第14話


美香のお陰で、なんとか魔王討伐隊の一員に加えてもらえた菜子は、次の日から大忙しだった。


「これとこれも、あとこれも荷物に加えておけ。」


目の前には、見目麗しい金髪の勇者様。

眉間に濃い皺を刻みつけて、菜子を見下ろしていた。

前々から思っていたが、この勇者様には良く思われていないらしい。

というより、嫌われていると言ったほうが正しいだろう。

何故か敵を見るような目で見られることには慣れてきたが、今の現状はいかがなものかと、さすがの菜子も疑問に思った。


勇者様――レオンハルトの手には、菜子が持ちきれないほどの大きな布袋が、3つも抱えられていた。


これを菜子に持って行け、というのだ。

魔王討伐隊に入ってから、旅の準備に借り出されていた菜子は嫌とも言えず、荷物を受け取ると案の定持ちきれずに床に落としてしまった。


「何をしているのだ!」


レオンハルトは、待ってましたとばかりに菜子を怒鳴る。


「すみません。」


菜子が謝ると、レオンハルトは見せ付けるように盛大な溜息を吐いてきた。


「まったく、これだから何も出来ない侍女なんかを同行させるのは、嫌だとあれほど。」


「何をしてるんだ?」


またぐちぐちと嫌味を言われ始めたと思っていたら、背後から声がかけられた。

振り返るとアルベルトが腕を組んで、こちらを見ていた。


「申し訳ありません、この者が魔王討伐用の大事な荷物を落としてしまいまして。」


レオンハルトは、わざと周りに聞こえるように言ってきた。


なかなかどうして、顔に似合わず性格は、アレなようだ。


菜子はイケメンなのにもったいない、と思いながらぼんやりとレオンハルトを見上げていた。


「ふう、そんなに持たせたら落とすのも当たり前だろう、しかも女性に持たせるような量じゃないな。」


アルベルトは、そんなレオンハルトに溜息を吐きながら、近くにいた男の従者を呼び寄せた。

そして荷物を運ぶよう命令すると、レオンハルトに向き直る。


「ナコは魔王討伐の従者として参加するが、それ以前に俺付きの侍女だということも忘れるなよ。」


暗に、お前がこき使って良い相手じゃない、と含める。

レオンハルトは王子であるアルベルトに注意され、額に冷や汗を流しながら頭を下げた。


「も、申し訳ありません。」


「わかってくれたらいいんだ、下がってくれ。」


「はっ。」


レオンハルトは、アルベルトに見えないように一瞬だけ菜子を睨み付けると、足早に去って行ってしまった。

その姿を見送っていたアルベルトは、盛大に溜息を吐くと菜子に向き直る。


「あんまり一人で出歩くなよ。」


「すみません。」


菜子はそう言われ、しゅんと肩を落とした。


「ま、あいつの事も許してやってくれ、あいつは今は勇者と呼ばれているが、元は平民の出なんだ。」


「そうなんですか?」


「ああ、なんか孤児だったらしく色々あったらしい、そのせいで人一倍野心も強くてな……。」


そう言って、レオンハルトについて教えてくれた。

彼はもともと孤児で迫害を受けていたらしく、いつか周りを見返してやるんだと、幼い頃から言っていたそうだ。

もともと平民出の一般兵だった彼は、魔王が現れたとき一番に勇者に名乗りを上げたそうだ。


「あいつにとっては、これが一番の出世のチャンスなんだよ。」


平民出の者が、貴族出身の近衛兵や騎士になどなれるわけも無く、このまま一兵士で終わるのかと諦めていた矢先の幸運である、彼が躍起になる理由もわからなくはない。


「あいつにとって聖女様は幸運の女神だ、それに……。」


「それに?」


アルベルトは、ちらりと菜子を見たあと小声で囁いた。


「あいつ、ミカ嬢に惚れてるみたいなんだよ。」


「……ああ。」


なるほど合点がいきました、と菜子が頷く。

美香に近付く者全員に、あんな態度を取っているわけではないが、警戒というか牽制されてる気はしていた。


――まあ、どちらかというと美人の美香さんに、私が近付くのが許せないって感じですけど……。


美醜の有無は生まれ持ったものだから仕方ないし、感染するものじゃないんだけどなぁ、と菜子は小さく溜息を吐くのだった。

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