冒険者の長い一日
海野 佑空
冒険者の長い一日
“勇者でも、Aランク冒険者でも、騎士団でもない。人々の日常を守っているのは、君たちのような冒険者なんだ”
――静かな森の中に
正面から突っ込んできたゴブリンの剣を自身の剣で受けつつ、右側から接近してきた別のゴブリンを足で蹴り飛ばす。
「まずい……」
敵のゴブリンはまだ二十匹以上残っていて退路もふさがれている。この上、上位個体であるホブゴブリンまでいる。今俺が背後に
「セオ、しっかりしろ! 死ぬんじゃねえ!」
そう叫びつつ、正面のゴブリンの剣を払って切り伏せ、左側から切りかかって来たゴブリンの剣を受ける。
俺の革鎧も何度か攻撃を受けてしまってすでにボロボロで心もとない。
なんとかこの状況を打破できる方法はないものか……。このままでは全員死んでしまう。
そう考え事をしながら戦っていたためか、いつの間にか近寄って来ていたホブゴブリンの大剣をまともに受けてしまい木に叩きつけられた。
「ぐふっ――。」
強烈な痛みとともに何か熱い物が流れるような感覚が腹部から伝わってくる。頭も打ちつけてしまったようで意識が
俺を切り飛ばしたホブが大剣を下げたままゆっくりとこちらに近づいてくる。
「これまでか……」
冒険者になったばかりの頃に夢見た高ランク冒険者になることはできなかった。大きな街の冒険者ギルドが手を焼くような強力なモンスターを討伐することも一度もできなかった。俺もこれまで散っていった多くの冒険者たちのように何も成し遂げずに死んでいくんだ。
「俺も勇者みたいになりたかったな……」
ホブが大剣を持ち上げ、俺に向かって振り下ろした。
―― 一時間前 ――
――ハウランド王国辺境の街、ボッシュにほど近い森の中を三人の冒険者が歩いている。
「そろそろゴブリンが目撃された位置だっけ?」
「いや、もう少し先だ。一本だけ高く飛び出ているトウヒの木の近くだ。」
ダインの声に俺はそう返す。
ダインはセミロングの茶髪に革鎧を着て腰に直剣を下げた俺と同じ三十代前半の剣士だ。
冒険者になったばかりの頃からずっとパーティーを組んでいる。
「しかし、こんな森の奥のゴブリン数匹程度で討伐依頼だなんて大袈裟だよな」
「この森にはモンスター相手の戦闘がまだ十分できないEランクの冒険者たちも薬草採集依頼などで出入りしますから、ゴブリンでもしっかりと討伐しておかないといけないんですよ」
「なるほどね、相変わらずセオは詳しいな」
ダインの疑問にセオがそう答える。
セオは少し
S~Fまで存在する冒険者ランクの内、Fは主に街の中などの安全なエリア、Eでも採集系の依頼しか受けられない。採集系や街中の依頼は安全性が高い代わりに報酬が著しく低いので数をこなさないと生活していけない。そんな中で採集場所である森の中に低レベルでもモンスターが徘徊している状態では彼らの死活問題になってしまう。
「俺たちも駆け出しだった頃、採集依頼をこなしている最中に森の中でモンスターに遭遇して大変な目に遭っただろ」
「ダインさんはもうそんなことも忘れてしまったんですね」
「しょうがねえだろ、この森はモンスターなんて滅多に出ないんだから。そもそもゴブリンなんてこの森で見たことないしよ」
たしかにその通りだった。この森は低ランクの冒険者が訪れるくらいには安全で、モンスターもほとんどいない。昔、採集依頼の際に戦ったモンスターも植物に寄生するタイプの比較的大人しいモンスターで、ゴブリンのように好戦的なモンスターはこの近くで見たことがなかった。
「まあ、どこか他の地域から流れてきたんでしょう。ゴブリンのようなモンスターは移動しやすいですから」
「だろうな。それよりも、今日の依頼はこのゴブリン討伐だけだから、夕食は3人でフローゼンに行こうぜ!」
