第5話 運命の出会い4

 三日目。病室にやってきたカリンにレインは紙束とペンを渡した。


「これから授業を始めるぞ。その紙は後で使うから仕舞っておいてくれ。」

「おおー、教師みたい。」


 茶化すカリンを無視し、話を続けるレイン。


「まずは簡単な問題を一つ。魔法は何で出来ている?」

「分かりません!!」


 元気よく返事をするカリン。レインは落胆したが、一冊の本を開き、再び話始めた。


「…分かった。そこから解説していこう。魔法とは魔成素で構成された現象の事である。魔成素は世界の至る所に存在していると言われ、魔法の使える人間や他の生物、鉱石の一部ではそれを吸収、貯蓄する機能が備わっていると言われている。魔成素は人の体の中で…」

「ストーーップ!そんなに一度に話されても分からないから。」


 快調に話し続けるレインを止めるカリン。全く知らない所から始める訳だから、分かりやすく、重要なところを教えて欲しいという。


「分かった。取りあえず魔成素というものが魔法を形作っているわけだ。じゃあどうやって魔成素を魔法に変換するかと言うと、方法は二つある。」

「二つ?出ろぉって出す以外にあるの?」

「ああ、心映法と陣映法というものがある。カリンが言っているのが、想像することで想像通りの魔法を発現させる心映法と呼ばれる方法だ。大抵の人はこれで魔法を発生させる。一方、陣映法っていうのは…」


 レインはそう言って自分の荷物の中からあるものを取り出した。


「ハンカチ?ちょっと変な模様が描いてあるけど。」


 カリンの言う様にハンカチには円形の模様が付いていた。その模様は先日レインが取り出した商品に付いていた模様に似ていた。


「この模様が魔成素を魔法に変換するための装置、魔法陣だ。俺は魔法陣専門でやってるからな、教えるならこれになる。」


 ハンカチをカリンに渡し、レインは再び本を開く。


「魔法は人によって適性の違う七つの属性と魔法を形作る為の幾つかの要素によって形成される。魔法陣はそれらを記号として記入することで心映法と同じように魔法を作り出すことが出来る。ちょっとそのハンカチに魔成素を、いつも魔法を使うように力を籠める感じで流してみてくれ。」

「分かったわ。」


 カリンは言われるままにハンカチに向かって力を入れ始めた。すると、ハンカチに描かれた模様から透明な光が発し、小さなボールの様な透明な球が飛び出し、天井にぶつかって消滅した。


「!!なにこれ!!」

「その魔法陣には形、速度、大きさ、方向、時間に耐久性を描きこんでおいた。その結果、あんな感じに球が飛び出したって訳だ。属性は描いていないからただの魔法の球だけど、誰にでも使うことが出来る。」


 そう言ってレインはハンカチを回収する。


「魔法陣は事前に用意が必要だったり、一度しか使えなかったり、知識が必要だ。その代わり、心映法よりも柔軟な魔法の使い方が出来る。心映法が出来る人向きじゃないが、それでも習いたいか?」

