第6話 出会いと旅立ち
更にまた次の日。もう立ち上がれるほど回復したのか、レインがベッドの横に立っている。
「見てくれ、これを!一晩掛けて作り上げた、カリン専用の魔方陣だ。」
「えぇ、これもしかして魔方陣?でもあたしが作った物よりも結構、いやかなり大きいけど…」
レインのベッドの上にあったのは何枚もの紙を繋げ合わせて作られた巨大な魔法陣だった。大きさは昨日の物の数倍以上あり、初心者用の教科書を読みこんだカリンでもどこにどの要素が描かれているか見当もつかなかった。
「その通り!これはカリンの大きすぎる魔成素量を制御するために、最大サイズの制御機構を外側の線に入れ込むことで単一の魔法陣よりも複雑な処理を行えるようにした。更にそれを圧縮し、開放することで…」
熱く語り続けるレインの話をカリンが遮った。
「ごめん、熱弁してるとこ悪いけど、全然分からない。つまり?」
「つまりこれを使えば、カリンでも小さな炎を安定して出せるようになるってことだ。」
使ってみろと、魔法陣の前にカリンを誘導するレイン。
「う、うん…じゃあ、やってみる!」
少し困惑したように、でも少し嬉しそうに返事をし、紙に触れる。
カリンが息を吐きだすと、魔法陣の外側から赤い光が内側に向かって広がっていった。
「おお…」
二人の口から思わず声が漏れた。明らかに昨日よりも安定している。線の一本一本、模様の一つ一つが赤いカリンの魔成素で満たされていく。
しかし、中心に光が届くかという時、魔法陣の線の一部が弾けた。
「うおん!!うおん!ぐるうう」
危険を感じたのかフーコがそれに向かって吠え始めた。一本の線が失われたことによって他の魔方陣の線に魔成素が不規則に流れ始め、赤が濃い部分と全く色が無い部分に分かれてしまった。
「まずいっ!離れろ!」
呆然としていたカリンはレインの声によって気を取り戻し、すぐに魔法陣から離れた。
レインは窓から点滅し始めた魔法陣をぐしゃぐしゃに丸め、放り投げた。紙は空中で全体が赤く光を放った後、発火し、瞬きする間もなく燃え尽きた。幸いにも病院や他の人間に被害は無かった。
「…すまん。強度が足りて無かった。危険な目に合わせてしまって…技師失格だ。でも、次こそ必ず」
「いや良いの。もう良いから。どうせ…いや何でもない。兎に角、もう良いから。」
悲しそうな顔をしたカリンはありがとうと言い、レインの病室を出て行った。レインは去り行くカリンに声を掛けられなかった。
次の日からカリンは退院する日までの間レインの病室を訪れることは無かった。
「お世話になりました。」
数日後、レインが退院する日がやってきた。病院の方々にお礼を言い、駆けだしてゆく。
(馬車の時間は九時。急げ、今ならまだ間に合うはずだ。)
昨日、退院するカリンから今日朝早くには町を出ていくと一方的に聞かされたレイン。
まだ人通りの少ない大通りを走り抜けてゆく。大通りを抜けると直ぐに馬車乗り場。今まさに乗り込もうとしている赤い人影が見えた。
「---っ、カリン!!!」
レインは周りの一目など気にせず叫んだ。なんだなんだとレインの方を見る人の中に赤い人影、カリンもいた。
「アンタ何してんの?」
レインに気が付いたカリンが近づいてきた。レインは彼女に木の板を差し出した。
「これ、魔法陣…なんで?」
「ああ、ちゃんと完成したから渡したかったんだ。紙じゃないのは木に掘ることで何度でも使えるように」
「そうじゃない!!」
嬉しそうに語りだしたレインを遮り、怒鳴るように言葉を吐き出し始めた。
「もう良いって言ったじゃない!こんな事したって何にもならないの!あたしのことはあたしが一番よく分かってる!もう魔法何てどうでもいいの!」
するとレインはカリンの手を掴み、無理矢理に板を握らせた。
「もう良いなんて言わないでくれ!!魔法陣が完成して嬉しそうな顔も失敗した時の悲しそうな顔も知ってる!!どうでも良くないくせにそんな振りするな!!いいからこれを受け取ってくれ。絶対に後悔はさせないから!!」
そう言ってレインは木の板を押し付けた。フーコは荷物から顔を出して寂しそうに鳴いていたが、レインは馬車乗り場を去っていってしまった。
「…何よ、何よ何よ。」
カリンはその場から動けなかった。レインに言われたことが全部胸に刺さったままだった。図星だったのだ。
板を持った手を振り上げる。そのまま板を地面に叩きつけてやろうと思った。しかし、レインの顔が頭を過ぎり、カリンの手から板が離れなかった。
「…そんなに言うならやってやるわよ。」
涙声でそう呟いたカリンは両手で板を握りしめた。
「あああああああああ!!!」
カリンの周りの空間が揺らめき始めた。空気中の魔成素がカリンの感情に反応し、熱を帯び始めていた。
「なんだ、なんだ?」
「あれは?魔法か?」
馬車乗り場の付近に居た人々は離れた位置からカリンを観察し始めた。
魔方陣に魔成素が集まっていく。指からだけでなく、空気中の魔成素が赤く染まり、魔法陣に力が注ぎ込まれて行く。