フローゼンはボッシュの街でも有名な食堂だ。
「はあ、依頼達成の前にもう夕食の話ですか……。たしかにフローゼンは肉料理がとても美味しいですし、ピーターさんを大好きなイサベルさんも働いていますからね」
「え、彼女が俺を好きなわけないだろ? 彼女とは昔から知り合いだから親切にしてくれてるだけだよ」
「……本気で言ってるんですか?」
「ピーターは相変わらず鈍感だな~」
セオとダインは何か残念な物を見るような目で俺を見た。
彼女と俺の間には本当に何にもないんだがわかってもらえないようだ。
「そんなことよりそろそろゴブリンが目撃されたエリアだぞ。気を引き締めろ」
俺がそう言った瞬間、先ほどまでのふざけた調子がまるで嘘みたいにパーティー全員の緊張感が一気に高まる。こういう切り替えがしっかりできるところはそれなりの期間冒険者をやってきているだけあると感じる。
◆ ◆ ◆
「お、あれじゃねえか?」
しばらく歩いていると、ダインが前方の茂みの方を指さして言った。
「どうやら、あそこに集まっているようですね。それにしても、ずいぶん数が多くないですか?」
「たしかに、妙だな……。依頼じゃ数匹程度で、十匹もいないようなことを言っていたのに」
セオの言ったように茂みの向こうには少なく見積もっても三十匹以上のゴブリンがいるようだった。
「情報の間違いでしょうか? どうしますか、ピーターさん」
「想定よりも多すぎる、この数は相手しきれん」
「そうだな、ここは一旦退いてギルドに情報を持ち帰った方が……、あれはホブゴブリンじゃねえか?」
ゴブリンの群れの奥にいたのは、ホブゴブリンだった。ホブゴブリンはBランクのパーティーが適正とされている。俺たちはCランクだし、その周囲にいるゴブリンの数が多すぎる。
「まずい、間違いなく上位個体のホブゴブリンだ、最悪全滅もありうる。急いで、ここから離れるぞ!」
「おう」
「わかりました」
俺たちはゴブリンたちの集団と逆方向に移動し始めた。
「グギャ?」
「やべ……」
そんな中、ダインの移動した先の木の陰からゴブリンが二匹出てきて鉢合わせしてしまった。どうやら先ほどの集団の周囲を警戒していたゴブリンたちのようだ。
「巡回していたゴブリンだ、やるしかない」
そう俺が言うか否か、ダインはすでに剣を抜いて最初の一匹を切り伏せていた。
「グギャギャギャギャ!」
しかし、もう一匹が大きな声で騒いでしまった。
「くそ、声を出すんじゃねえ」
そう言いながら、ダインはもう1匹のゴブリンの首も落とした。
比較的静かな森でゴブリンの声はかなり響いてしまったらしい。すぐにたくさんのゴブリンがさっき集団のいた方から走ってくるのが見えた。
「全力で走れ!」
俺はそう言いながら走り出した。
◆ ◆ ◆
三人で森の中を逃げること十五分ほど、まだ数匹のゴブリンが追いかけてきていた。
「しつこいな」
「おかしい……、群れを離れてあれほど追いかけてくるなんて、普通じゃない」
「どちらにしてもそろそろセオが限界みたいだぜ」
ダインは少し後ろを走っているセオを見ながらそう言った。
セオはまだレベルが低いためか、フットワークの軽い弓使いにしてはスタミナがあまりなく、実際かなり苦しそうにしながら走って付いてきていた。本来はこのパーティーのランク的にも少々合わなかったのだが、剣士二人で近接職しかメンバーがいないのでは困るので、遠距離が担当できる弓使いとして、今後の成長も期待してパーティーに加えていたのが裏目に出たようだ。
「今追いかけてきているゴブリンは五匹だけのようだ。ホブゴブリンが追いつく前にさっさと片付けて再度逃げればなんとかなるかもしれない」
「よし、そうしよう。セオは少し休んでろ。あの数なら二人だけでなんとかなる」