「もちろん。どんなに難しくたってやるわ。その為にアンタの元に来てるんだから。」


 レインの質問に二つ返事で返すカリン。彼女に向かってレインは笑顔で、


「よく言った。じゃあこれを。」


と、持っていた本を手渡した。


「え?…これは?」

「これは初心者用の陣映法の本だ。この本を参考にして、明日の授業までに俺が指定した魔法陣を描いてきてくれ。」


その本はカリンの握り拳よりも厚かった。流石にカリンもこれには動揺し、


「…冗談よね?これじゃ読み終わるまでに朝になっちゃうわよ。」


と尋ねたが、レインは笑顔で首を横に振り、指定の魔法の条件が書かれた紙を差し出した。


「どんなに難しくたってやるんだろ?」


 意地の悪いことを聞いてくる。これにはカリンもむすっと青筋を浮かべ、


「…良いわよ。やってやろうじゃない。完璧に作ってやるから。アンタが腰抜かすくらいの物作ってやるから。」


 そう言って怒りながら部屋を出て行った。



 次の日。昨日よりも更に不貞腐れた顔でレインの部屋にカリンがやってきた。


「これ、何度作っても上手くいかなくて。」


 レインに昨日渡された紙束を手渡す。それら一枚一枚に不格好ではあるが、魔法陣が記入されていた。


「どれどれ…おお!結構ちゃんと描いてあるじゃないか!特に最後の奴なんか殆ど出来てるぞ。」

「えっ!ホント!?」


 カリンは顔を輝かせ、自分が作った魔法陣を覗き込む。


「ホントって、ちゃんとチェックしていないのか?」

「あー、ちょっとね。」


 レインは訝しむが、カリンは適当にはぐらかそうとした。


「魔成素の入り口を少し変えれば…これで使えるはずだぞ。」


 レインは失敗した魔方陣に少し手直しを加え、カリンに返した。カリンが魔成素を魔法陣に流すと、透明な魔法の球が飛び出し、天井と紙の上を跳ねた後に消滅した。


「!やった!やったやったやった!!」


 子供の様にはしゃいで嬉しがるカリン。


「本当はその場で浮かぶ魔法何だけどな…ま、とりあえずこれで基礎の基礎は十分だな。」


 そう言って、布団の上で寝ていたフーコを退かすと、荷物袋の中から魔法陣が描かれた紙束を用意した。


「今日は属性についてだ。属性っていうのは魔法の最も重要な能力、またその適性の事だ。カリンの場合は炎属性だな。」

「うん!」

「属性は人によって異なり、種類は全部で七種。炎、雷、風、光の基本四種。力、精神、治癒の変化三種、あとは、形っていうのがあるらしいが…」


 属性についての説明を快活に進めるレインだったが、最後に曖昧な回答をした。


「何でそんな微妙な言い方するの?」

「最後のは殆ど例がないんだよ。偶にこの属性の報告はあるが、研究が進んでいない分野なんだよ。」

「ふーん、あと変化って何?」

「それは人体への変化の事だ。力はその名の通り力が強くなる。精神は精神体への働きかけ。治癒は回復力の増加。ただ、基本四種よりも適性がある人が少ないし、効果がそれほど高くない事が多い。せいぜい力仕事が楽になるとか、落ち込んでいる人を元気にするくらいだ。」


 話し終えると、ベッドの上に先ほど取り出した紙を広げた。


「これはカリンの適性である炎属性の魔法陣だ。危険じゃないくらいの大きさの火が出るように調整してある。試してみてくれ。」


 カリンは一枚の紙を手のひらの上に置き、力を入れ始める。魔法陣が赤く光りだした。しかし、光が点滅しだし、次第に光が薄くなっていった。カリンはバツが悪そうな顔をしている。


「あ、あれ?もう点かなくなった!?」

「…あー!それあたしのせいかも!!」


 カリンは急に大声を出し、早口で説明をし出した。


「あたしの魔法めちゃくちゃ火力強いからそのせいかもねー、はは。」


 レインはそれを聞いて細かく震えている。怒らせちゃったかなとカリンがレインを見ていると、


「何だそれ…」

「…ごめんね。」

「素晴らしいっ!!」


と大声で叫んだ。カリンが目を点にしている。


「と言うことは、あのケモノを焼き切った時のあの火力は、死ぬかどうかの瀬戸際で出た馬鹿力なんかじゃなく、普段からあの火力が出るってことか!?」

「まあ…うん。」


 カリンとのテンションの差に気づくことなく、まくしたて続ける。


「あんな火力普通の人間じゃ出せないぞ。と言うか、あれだけの火力だと自分の体まで燃えるんじゃないか?熱耐性まであるのか?」

「多分…燃えたこと無いから。」

「一日待ってくれ、君の体質に合った魔法陣を必ず作って見せる。」


 そう意気込んで困惑するカリンには目も向けずに紙にペンを走らせ始めた。

 何度かカリンが呼びかけるも、レインは集中しているのか返事も無い。


「いつもこうなの?」

「うぉん…」


 カリンとフーコは呆れたようにレインを見つめるのであった。



 その夜。

 ベッドの上の人影が持っている紙が赤く点滅、そして光が消えていく。


 光が消えた紙をぐしゃぐしゃに握りしめる。床には同じようにぐしゃぐしゃに丸められた紙が散乱していた。

「何で、何で、点かないのよ。何で…」


 彼女の嘆きは夜の闇に溶けていくのだった。

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