第8話
「魔王討伐の準備ができたら聖女様も勇者と共に旅立つそうだ。」
「そ、そうですか。」
菜子は驚いた顔でアルベルトの顔を見上げた。
「あの時……落ちてきたのは二人だった。」
アルベルトは菜子の顔を見下ろしながらそう言う。
「だが、王宮にいる者達はみんなミカ嬢を……あの娘だけを聖女として認めた……あの場にはあんたも居たのにな。」
アルベルトは自身で入れた紅茶を一気に煽る。
「俺はその事がどうしても解せない。」
たん、と音を立ててティーカップを置くと怒ったような顔で言いながら菜子を見下ろしてきた。
その視線にどきりとしてしまう。
「聖女を召喚する儀式で呼び出されたのが二人なら、その二人が聖女だと俺はあの時思ったんだ、だがどうだ?あいつらはあんたをまったく見ようとはしない、そればかりかこんな掃除婦の仕事までさせて不敬にもほどがある!あんたもそう思わないか?」
アルベルトは一気にそう捲くし立てると菜子に同意を求めてきた。
その様子に菜子は面食らってしまう。
「あ、べ、別にナコに怒ってるわけじゃないぞ!あいつらの態度が可笑しいと思ってだな……。」
どう返せばいいのか困惑しているとアルベルトは手酌で紅茶を注ぎながら慌てたように言ってきた。
「あ、お茶お茶!!」
ドバドバと足元から音が聞えたので見てみるとアルベルトが盛大にお茶を溢れさせていた。
「うおっ!?」
アルベルトは菜子の指摘に気づき己の現状を把握すると間抜けな声を上げた。
白いズボンが台無しである。
菜子は慌てて布巾をワゴンから取ってきてアルベルトのズボンを拭く。
しかしたちまち布巾はびしょびしょになってしまい役目を果たさなかった。
「すまん、着替えてくる!」
そこで待っててくれ、とアルベルトは菜子に言い残すと隣の部屋へと消えてしまった。
一人になった部屋で菜子は肩の力がようやく抜けた。
ほっと溜息を吐いてソファの背にもたれかかる。
体の力を抜きながら先程言われたことを思い出した。
「私が聖女だって思われてない理由なんて決まってるじゃない……。」
ヒロインは美形が相場と決まっている。
見目麗しい方に人の視線は行きがちだ。
美人か不美人、どちらがより聖女にふさわしいか……聖女になってほしいかといったら前者だ。
あの時、美香さんを聖女と決め付けたあの魔道師も私と美香さんを見比べた視線は顔しか見ていなかった。
菜子は天井を見上げながらぽつりと呟く。
「美形じゃないからよ……。」
その時、隣の扉が不意に開いた。
菜子は慌てて居住まいを正す。
先程の独り言を聞かれたかと入ってきた人物を窺ってみたがさして気にしている様子もなかったことに安堵した。
騎士服から簡単な部屋着に着替えてきたアルベルトはまた菜子の隣に座ってきた。
また狭くなった空間で菜子は身じろぎする。
どうして隣に座ってくるのだろうと非難の視線を向けるとアルベルトは菜子の顔を見下ろしながらにっこりと微笑んできた。
直視できなくて視線を逸らすとアルベルトが話しかけてきた。
「とにかく俺はナコに対する周りの扱いに憤りを感じている。」
突然の言葉に菜子は弾かれたように顔を上げる。
アルベルトを見ると彼は口をへの字に結んで菜子を見下ろしていた。
「だから今日からナコは俺付きの侍女にしてもらった。」
「はい?」
菜子は素っ頓狂な声を上げる。
「ナコの事は王達に許しを貰っている、自由にしていいとお墨付きだ、あいつら本当に聖女様以外はどうでもいいらしい。」
アルベルトは眉間に皺を寄せながら不機嫌そうな声でそう言ってきた。
そして――。
「あと一つ、面白い事を聞いたんだが。」
アルベルトはそう言うと菜子をじっと見つめてきた。
「な、なんですか?」
菜子はこれ以上何を言われるのかとごくりと唾を飲む。
「あの聖女様はあれ以来力を使えていないそうだ。」
アルベルトの口からそんな事実を聞かされたのだった。
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