そう言ってダインは剣を抜いて、追いかけて来ているゴブリンたちの方へ向かっていき、突っ込んできた最初の一匹を一撃で沈めて、二匹目と切り結ぶ。
俺もダインの横をすり抜けて走って来たゴブリンの右上からの一撃を剣で受け止めて弾き返し、返す刀でその奥から走って来た別のゴブリンの首を切り落とした。
「はあはあ……、足を引っ張ってすみません……」
「気にするな、今は息を整えることに集中しろ。森を出るまでもう少し走る必要がある」
そう俺がセオと言葉を交わしているうちにダインはもう一匹倒したようだ。
「あいつは本当に強いな。剣の技術だけなら街でもトップクラスという噂もあながち間違いじゃない気がしてくる」
俺たちが拠点にしている街は普段平和でモンスターとの戦闘が必要な依頼自体滅多になく、あっても森や平原などでモンスターが発生していないかの見回りや調査をすることばかりだった。そのためこれほどの戦闘をしたのが初めてで、正直あいつがこれほど強いとは思ってなかった。
「ダインさんはあなたと合わせてボッシュ最強のパーティーって言われてるんですよ、知らなかったんですか?」
「初耳だ……。Cランクの冒険者パーティーが最強だなんて普通考えない」
「この街は王国の中でも辺境で滅多にモンスターも出ませんし、冒険者の数も質も低いじゃないですか。そんな中でギルドから出る依頼をすべて受けることができるパーティー自体が少なくて、あなたたちはこの街の……」
「ぐわっ――」
残る一匹のゴブリンと戦いながら俺がセオと話しているとダインの戦っていた方から悲鳴が聞こえてきた。
「ダイン、大丈夫か? って、何⁉ どうしてもうホブがいるんだ……。あいつの移動速度ではまだここまで来れるはずないのに」
俺はそう混乱しながらも戦っていた一匹を切り捨てて、ダインをカバーするために急いで向かおうとしたが、見覚えのないゴブリン数匹に進路を塞がれて進めなくなってしまった。
「いつの間にこれほどのゴブリンが……、クソ邪魔をするな! ダイン聞こえるか、ホブから距離を取れ!」
そう叫ぶもダインは気を失ってしまっているようで全く声に反応しない。そして、ホブが倒れたままの彼にゆっくりと近づいて行って、大剣を構えた。
「まずい、やめろ! ダイン、目を覚ませ!」
俺はそう叫びながら目の前のゴブリンに匹をまとめて剣で叩き切り、その背後から現れた一匹を蹴り飛ばしてダインのいるところに向かって走った。その間に右横から別のゴブリンが切りかかって来たが、後ろから飛んできた矢に貫かれて倒れた。おそらく、セオが援護してくれたのだろう。
だが、あと一歩のところで大剣がダインに向かって振り下ろされ、血しぶきが宙を舞った。
「やめろー!!」
もはや悲鳴のような声で俺は叫びながら、大剣を振り下ろした態勢のホブに突進して突き飛ばし、倒れているダインを抱き起した。
「しっかりしろ! 今、回復薬を飲ませるから……」
「……いい、この傷では回復薬程度で治せない……。まだゴブリンが残って……いるんだから、助からない俺よりもお前やセオのために使え……」
そう言って、ダインは弱弱しく、しかしはっきりとした意思で回復薬を押し返した。
「こうしている間にも……ゴブリンどもに囲まれる。ホブと戦っているときも……すでにかなりの数が周りにいるのが見えた。早くセオを連れて逃げろ」
「だが――」
「お前とセオまで死ぬな」
「……すまない」
俺はそう一言だけ絞り出してまだゴブリンと戦っているセオの元へ走った。
「セオ、包囲される前にここから離れる。走れ!」
「え、でもダインさんは――」
「助けられない……、俺たちだけで逃げる」
「……わかりました」
そう言って、二人で街に近い出口に向かって走り始めた。
