第10話


なんとかかんとか菜子の心臓が耐え切った頃の、ある夕食のとき。

菜子が誤ってナイフを落としてしまった。

慌てた菜子は『替えを用意しなきゃ』と思った。

その時――。


カシャン。


菜子の目の前に、新しいナイフが出現したのだった。


「・・・・・・。」


その事実に、菜子が目を見張る。

目の前でそれを見ていたアルベルトも、口をぽかんと開けて見ていた。


「え?え?え?」


菜子は震える声で呟きながら、目の前にいきなり出現したナイフを手に取ると、しっかりとした重みがあった。

試しに目の前のロースト肉を切ってみると、見事に切れた。

目を見開いたままアルベルトを見ると、彼も驚いた表情のまま固まっていた。


「聖女の……。」


アルベルトは呟くと、いきなりガタンと勢いよく立ち上がった。

菜子はアルベルトの意図を理解すると、慌てて止めた。


「ま、待って下さい!」


「何故止める?」


菜子の静止の言葉に、怪訝そうな顔で見下ろしてくる。

アルベルトの顔には、今すぐにでもこの事実を話しに行きたいと、書いてあった。


「ぐ、偶然かも、しれませんので……。」


菜子は苦し紛れに、そう嘘をついた。

以前から、もしかしたら、という気はあった。

菜子が無くし物をしたり、ちょっと欲しいなぁと思ったときに、気づくと思い描いていたものが目の前にあったりしたのだ。

もしかして、と思う反面まさかと思いつつ過ごしていたのだが、先程の光景で確信がいった。


自分はたぶん……聖女の力を持っている。


あの時ローズが言った『祈りひとつで物体を作り出す力』がこれなのだ。

自分は祈ってはいないが、たぶん思い描いたものがそのまま具現化するのだろう。

思えば初めてここへ来た時、美香が出した聖剣は何故か美香の背後から出現していた。

その後ろには菜子がいた。

それでは、菜子の目の前で出現したのではないか?

そう思った瞬間――じゃあ美香さんは?と考えてしまった。

今美香は聖女としてこの城にいる。


その美香に聖女の力が無かったら?


菜子の背筋が、ぞくりとした。

聖女ではない、と思われていた菜子の今までの扱いを思い出し青褪めた。


――で、でも美香さんは美人だし、私ほどの扱いは受けないとは思うけど……。


だが、今までのような優遇は受けられないのではないかと思った。

菜子は咄嗟にアルベルトに、この事はまだ内緒にしてもらうよう頼み込み、渋々ながら承諾してもらった。

そして美香の様子を、できうるかぎり調べてみようと、こっそり思ったのだった。

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