背肝

あぷちろ

第1話

「緒兄らは、背肝というものをご存知か」

 焼き鳥屋でよく置かれるメニューの一つで、肝と名のつく通り、ホルモン系で鶏肉の部位としては腎臓となる。

 鶏一羽から採れる肉量は少なく、これを出す店はな店だ。


 目の前で、数珠繋がりとなった背肝が炭火の上で踊る。じゃらじゃらと、麻雀牌をかき回すように背肝が網の上を行き交う。

 時折、レードルでコンロの隣に設置した小壷より秘伝のタレを回しかける。

 もうもうと煙が上がるが、それが食欲を滾らせる香ばしい薫りを店内へと行き渡らせる。

 ここの大将は、この背肝を手の平で網に押し付けながら転がし焼く。

 長年の職人である彼の掌は耐火グローブのように分厚い。常人ではできないこの押し焼きによって背肝の弾力、味わい深さが濃縮されるのだ。

 火の通りがよくなったあたりで、大将は串にも刺さずに背肝を小鉢に盛り付ける。

 正直、盛り付けの見た目は全く良くない。茶色の紐付きが白い器に盛りつけられているだけのだから。

 大将はさらにそこへ追いタレをかける。塩っ辛い味になるだろうって? とんでもない!

 背肝は臭みが強い分、タレが勝つこともなく、さりとて負けることもないのだ。

 箸で一つまみすれば、掌で押し転がされ、良い塩梅に切り分けられた肝を掬い取ることが出来る。

 味は濃厚、それでいてキモ特有のクセを残しつつもさらりとした味わいのみが残る。

 これに合う飲み物はレモンチューハイ。チューハイサワーを使わず、麦焼酎をレモン果汁とソーダで割った、昔ながらの檸檬酎ハイだ。

 爽やかな酸味が舌に残るえぐみだけを流してくれて、いくらでも背肝を搔きこむ事ができるようになるのだ。

「貴兄らは、背肝というものをご存知かッ! 正にこれだよコレェ!」

「黙って食え。」







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