だが、既に周囲からおびただしい数のゴブリンが集まって来ていて、ほどなくして道を塞がれてしまった。
「ピーターさん、道が塞がれます!」
「一体なぜ……? どこからこれほどのゴブリンが……」
もうどう考えても最初に森の奥で見つけた集団よりも数が多くなっていた。
「……やむを得ん、戦闘しながら少しずつ移動して森の出口を目指すしかない。なんとか森の外の平原に出られれば機動力は人間の方が上だから逃げ切れるはずだ」
「わかりました」
俺たちはゴブリンたちを倒しながら外を目指して少しずつ移動し始めた。
弓使いのセオは既に矢を使い果たして、予備武器として持っていた短剣で戦っている。
「あっ⁉」
「まずい……。セオ! 態勢を整えろ!」
慣れない短剣を使っていたためか、セオはゴブリンの攻撃を受けきれず態勢を崩したところを他のゴブリンに刺されてしまった。
「セオ―!」
俺はすぐに彼に駆け寄り、追い打ちをかけようとしていたゴブリンの首を切り飛ばし、もう一匹を剣で叩き飛ばした。
「セオ、しっかりしろ! 回復薬を飲め!」
そう言いながら回復薬を彼の口と傷口に流し込み、すぐさま背後に庇って近寄ってくるゴブリンの剣を受けた。
セオが動けなくなった以上、もう森を抜けるのは不可能と言っていい。
俺は絶望感に包まれながら、ゴブリンたちを葬り続けた。
◇ ◇ ◇
――同じ頃、森の中を五人の冒険者が駆け足で移動していた。彼らの装備や動作は洗練されていて、一目で実力を持ったパーティーであることを感じさせる物であった。
「精霊が騒いでいる、ゴブリンたちの気配が近い……。もしかしたらもう会敵しているかもしれない」
弓使いのエドウィンが周囲へ手を広げながらそう言う。
彼は長く白い髪にエメラルドグリーンの瞳、整った顔、装飾のこらされた弓と矢筒という出で立ちで、エルフらしく精霊と相性がよく索敵と弓の能力ではこのパーティーでも右に出るものはいない。
「まずいな……、急ごう。もしこの森に入っているゴブリンが斥候だけじゃなかったらCランク三人では生き残れない」
そう言うのは短めの黒い髪に直剣を腰に下げ、実際よりも若い三十代前半に見えるナイトハルトだ。
「ちょっと、待って! 探知魔法に反応があったわ。ここから北東に五百メートルほど行ったところに複数の生き物がいる」
水と風属性の魔法を得意として、紺色の三角帽子とローブに身を包んだ魔法使いのケイトが呼びかける。
「それは冒険者か? それともゴブリンか?」
「これは……、おそらく両方」
ナイトハルトの問いにケイトは少し考えるような仕草をしてそう答えた。
「すでに交戦していたか……、急いで助けに行くぞ!」
ナイトハルトが言うと同時に全員が北東方向に向かって走り始めた。
◆ ◆ ◆
しばらく走ると金属同士がぶつかり合う音が聞こえてきた。
「あと少しだ。この音の感じからするともう一人ぐらいしか戦っていないぞ」
そうナイトハルトは叫びながら少し走るとついにゴブリンたちと人間の姿が見えた。しかしようやく見つけた人間は地面に力なく横たわり、ホブゴブリンが今にもトドメをさそうとしていた。
「あれで間違いない、俺とトムで切り込む。エドウィンとケイトは援護、モニカはバフ系の支援をしてくれ」
「「「「了解」」」」
全員の返事を聞くと、ナイトハルトはその勢いのままホブが振り下ろした大剣に自身の剣を下から叩き込み、そのままホブの剣を打ち上げた。
「任せた!」
「OK」
ナイトハルトが叫ぶと、後ろから走って来ていたトムが剣でホブの首を一撃で刎ねた。そのままに人は急に表れた彼らに唖然とするゴブリンたちを数匹まとめて切り払っていった。
後方からもエドウィンの矢やケイトの魔法攻撃が次々と飛んできてゴブリンたちを仕留めていき、瞬く間に立っているゴブリンはいなくなった。
