、そこに人が倒れている事に気づいた。
「あれは!!」
菜子の叫び声に、アルベルトがその視線を追い、目を見張った。
そこには、聖女である美香と、勇者であるレオンハルトが倒れていたのだった。
『くくく、聖女と勇者は我が既に倒してやった、貴様らはここで我に一匹残らず斃され滅びるのだ!』
アルベルト達の視線に気づいた化け物は、勝ち誇った顔でそう言ってきた。
その言葉を聞きながら、菜子は思わず二人に駆け寄る。
「美香さん、美香さんしっかりして!」
菜子は倒れている美香を抱き起こして揺するが、反応が無かった。
慌てて胸の辺りに耳を当てると、辛うじてまだ死んでいない事にほっとする。
「……す、すま、ない。」
ふと、隣から声が聞えてきた。
慌てて見ると、倒れていたレオンハルトが、なんとか顔を上げながら、こちらを見ていた。
「……聖女、さまを……守れなか……た……。」
彼はそう言うと、悔しそうに顔を歪めたまま気絶してしまった。
その姿に菜子はぎり、と唇を噛む。
――許さない。
菜子の心に恐怖よりも怒りが湧いた。
レオンハルトだけでなく美香さんまで……。
運悪くこちらに召喚されて、勝手に聖女に祀り上げられただけなのに!
彼女は……彼女はただの女の子なのに……酷い!!
キッと目の前の化け物を見上げる。
化け物は勝ち誇ったように口元を、にやりとさせながら周りの人間達を見下ろしていた。
――力が欲しい。
単純に思った。
目の前のこいつ・・・を倒す力が欲しい。
何者にも負けない、戦う力が欲しいと思った。
こんな所で、こんなやつに殺されてたまるか!
菜子は怒りに任せて何度も願っていると、ぞくり、と身の内で血が沸騰するような感覚に見舞われた。
体中が熱くなっていく。
何ともいえない高揚感に、息苦しくなった。
思わず身を屈めた菜子に、変化が訪れた。
菜子の体が、眩い光で包み込まれたのだ。
菜子の輪郭が、霞がかかったようにぼやけていく。
「ナコ!!」
異変に気づいたアルベルトが叫んだ。
熱い。
体中が熱い。
菜子は突然起こった変化に、意識が飛びそうになりながらも、霞む思考でそんな事を思った。
続いて体中に、力がみなぎってくる感覚が押し寄せてくる。
菜子は堪らず「はっ」と、小さく息を吐く。
全身に漲る力と、心の底から沸き起こる闘争心で、菜子はゆっくりと立ち上がった。
その瞬間、菜子を包んでいた光が一瞬で霧散した。
そこには――。
真っ赤な鎧を身に纏った、菜子の姿があった。
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