段々と魔法陣が赤みを帯びてきた。それは魔法発動の前兆では無く、板が赤熱したためであった。通常なら木の板は燃えてしまうほどの熱量だったが、その板は熱も魔成素もどんどんと飲み込んでゆく。
不意に魔法陣から熱が放出した。それはけたたましい破裂音と共に、離れて見ていた人々に暑さを感じさせた。
魔方陣の外側の円が赤黒く輝き始める。それは魔方陣の線をまるで溶岩の様に流れていく。光が魔法陣の中心付近に近づいて行くと、魔法陣の熱はより増していく。しかし、熱の強さとは引き換えに魔法陣の光は途中から淡い赤色へと変化していた。
そして遂に魔方陣の光が中心に届いた。魔成素が魔法へと変わる。
「ああああ…ああ、あ…え?」
魔法陣の中心に炎が発生した。周囲を焼き尽くすような熱から発生した炎はそれに見合うほどの強大な…ものでは無く、蠟燭ほどの小さな火だった。火は小さくとも魔法陣は以前の様に暴走する事は無く、静かに火を灯し続けていた。
周りで見ていた人々が何が起きたのか分からない様子で困惑していると、板の上に一粒、また一粒と水滴が落ちていた。やがてカリンは座り込み、声を出して泣き始めてしまった。
「お、おい嬢ちゃん大丈夫か?」
「っどぁ、だいじょ、ぶっ!」
大丈夫とは言いつつも、嗚咽し、持っている板が涙と鼻水と涎で濡れていく。それでも火はゆらゆらと揺れているのだった。
「よし、行くか。」
翌日、準備支度を終えたレインは宿屋を旅立った。荷物から顔を出したフーコが元気よく返事をする。
レインとフーコは人で賑わう大通りを進んでゆく。露店なんかを見ながら、
(次の街ではちゃんと商売しないとな。)
なんて考えていた。すると近くでチリーンと鈴の音が鳴った。通りの賑わいの中でやけに鮮明に聞こえるものだからレインは辺りを見渡した。
「お兄さん、そこの魔法陣技師のお兄さん。」
台一つに布を被せただけの簡素な店に座る男がレインに向かって手招いていた。レインは男に顔立ちは整っているが記憶に残らないような地味さを感じたが、唯一人形の耳飾りだけが記憶に強くこびり付くような気がした。
「あー、俺の事か?」
レインは返事をする。フーコは不思議そうに鳴いている。
「ええ、そうですよ。よければどうですか?時間は取らせませんよ。」
台の上には占い屋と書かれた立札が置いてある。
「いや、いいよ。随分空いているようだし。そもそも占いなんて非現実的な事は信じていないんだ。」
そう言ってレインは去ろうとした。しかし、店主が呼び止める。
「そう言わずに、ね?」
レインは笑顔を崩さない彼の顔を見つめた。耳飾りが揺れている。
「…はあ、分かったよ。いくらだ?」
「ああ!お代は結構です。実は貴方の顔に珍しい星を視たのでね。それを見させて欲しいだけなんですよ。」
そんな事ならと台の前に置いてある椅子に座った。占い師は金色の瞳でレインの顔をじっと見つめる。
「見えました。」
占い師が不意にそう言った。
「貴方には困難の星が見えていますね。しかも常人が持っているそれとは比べ物にならない程の。ですが、自分の信じた道を進みなさい。良いですか、自分の信じた道ですよ。」
軽くて安っぽいありきたりな言葉だったが、何故かレインにはその言葉が大事なものに思えた。心の奥底にへばり付くような…
「分かったよ。肝に銘じておく。じゃあ、急いでいるから。」
そう言ってレインは馬車乗り場に向かっていった。
馬車乗り場に付き、目的の町へ向かう馬車に乗り込んだレインは、荷物袋から顔を出していたフーコに話しかけていた。
「ミッシュ行は空いてて良かったな。お前ものびのび出来るだろ。」
「うおん!」
もうすぐ出発だというのに馬車の中にはレイン達しかいなかった。
「そうなんだよ。こんなでけぇ馬車なのにもったいねぇよな。」
運転手が話しかける。どうやらこの馬車は行き先の町が所有しているらしい。
「でかすぎて邪魔なんだがな。おっとそろそろ出るぜ。」
愚痴を零していた運転手が出発の合図の鐘を鳴らそうとした時、
「待って、あたしも乗ります!」
聞きなれた声の女性が馬車に乗り込んできた。レイン達が振り返ると、そこには昨日街を出たはずのカリンがいた。
「カリン!?どうしてまだ居るんだ?アウスレイに向かったんじゃ。」
「アンタに文句言ってやろうと思ったのよ。魔法を教えるって言ったのに途中で放り出すし、いいって言ったのに勝手に作ってくるし。」
レインに会ってそうそう文句を言い続けるカリン。レインは苦々しい顔をし、フーコはそれを見て笑う。
「悪かったとは思っているけど、それを言うためにわざわざここに残ったのか?」
「いいえ、まだ一番言いたいことを言ってないわ。」
まだあるのかと落胆するレイン。それを見てカリンは、
「ありがとう。元気が出たわ。」
と笑ってそう言った。文句が来ると思っていたレインはその顔を見て呆然とした。
「さあ運転手さん行きましょ。私たちの目的の町、ミッシュへ!」
「うおおおん!!」
「よし来た!」
カリンの言葉とフーコの遠吠えを乗せて、馬車は次の町ミッシュへと動き出したのだった。
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