焼き鳥には派閥がある

宿木 柊花

第1話

 焼き鳥。

 そこには大きな地雷がある。

 焼き鳥を食べて親睦を深める、なんていうがそれは違う。

 こいつは敵か味方か。

 信用できる相手がどうか炙り出すために仕掛ける最初の一手だ。


 焼き鳥には派閥がある。


 中立なんて者もいる、しかしそれは果たして本当にそうだろうか?

 Aさんの前ではタレ派。Bさんの前では塩派。このように使い分けているのではないか?




 ━━━━━━

 そんな中立を保っていた鳥井好好とりいよしよしは今、とある組織の屋根裏にいる。

 目の前にはタレ先輩のデカイ尻がある。狭い屋根裏に詰まっている。強烈な光景。

「よーし今日は運が良い。誰もいないぞ」

 ガハハと笑う先輩と共に腰からぶら下げられた瓢箪ひょうたんがチャポチャポと揺れる。

 早く進め、と後ろの先輩方が詰めてくるが先はデカイ尻で詰まっている。

「好好出番だ。もし誰かいてもお前ならなんとかできるだろ?」

 そうだそうだ、と周りの先輩方が賛同の声をあげた。

「……行かせていただきます」

 こうなったのも一度の失敗から。常にこの派閥争いでは中立を保って受け流してきたのに、たった一度塩先輩と焼き鳥屋に入る瞬間を目撃されてから風見鶏かざみどり日和菌ひよりきんと呼ばれている。

 タレも塩も食べたいだけなのに。



 屋根裏から降り立つと一気に焼き鳥の炭火の香りに包まれた。

 中央のテーブルには焼き鳥が山に積まれている。保温のためか近くには炭の種火が置かれている。人影はない。

「誰もいません」

 先輩達に合図を送った。

 カラカラと換気扇が回る。

 人の気配どころか息遣い一つしない。

「おかしくないですか? 静かすぎるというか。うちのアジトでも必ず調理場には一人か二人は見張りがいますよね」

「確かにな」

 静かに降りてきたタレ先輩は少々思案し、背後に続いた他の先輩達に振り向く。

「今日の見張り番はいるか?」

「はい」「へい」

 今日の見張り担当組は元気よく返事をする。

「やはり二人は用意するものだろう。特にここには大事なモノもあるみたいだからな」

 カラカラつけながらタレ先輩は一斗缶に入った塩を見つけたようだった。少し軽い気がすると言いながら一斗缶で筋トレしている。


「タレ先輩……見張り番の二人がここにいるってことは今は誰がアジトの見張りしてるんですか?」


 落とした一斗缶から甘い匂いがこぼれた。




 ━━━━━━

 走ってアジトに戻る。

 そして宝物殿のごとし調理場には塩派筆頭が座って塩焼き鳥を食べていた。

「くっ……やられた」

 保存していた焼き鳥は見事に塩味にされ、ジューシーに炭で焼かれている。

 炭で脂が弾ける匂いに胃から手が出そうになるのを必死に抑える。

「やぁ諸君、ダメじゃないかこんな大事なモノがある場所を空っぽにしちゃあ」

 こんなことされちゃうよ? とタレの入った一斗缶を塩派たちが転がす。

 濃厚な醤油と今も焼かれている鶏の香りに口の中が洪水を起こした。

「てめぇ、許さん」

 タレ先輩の筋肉がみるみる膨れ上がる。塩派筆頭も軽くジャンプして整えている。


 そんなことはもう……ドウデモイイ。


 気付けば僕は塩派から焼き鳥を奪い取っていた。

 塩派は信じられないモノを見るような顔をしている。


 僕は塩焼き鳥を口に含むと一気に串を抜く。

 外側がカリっとして中から溢れんばかりの脂が湧き出してくる。熱さもまた調味料。

 口いっぱいに広がる炭火の香りと鶏の旨味。それを引き立てるのは抜群に構成された塩加減。塩のお陰で鶏本来の甘みが染み渡る。

「美味しい……」

 次は焼き台の塩をまだ振っていないものを奪い取る。人間とは思えない速度が出た。

 これは腰にぶら下げられた瓢箪の上部を折って浸し、また焼き台の端で少し炙った。

「「何をしている」」

 タレ先輩と塩派筆頭が同時に叫ぶ。

 そんなことで僕の胃袋は止められない。

 こんなに美味しいモノが目の前にあって耐えられる訳がないではないか。

 醤油が芳ばしく焼かれている間も僕はずっと溺れている。早く食べたいと胃が騒ぐ。

 もう一度瓢箪に浸してパクリ。

 甘辛いタレが鶏を柔らかく蒸し、更なるジューシーさの高みへと誘っている。串の抜けた所から脂と鶏の間からのタレが絡み合ってそれを炭火の香りが上品にまとめてくれる。

「美味しい……」


「「どっちだ、どっちがよりうまい?」」

 今更まだ気にしている。

「うるひゃい!」

 二人はキョトンとしている。僕は構わず続ける。

「味覚は人それぞれ。僕の舌は先輩の舌ですか?」

「イヤ、それは気持ち悪いだろう」

 ちょっと傷ついた。

「そうですよ。違いますよそんなことは有り得ないんです。なのに派閥だの言われて引きづり込まれて大迷惑です」

「君だって好みの偏りはあるだろう? 譲れないこだわりだって」

 塩派筆頭が言う。

「こだわりだってありますよ。僕は部位ごとに味を変えたい」

 ざわついた。

 この人たちにはそんなことすら思い付かなかったようだ。


 塩派筆頭が焼き鳥を取ると一斗缶に残ったタレにくぐらせ、パクリ。

「あ、うまい。久しぶりに食べたら昔のようにくどい味ではなくなったのだな」

 タレ先輩が完成された塩焼き鳥を一口でパクリ。

「物足りないと思っていたが存外悪くない」

 それぞれの派閥の人たちも思い思いに焼き鳥を食らう。


 うまいウマイとこだまする。

 これこそが焼き鳥の魔力。

 派閥だの気遣いだのは焼き鳥の前には無用である。




 鳥井好好は焼き鳥が好きだ。

 それは誰にも譲れない揺るがない個人の嗜好であり、至高の喜びである。

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