妖精の国

第1話

 都会には妖精がいない。


 そんなことを言った爺さんは先月ぽっくりと亡くなってしまった。


 まだ死ぬような年でもなかったはずだが、流行りの風邪が悪化して肺炎を引き起こしたことが死因だと医者は言っていた。


 都会嫌いな爺さんは山の奥のほうに住んでいた。婆さんは都会で両親と一緒に暮らしている。あんな不便な田舎なんていたくないということでだいぶ大喧嘩してそれ以来別居だったようだ。


 ただ誰も住まなくなった家だけが残ってしまった。還暦を過ぎてから建てた平屋の家はまだ十分に現役で、壊すのももったいない。誰かに貸そうにも近くの小さな商店までひどく距離があるため、そんなところを借りたがる人が見つからなかった。


 壊せず、使えず。仕方がないのでいつか酔狂な人間が借りてくれるまで定期的に手入れをすることになった。


 春を過ぎ夏になると雑草の背がだいぶ高くなり一丁前に敷地だけは広いので刈り取るのも一苦労となる。この日はたまたま休みだった自分だけでやることになっていた。


 朝日がのぼる頃から始めて昼過ぎにようやくひと段落つける。山のように積み重ねた雑草は窪地に埋めて置けばそのうち枯れて土に帰るだろう。


「あー、つかれたー」


 缶ビールを開けるとカシュッっと音がなる。それだけで溜まった疲れが取れるようだ。


 草苅中に用意しておいた炭はいい感じに火がついている。上の網も温まったところで今日のつまみを吟味する。


 ふわぁ。


 干物かソーセージか、と悩んでいたところに赤い小さな火の粉が飛んでいたのが目に入る。それはそのまま炭火の周りをくるくると回り続けていた。


 火の妖精だ、人の多いところではめっきり減ってしまったので見るのは久々だった。


 くるくると回り続けるそれを持っていた火箸で払う。一匹ならいいが集まると火事になりかねないからだ。


 妖精は火箸の動きに合わせて踊るように舞っていたがしばらくするとふわふわとどこかへ飛んで行った。


 爺さんは今では珍しく妖精が好きな人だった。ほとんどの人がその存在を疎ましく思っているというのに、よく変人と言われていたのを覚えている。一番そう呼んでいたのは婆さんだったけれど。


 邪魔者がいなくなったところで腰を据えてと思った時、また視界に何かが飛んできた。


 またか、と手に火箸を持つがそれは火の妖精特有の赤ではなく、いやむしろ光ってはいなかった。


 ……なんだこいつ。


 それは少女のようで、掌に乗る程小さな存在だった。妖精がしっかりとした姿を形どることは珍しくないがその分見た目ではなんお妖精か判断に困るところだ。


 ただこういう場合向こうから意思疎通をはかることがほとんどなのだが。


「お前はなんだ?」


「私は焼鳥の妖精。炭を焚いているのだ、焼鳥をするのだろう?」


 いや、しないけど。考えてなかったから食材もないし。


 だが考えを変えてみよう。言われてみればなんとなくだが焼鳥が食べたくなった気がする。一番のネックは食材がないことだがそれも解消できるかもしれない。


 宙に浮く妖精をむずっとつかむと串を探す。残念ながらもってきていなくて、仕方なく箸で代用することにした。


 そして、人でいう尻あたりに箸先をあてたとき、


「まてまてまてまて! 何している!」


 おかしなことを聞く妖精もいたものだ。


「火の妖精は火でできている。水の妖精は水でできている。なら焼鳥の妖精は焼鳥でできているんだろう?」


 完璧な理論だ。


 では、と力をこめようとしたとき妖精が暴れて手から抜けだした。


「なわけあるか! どう見ても鳥じゃないだろう」


 ……


 確かに姿は人間に近い。これでは可食部はひどく少ないかもしれない。


 だが、それでもミンチにしてつくねならいけるのではないかと包丁を取り出してみた。


「……人間とは皆同じ発想に行きつくのか」


「皆? 誰かにミンチにされたことがあるのか?」


 一度だけな、と妖精は言う。


 自然発生する妖精は大体同じ地域であるならば記憶を共有している。となればこんな山奥にいた人間なんぞ一人しかいない。


 爺さんはやはり変態だったようだ。かなりキモい。


「で、爺さんはなんて言っていたんだ?」


 とりあえず味の感想を聞いてみた。その辺の野草のほうがましと言っていたそうだ。


 せっかくの休日、一仕事終えた後のご馳走がそれではなんとも物悲しい。


 いい加減、手の中でぬるくなりつつある缶ビールにお供が欲しくなってきた。そのために邪魔な妖精をどこかにやらねば。


「……焼鳥の妖精さんや、結局お前は何ができるんだい?」


「私にできることは焼鳥を一緒に食べることだ!」


 ただのつまみ泥棒だった。



 片付けも終わり、爺さんの家に持ち込んだ寝袋を広げてなる準備をする。


 あの後本当につまみを横取りしようとした妖精は火箸でつかんで燃える炭の中に突っ込んでおいた。しばらくしたら断末魔も消えたのでしばらくは出てこないことだろう。


 爺さんが妖精を好きな理由は今となってはわからないが、理解できる日がくることもないだろう。


 うるさくて目障りで時々危害まで加えてくる気分屋。意思が疎通できる分だけたちが悪い。


 やっぱり変人だったんだろうなぁと思いながら寝に入る。願わくば朝まで妖精が静かにしていて欲しいと思いながら。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

妖精の国 @jin511

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