「センパイ、当たりです」


「“嘘”…ですか」


少し喉を通るのが苦しかった。私は控えめにそう言うとチラリ、とセンパイの顔を覗き見る。センパイの美しい瞳は依然として私の方を見てきていた。


「はい。…違いましたか?」


「違うも何も…。私は本音を言っただけで…」


「優良さん」


センパイの声が通る。この静かな美術室にセンパイの声が、通った。なんて美しい声なのだろうか。センパイの声が誰の、何にも邪魔されず聴けるのはなんて至福なんだろう。


「僕は悔しかったです。…二年生になり、絵も上達したというのに部長や優良さんに届かない…。僕は努力してきたつもりでした」


「センパイ…」


「それでも、それ以上に素敵な絵を描く優良さんは僕よりも努力してきたのでしょう。そんな優良さんが僕が味わっている悔しさを感じていないなんて、おかしいと思いませんか?」


きっと私が性格の悪い女だったら「そんなの私にしか分からないじゃないですか」と言っていた。そんな酷い言葉をかけていただろう。現に今さっき口から出そうになっていた。いやはや。私はなんて性格の悪い女なのだろう。


それでも…。それでも口に出さなかったのは自分の頬に涙が伝っていたからだ。


「センパイ…。私は…」


頑張った。頑張ったけど勝てなかった。だって相手はモンスターだから。天才だから。天才に勝てるほどの主人公補正も持っていない私は呆気なく敗れた。


今まで出てきたコンクールは最優秀賞や大賞を総なめしてきた私だ。今回が初めての敗北。初めての、二番目。


悔しいよりも、その前に諦めが勝っていた。そんな私の心を見透かしてセンパイは声をかけてきてくれたのだ。


「私は、部長に負けるなら、しょうがないなって思っていました。だって部長ですから。あのモンスターは誰にも勝てません」


「…………」


「でも、残念でした。勝てるほど頑張って描いたつもり、だったのになぁ……」


ゴシゴシと手の甲で涙を拭くとセンパイが慌てて手を添えてきて「赤くなりますよ」と。


「次は、最高の絵を描きます。部長がいても勝てるような」


「はい」


「センパイも応援してください」


「はい。応援しています」


センパイはそう言うと触れるだけのキスを私に落とした。ほんの一瞬の出来事で、瞬きをしただけで終わってしまった。


「ご褒美です」


「………センパイ…っ。あの…っ」


「はい」


顔を真っ赤にさせながらセンパイを呼ぶともう一度キスをされる。


「うぅ…っ」


恥ずかしくて顔を手で覆うとセンパイの美しい控えめな笑い声が聞こえる。


「間違っていましたか?」


「当たってます…っ」


センパイはいつでも何でもお見通しなのだ。



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