「この辺りはこれで全部か?」
「うん、もう私たちとこの冒険者たち以外の反応はない」
戦いが終わったのを確認して、戦闘に直接入らないように後ろに控えていたモニカが走って来て、倒れている男の剣士のそばに駆け寄り回復魔法をかけた。
「ハイヒール」
彼女が魔法を発動させると同時に光の粒が男に降り注ぎ、彼の傷を癒していった。
◇ ◇ ◇
ピーターは混乱していた。自分たちをあれほど苦しめていた大勢のゴブリンが次々と倒されていく。
「俺は夢を見ているのか……?」
目の前で展開されるあまりの光景にそう思うしかなかった。
そんな風に考えている間に戦闘が終わったようで辺りが静かになり、
魔法の効果はすぐに表れ、かなり重症だったはずの傷が跡形も無くなっていくのを茫然と見ていた。
「これほどの効果が……、回復薬とは比べ物にならない。まさか――」
それは十五年ほど冒険者をやってきた中でもほとんど見たことのない高位の回復魔法だと気づいた。
「一体、あんたは……? いや、セオを、仲間が重傷で……、あそこに倒れている。助けてくれ」
「もう大丈夫ですよ。ここで休んでいてくださいね」
彼女はそう優しく言うと、○○が倒れているところへ走って行った。
「おい、大丈夫か?」
「助けてくれてありがとう、じゃなくて、えっと、ありがとうございます。それにしても、高位の回復魔法を使えるシスターに、あれほどの強さを持つ剣士や魔法使い。もしかしてBランクの冒険者か、えっと、ですか?」
「一応、Aランクだ。まあ、他にも強いパーティーはたくさんいるからAランクでも下っ端だけどな」
俺は幸運だ。高位の冒険者パーティーがたまたま近くを通りがかってくれるとは。あのまま死んでいてもおかしくなかった。
「セオは無事ですか?」
「あー、あそこに倒れている弓使いだろ? 大丈夫、うちのモニカの回復魔法は強力だから死んでいなければ助けられる」
男はさっきの女性の方を見ながらそう答えた。
「そうですか……、よかった」
「もう少ししたらお前たちを連れて街に戻る。この森は危険すぎる」
そう言うと彼は立ち上がった。
「わかり……、あ、ダインを! もう一人この近くに倒れているはずなんです。ホブの攻撃を受けて重傷を負って――」
そう聞くと彼はすぐに魔法使いの女性に向かって叫んだ。
「おい、ケイト! この二人以外にもう一人いるらしい。探知魔法で探してみてくれ」
「わかった、やってみるわ!」
そうしてしばらく目を閉じていた魔法使いだったが、ゆっくりと目を開けて残念そうに首を横に振った。
「そうか……、悪いな。もうこの近くに生きている人間の反応はないそうだ。そいつは死んでいるだろう。さすがに死者を蘇生させることはできない」
「そうですか……」
俺はそれを聞いて、涙が溢れてしまわないように目を閉じて下を向いた。
それは予想していた答えでもあった。置いて行ったあの時点ですでにあれだけの重傷だったのだから、もうとっくに息絶えていてもおかしくない。でも、もしかしたらと思って聞いてしまった。
「本当はその仲間の遺体も回収してやりたいところなんだが、今は時間がない。悪いがもう一人の回復が終わったらすぐに移動する」
そう言って彼は他の仲間のところへ歩いて行った。
◆ ◆ ◆
それからしばらくして、俺とセオはあのAランクパーティーの人たちに守られながら、森の出口に向かって歩いていた。セオはケガがひどかったためかまだ目を覚まさないので俺とナイトハルトさんの二人で担架に乗せて運んでいる。
あれから簡単に名前を紹介しあって全員の名前も分かった。
俺たちが仲間の遺体を持って帰れないのを不憫に思ってか、俺たちの回復もしてくれたモニカさんがダインの魂に祈ってくれた。とても優しい人たちだ。
