「センパイ、なぜですか?」


「すみません。優良さんまで残ってもらって…」


トントンっ、とスケッチブックを整えながらセンパイは言う。


部活動も終わり、みんなが帰った後。私とセンパイは2人残って美術室の後片付けをしていた。基本的には部員のみんなも後片付けをするのだが、やはり適当にやる部員も多くいる。その後始末だ。


本来なら部長と副部長がやるのだが、なぜか部長はおらず、副部長とペーペーの部員が後片付けをしている。なぜ。


「いえ! センパイと残れるならご褒美ですから!」


「ぐへへ」と変な笑いをしながら私は筆立てに入っている筆を軽く一本一本確認する。この筆立てに入っている筆は一般の生徒も使うため洗い残しがあってはいけないのだ。


うん。大丈夫そうだ。


「ふふ。優良さんはいつもそうですね」


「まぁそれが私ですから!」


センパイ大好き! これが私のステータスである。これを変えるつもりは毛頭ないし、変えるなら死ぬ勢いだ。


「こちらは終わりましたが優良さんは終わりましたか?」


「はい! 大体見ましたけど多分大丈夫です」


「筆は絵の具を落とすのを忘れるとカチカチになってしまいますから…」


「パレットもそうですけど全自動筆パレット洗い機が欲しいです…」


眉を曲げてそう懇願するとセンパイは口に手を当ててクスクスと笑う。これが赤の他人なら少しはムッ、と怒るのだろうが相手はセンパイである。怒る要素が皆無だ。むしろご馳走様です。


「それでは…」


「帰りましょうか! 今日は一緒に帰れますね!」


「いえ。少しお話してもいいですか」


「え?」


“お話”? 一体なんだろうか。嫌な予感がする事もない。嫌な予感? もしかして別れを切り出されるとか? いやいやそんな事。…いやいやいや。もしそうなら今ここで舌を食いちぎって死んでやる。


「な、なんでしょうか? お話って…」


「今回のコンクールの結果についてです」


「“コンクールの結果”…?」


「はい。…座りましょうか」


センパイはそう言うと近くにあった椅子に腰掛ける。そんなセンパイを横目に私も隣の椅子に腰掛けた。


「センパイ。私は何も話す事なんて…」


「結果。どうでしたか?」


「結果…。自分的にはいいかと。部長の絵は最高でした。自分の絵がそれに届かなかっただけで…。特には…」


「そうでしたか。僕は…」


ゆらり、とセンパイの瞳が揺れる。その瞳は澄んでいてどんなものよりも綺麗だと感じられた。こんな、センパイのこんなところも知れるなんて今日は夕焼けが差す美術室に残ってよかったと思った。


「それが嘘だと感じました」


だからなのだろうか。


センパイのその声がワンテンポ遅れて聴こえた。



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