「部長、しっつれいですよ」
「そうこなくっちゃ〜! じゃあ決まりね! 俺、部活終わるまで屋上で休んでくる〜」
部長はウキウキな笑顔でそう言うと鼻歌交じりにスキップをして美術室から出ていった。センパイは止めようとしていたがそのセンパイの制止を振り切って行ったのだから後で怒られてもフォローはしない。
「行っちゃいましたね…」
「全く…。いつもいつも勝手に決めて勝手にどこかへ行くんですから困ったものです」
そう文句を言うセンパイだがその瞳は少し寂しそうである。センパイは私なんかよりも部長といた期間が長い。そのためか、きっと引退も寂しいのだろう。
「寂しいですか? センパイ」
「何がです?」
「部長が引退してしまうのがですよ」
「………。なんの事ですかね」
一瞬だけ驚いた顔を見せたがセンパイはニコッ、と笑ってそう言うと席に戻って再度色塗りを再開してしまった。こうなってしまえばきっと私が何を言っても軽くスルーされてしまう。
「さてと…」
センパイも他の部員のみんなも集中して部活動に励んでいるのだから私もなにか買おうとスケッチブックと向き合う。手始めにその辺にあった誰かの忘れ物の消しゴムを模写する。
サッサッ、と鉛筆をスケッチブックの上で滑らせながら絵を描く。段々とその輪郭が浮き彫りになり、次第に消しゴムが出来上がる。ものの数十分で描けたにしてはいい出来である、と満足気に微笑みながら私はスケッチブックと対面する。
「消しゴムの次は〜…」
これまた落し物箱の中から次の模写にするものを選ぶ。消しゴムの次は鉛筆かシャーペンだろう。幸いな事に駅前でビラと一緒に配られている安いシャーペンがあった。
「これでいいか」
誰かのか分からないが模写をするだけなのだから何も減らない。少し借ります、と心の中で言っておいて模写を始める。
消しゴム、シャーペンときたらもう忘れ物箱の中に入っているもの全てを模写したくなってきた。使えそうなものは全て忘れ物箱の中から取り出し、それらを山積みにして模写をする。
山積みにしたせいか模写は多少難しかったがやりがいはあった。こうした細かいところがまだまだ未熟なのだと分からせてくれる。
「まぁまぁかな…」
出来上がった作品を見てみると中々のものである。さすがにコンクールには出せないが私の中では満点である。こうした細かいものを模写するくせを付ければいつか部長のような写真のような絵が描けるだろうか。
そんな事を思っていると部長が帰ってきた。いい感じに日向ぼっこができたのだろう。部長は満面の笑みだ。そんな部長は席に戻る際に視界に入ったのか、私の方を見てたった一言、こう言った。
「……ゴミの山?」
「しっつれいですよ、部長」
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