「そういえば、ナイトハルトさんたちは森に何か用事があったんじゃないんですか?」
「“さん”は要らねえよ。呼び捨てで構わない。それと敬語も無しでいい」
「……わかった。この方が話しなれているから助かる」
「それで依頼か何かだったのか?」
「ああ、依頼で動いていた。実はな――」
俺が改めて問うと、ナイトハルトはこの一件の背景を話してくれた。それは辺境の平和な田舎にはあまりに不似合いな物でとても驚くことになった。
曰く、この辺境の○○の近辺の街や街道などで最近モンスターが活性化し、さらに魔王軍の一部の部隊も姿を見せているということだった。詳細は機密に当たるらしく教えてはくれなかったが、この森にも魔王軍の部隊が侵入している可能性があり、彼らのパーティーはボッシュの街への警告と森の調査を行うためにはるばる王都からやって来たそうだ。
ゴブリンたちから逃げている時にホブやゴブリンの移動速度や数が異常に感じた理由がわかった。
奴らが速く移動していたのではなく、森の中を複数のゴブリンの部隊が散開していて、俺たちのパーティーはその複数の部隊に囲まれた状態で戦ってしまっていたようだ。
「ボッシュの街の領主と冒険者ギルドに警告を伝えた時点で、既にピーターたちのパーティーがゴブリンの討伐にこの森に入ってしまっていると聞いて慌てて探しに来たんだ」
「そうだったのか……、逃げている時に森やモンスターたちの様子がおかしいとは感じていたが、まさかそんな大事になっているとは思わなかった」
「だろうな。俺たちがもう少し早く伝えに来れていたら、もしくは、もっと早く助けに来れていればお前たちの仲間は死ななくて済んだかもしれない……。すまない」
そう言って、ナイトハルトは深く頭を下げた。
「そんな、頭をあげてくれ。俺たちはもう死ぬと思っていたところを助けて貰えわけだし、仲間のセオも救ってもらって感謝の気持ちしかねえ。
それに、俺たちは冒険者だ。この辺りはたしかに平和でモンスターも大して出ないが、冒険者は元々危険を覚悟の上でやっている。
むしろ、異変を感じた時点で通常と対応を変えなければいけなかったんだ。それなのに通例に則った判断をした、俺の責任だ」
ナイトハルトは俺の言葉を聞いて悲しそうな表情をした。
「これは予想できる状況じゃなかった。俺たちに責任がないっていうなら、ピーターにも責任はないと思う」
「そうそう、話を聞く限り、僕はピーターの判断は正しかったと思うよ」
ナイトハルトに続いて、同じ剣士のトムも励ましてくれた。
「さあ、とにかく早く街に行きましょう。出来るだけ早くゴブリンの先遣部隊が森に侵入していることを街に伝えなくてはいけませんからね」
シスターのモニカがそう呼びかけて、俺たちは森を出るべく再び歩き始めた。
◆ ◆ ◆
街についてからは大騒ぎだった。
ナイトハルトたちから簡単に状況を説明されて、警備を強化するように言われた衛兵たちは慌てて非番の兵を集めたり、調査に向かったAランク冒険者たちが帰還したことを領主様に報告しに行ったりで街の入口は騒然とした。
ギルドも会議のため領主館に行っているギルド長へ連絡員を出したり、森への新たな立ち入りを本格的に禁止するための広報を行ったりで大変そうだった。
意識が戻らないセオを冒険者ギルドに隣接している治療院に預けて、俺とナイトハルトはギルドの会議室で、領主館から派遣された文官と冒険者ギルド長に森での出来事を報告した。
「そうか……、大変だったな。よく伝えてくれた。まさかこんな辺境の街でこのようなことが起きるとは」
元Bランク冒険者で、引退したといってもまだかなり元気そうに見えたギルド長が一気に老け込んだような表情でそう言った」
