第7話 忘却の町ミッシュ

「ねえ、次の町ってどんな所なの?」


 カリンがレインに訊ねる。


「それも知らないで乗ったのか?」

「しょうがないじゃない!昨日までは行き先が違ったんだし。」


 レインは膝の上で遊んでいたフーコを退かし、一冊の冊子を開いた。


「なにそれ?」

「これは町の案内冊子だよ。役場で色々売ってる。」

「へー、貸してっ。」


 カリンは納得したような声を出し、レインから冊子を取り上げた。


「おい、返せよ。」

「何々?ミッシュは百年程前に栄えた町で、観光地としての機能はあるがかつて程の賑わいは無い…別の町行かない?」

「馬鹿言うなよ。それに美味い食い物が多いって噂だぞ。」

「あ、この店なんか良いんじゃない?」


 カリンがレインに冊子の一ページを見せた。そのページの角には小さく星マークが付けられていた。


「この店は俺も目を付けてたんだよ。」

「特にこの豚串美味しそう!」

「はぁ?ミッシュなら牛だろ。」

「……」

「……」


 二人の間に微妙な空気が流れる。


「…こっちの店は甘いもので有名みたいだぞ。」

「…こっちも美味しそうね。」

「そっちも美味そうだよな。俺はリップルには目が無くてな。」

「はぁ?果物ならローズベリーが一番に決まってるでしょ。」

「「……」」



「お、おい。アイツらどうしたんだ?」


 ミッシュの町の馬車乗り場でが運転手に訊ねた。警備係の目線の先には、


「何だと、このバーカ!!」

「何よ!!バカって言った方がバカなのよ、バカバーカ!!」


 あまりにも低レベルな争いを繰り広げているレインとカリンの二人だった。運転手は苦い顔で、


「くだらない喧嘩だよ。」


と言った。運転手が言うにはこうらしい。馬車の中でレインとカリンがミッシュに着いてからの予定を話していたが、それぞれの好みがまるで嚙み合わず、段々とヒートアップしていった結果、あの惨状になってしまったらしい。


「しかも好きな食い物程度の話でだぜ?もはやお似合いだよな。」


 まったくだと彼らはバカ二人を見て笑った。


「もう顔も見たくないね!!」

「こっちのセリフよ!!」


 そう言って、二人は喧嘩をしたまま町の中へと入っていき、別々の方向へと向かいだしたのだった。



「何で同じ宿に泊まるのよ!!付いてくんな!!」

「こっちが先だ!!お前が付いてくんなよ!!」


 二人がミッシュに着いた日の夜。喧嘩をしていた二人は奇遇にも同じ民宿、シルク亭に泊まる事となった。


「俺は一括で支払った後だから、お前が出てけよ!」

「私だってそうよ!」

「まあまあ、お二人とも一度部屋に戻られては如何でしょうか。」


 宿屋の女将が喧嘩をし続ける二人をやんわりと止めようとする。そこに小さな男の子がやってきた。


「ねえ兄ちゃんたちって旅人?旅の話きかせてよ!」

「こらっ!お客様に何て口の利き方ですか!」


 喧嘩を一度止めて、レインが尋ねた。


「この子は?」

「私の息子です。」

「シン!五才!」


 シンと名乗った少年をレインは抱きかかえた。


「お兄ちゃんの話を聞かせてあげよう。…あっちの姉ちゃんの話よりずっと面白いのをな。」

「何ですってぇ!!シン君、お姉ちゃんが話してあげるわ。こいつよりもずっとずっと聞きごたえのある話をね。」


 喜ぶシンを抱きかかえた二人はそのまま二階のレインの部屋へ向かってしまった。


「本当は仲良いのかしら?」


 女将は二人の様子を見て首を傾げるのだった。



 朝早く、眠そうに欠伸をしたレインが宿屋から出てきた。昨日、話を聞かせている内に眠ってしまったシンを女将の元に届けた後、レインは一人で夜中まで起き、一人作業に没頭していた。


「うおんっ!」


 ちゃんと起きろとでも言いたいのか、背中に下げた袋から頭を出していたフーコがレインの頭を叩く。


「いてっ。分かってる、今日から仕事だからな。その為に昨日用意してたんだろ?」


 分かってるなら良いとフーコは袋の中に入っていった。


「全く…。」


 文句を言いながらレインは歩きだした。まだ人もいない道を通ってゆく。すると、遠くの方に数人の人影が見えた。


「あの辺か。」


 レインが向かっていたのは大きな公園だった。そこにはすでに数人が屋台を組み立て、露店の用意をしていた。そこにレインが布を広げると、布に描かれた魔法陣から簡素な台が一つ飛び出した。台に布を被せるとその上に商品を並べて行く。

 レインが商品を置き終わった頃、レインの簡素な屋台に一人の大男が近づいてきた。


「あんた、新入りかい?」

「はいそうです。貴方は?」


 話を聞くと、この男はこの露店の集まりを仕切っている者だと言う。


「役所に届け出はしてあるか?」

「はい、昨日してきたばかりです。」

「そうか。因みに何を売るつもりだ?小物に見えるが。」

「それは魔道具ですよ。魔法が使えない人でも使えるように作っているのでどなたにでも使ってもらえますよ。」


 そう言ってレインは一つ手渡した。男は興味深そうに魔道具を見回した。


「魔道具はここの屋台では売ってたことはねえなあ。なら値段は勝手に決めてくれ。じゃあお互いに頑張ろうぜ。」


 そう言って男は去っていった。こうしてレインは露店での商売を始めたのだった。

 日が昇りきり昼に近づいてきた頃には公園は人で賑わっていた。しかし、レインの屋台は物珍しすぎるのか、周りに比べて簡素な店だからかあまり賑わってはいなかった。


「お兄さん、これはなあに?」


 閑古鳥が鳴いているレインの店に一人の婦人が訪れた。指を差して聞いていたのは木製の筒に取っ手が付いたものだった。


「それは掃除用の使い切り魔道具です。この取っ手を引くと部屋の中の埃を隅々まで吸い取りますよ。」

「面白そうね。おひとつ貰おうかしら。お幾ら?」


 レインは商品の金額を口頭で答えた。婦人は納得したのか一枚のお札を手渡し、手さげ鞄にいれた。


「今日、さっそく使ってみるわね。それじゃあまた。」


 そう言って婦人は去っていった。

 その後は何人かが興味は持ってくれたものの売れる事は無く、結局この日はたったの一つしか品物が売れなかった。

 レインはこのまま客が来るのを待っていてもしょうがないと、暗くなる前に店を畳むことにした。


「おい、兄ちゃん。もう畳んじまうのか?」

「ああ、今日は無理そうだ。明日頑張ることにするよ。」


 隣の店主と軽く話し、レインは公園を立ち去った。

 宿に帰るにはまだ早い時間だった為、レインは町を少し見て回ることにした。

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