「今後の対応は領主様とも相談して決める、あとは任せておけ。お前も疲れただろう、ゆっくり休め」
そう言われて、俺とナイトハルトはギルドを出た。
ギルドの外にはセオがモニカに支えられるようにして待っていた。
「お前、まだ寝ていないとダメじゃないか」
「ピーターさんだって同じじゃないですか。」
そう言ってセオは少し安心したように笑った。
「さっき目を覚ましたんですよ。『どうしてもピーターさんに会いたい』って言うので、こうして連れて来たんです」
モニカがそう説明してくれる。
「だって本当に大丈夫なのか心配になったんです……。最後に見えたのはピーターさんが俺を庇いながらゴブリンたちに突っ込んでいくところだったんですから」
そう少し赤くなりながらセオが弁解する。
「この通り大丈夫だ。お前も俺もナイトハルトやモニカたちに救われた。重傷だったんだからお前はゆっくり休め」
俺はそうセオに言ってから、ナイトハルトに向き直る。
「改めてお礼を言わせてくれ、助けてくれてありがとう」
俺は彼に頭を下げた。
「俺たちは力を持っていて、助けることができる状況だったから助けただけだ。これはむしろ力を持っている者の義務といってもいい。だからもう気にするな」
そう言って、彼は頭を上げさせてくれた。
「これからどうしましょうね……、ダインさんも亡くなってしまいましたし」
「そうだな、俺もこの一件でよく分かった。俺は本当に力のあるAランク冒険者みたいにはなれないし、勇者みたいな活躍をすることもできない。あまりに弱すぎたし、無力だった。
誰も、仲間さえも守ることができない。ダインを助けられなかったし、セオももう少しで死んでしまうところだった」
俺はセオの言葉にそう返した。
「役立たずがこれ以上何かしてもまた失敗して、かけがえのない何かを失うだけだ。引退しようと思う」
「それは……」
セオは俺の言葉に一瞬何かを言おうとしたが、すぐに口をつぐんでしまった。
「そんなことはない。ピーターは人々のために尽くしているし、役立っている。
今日森へ出向いていたのも、低ランク冒険者が危険な目に合わないようにゴブリンを討伐しようとしていたからなんだろう? ギルドの職員から聞いた。
十分に誰かのためじゃないか。
勇者でも、Aランク冒険者でも、騎士団でもない。人々の日常を守っているのは、君たちのような冒険者なんだ。
勇者は人類の危機でないと現れない、騎士団も主要都市にしかいない、Aランク冒険者はたしかに強いが人数が少なく国中をカバーすることはできない。
そういう中で、国に暮らす人々の安全や薬草などの調達、商人の護衛、そしてそういった活動に従事する冒険者たちに危険がないように活動している、多くのBランクやCランクの冒険者たちはそれらすべてを支え、守っているといっても過言ではない。
だから、実際にそのために活動して危険な目に遭ったピーター、
その言葉に俺はとても救われた。俺でも役に立ってこれたのかもしれないと思うことができた。
「ピーターさん、俺からも言わせてください。ゴブリンと戦っている時にこの街であなたとダインさんのパーティーが最強だと言われているって言ったじゃないですか。あれは、辺境の街で冒険者の数も質も低くて、ピーターさんたちぐらい安定したCランクパーティーが貴重っていうのも理由としてあります。
だけどそれだけじゃないんです。
ピーターさんたちが、このパーティーに入る前の俺みたいな低ランク冒険者たちのことも気にかけてくれていて、それに街の人たちのために活動しているってみんな知っているから、憧れの意味も込めてそう言われているんです。だから、そんな悲しいこと言わないでください」
そう言って、セオは泣き出してしまった。
「二人ともありがとう……、とても救われた。俺自身を悪く言ってみんなの気持ちまで傷つけてしまって、すまなかった」
「気にするな。それより、これからも冒険者をやっていく気になったか?」
「ああ、続けていく」
俺はナイトハルトの問いにはっきりと答えた。
「ピーターさ~ん!」
そんなところへ俺の名前を呼ぶ声が聞こえてきた。
そちらを見ると、栗色の
あれはフローゼンで働いているイザベルだ。
「うん? 誰かな?」
「……俺の知り合いだ、この時間はまだ働いているはずなんだが」
ナイトハルトの問いに俺はそう答えた。
「へえ、きれいな方じゃないですか」
モニカまで面白そうにそう言う。
「昔からの知り合いで、いつもお世話になってるんだ」
そんな風に話しているとイザベルがやって来て、そのままの勢いで俺の胸に抱きついて泣き始めた。
「心配したんですよ……。あなたのパーティーが森で魔王軍と戦闘になって死者が出たって聞いて、もう居ても立っても居られなくなって……。あなたが無事でよかった」
そう言うなりまた泣き出してしまった。
俺は彼女の頭を優しく撫でながら、森の中でダインとセオの二人から言われたことを思い出して少し恥ずかしくなっていた。
「じゃあ、俺たちは邪魔しないようにもう行くな」
「ええ、そうですね。ごゆっくり」
「しばらくは領主館の客室に泊めてもらうことになってるから、いつでも来いよ。歓迎する」
「ああ、ありがとう、またな」
そう言葉を交わしてナイトハルトとモニカは笑いながら領主館の方へ去って行った。
「俺も宿で先に休んでます」
「おう、今後のことはまた明日話そう」
「了解です、では」
そうしてセオとも別れて、俺はイザベルと二人きりになった。
「その、心配かけて悪かったな」
「ほんとうです……、もう会えないかと思いました」
彼女の抱きつく力が強くなった。
「それでも俺は冒険者を続ける」
彼女の体がビクッと震えた。
「やっと、俺のやるべきことが見つかったんだ。
また、心配をかけるかもしれないが、許してくれるか?」
少し間をおいて、彼女は決意を固めたように言った。
「冒険者をしていないピーターさんは想像できませんからね。応援してます」
「そうか、ありがとう」
「今日は大変だったんでしょう? うちの食堂に来て、栄養のある食べやすい物を用意してもらうわ」
「ありがとう、なら宿で休んでいるセオのためにも何か作ってもらわないといけないな」
夕焼けに染まるボッシュの街並みの中を俺とイザベルは手をつないで歩きだした。
そして食堂に着くまで、今日一日の間にあった色々なことを噛みしめていた。
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初めましての方も、他の作品を読んでくださっている方も、こんにちは、
最後までお読みいただきありがとうございました。
本当は短編なのでもっと短く二、三千字でまとめる予定だったのですが、登場人物たちが暴走し始めまして、収拾がつかなくなり、落ち着くまで書いたところ一万字を超えてしまいました……。
それはともかく、今回の作品は一般的に主人公が無双しそうな異世界で、スポットライトがあまり当たらない冒険者たちをメインに描いてみました。
注目されなくても彼らは確かに生きていますし、むしろ彼らの何気ない日常こそが世界を形作っていると考えています。
あまり作者がごちゃごちゃ言ってしまうと先入観にとらわれてしまうので、ここから先は読者のみなさまがご自由に想像してみてくださいませ。
では、また他の作品でお会いできましたら幸いです。
海野佑空
冒険者の長い一日 海野 佑空 @honnnosekai
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