【拝啓、水瀬茉莉様】
拝啓 水瀬茉莉様。
早いもので駅のホームで別れたあの日から、もう、一年と数ヶ月が過ぎましたね。こちらはまあ、色々と変化がありました。
先ず徹なのですが、去年の秋頃から猛烈に勉強し始めています。
彼いわく、行く行くは体育教師になりたいんだとか。夢の実現に向けた第一歩として、スポーツ全般で強みのある、地元の私立高校を受けるみたいです。
お前の頭じゃ無理だよ、なんて最初は揶揄ってたんですけどね。まさに有言実行。どんどん上がってくる彼の成績と学年順位に、なにやら僕まで影響受けて焦ってます。このまま負けてらんないな、と気持ちばかりが急いています。
木下は、水瀬が居なくなってからちょいとばかり沈んでましたけど、ここ最近は以前と変わらず元気にしています。
なんでも、半年ほど前からウェブに漫画を投稿し始めたそうで、意外と読まれているんだぞ、とドヤ顔で報告されました。彼女は地元の公立高校志望なので、まあ落ちないとは思いますが、ここ最近、漫画と勉強の両立が大変だと愚痴ってます。当然だろう受験生、と笑い飛ばしておきました。
一番変化があったのは、やっぱ稔かなあ。
父親の仕事の都合とやらで、近々北海道に引っ越すことが決まりました。受験は向こうの公立高校を受けるそうです。
卒業式までこっちに居られないのはもう確定なので、先週の日曜日、僕と木下と徹と四人で、送別会をしました。
ああ、そうそう。自分の話を忘れてました。
僕も、木下と同じ地元の公立高校を受験しますよ。将来の夢はまだはっきりとしてませんけど、なるべく早く社会に出て、両親を楽にさせてやりたいなあと今は考えてます。
まあ、そんなこんなで、みんなバラバラになっちゃいますね。
寂しいけれどもしょうがない。何時かまた、僕たちが一堂に会するときがくればいいなと、そんな夢を抱いて僕も頑張ります。
では、お体に気をつけて。お元気で。
敬具 早坂翔。
拝啓。早坂翔様。
お返事ありがとうございます。
なんだか凄く嬉しすぎて、頂いた手紙を何度も何度も拝読しています。授業中も先生の目を盗み教科書の間に挟んで読み返しています。もう、内容を全部暗記しちゃったんじゃないでしょうか (苦笑)
ごめんなさい。あたし、ちょっと重いですね。
ちゃんと授業は受けてますので、大丈夫ですよ。
稔君のこと、ちょっと驚きました。本当にみんな離れ離れになってしまうんですね。なんだか凄く寂しい気持ちです。
けれどまた何時か、みんなで顔を合わせて笑いあえる日が来ると、あたしも信じています。その時また、宜しくお願いしますね。
あたしは翔君と離れて転校なんて、本当に嫌で嫌でしょうがなかったんです。でも、これは家庭の事情なんだからしょうがないんだと、何度も自分に言い聞かせてきました。
寂しかったけれど、なんとか今の学校にも順応しています。 (だから心配しないでください)
男の子の顔を認識できないのは相変わらずなので、クラスに馴染むまで苦心しましたが、それでも友だちは二人できました。ああ、安心してください。もちろん女の子ですよ笑。
あたしの病の話を二人に告白したら、びっくりした顔を最初はしていたけれど、直ぐに情報を調べてくれて、『そういう病気もあるんだ』と納得してくれたみたいです。だから、大丈夫です。
それから、こちらでも美術部に入りました。
部員には結構ガチな人が多くて、みんな将来の夢とかちゃんと考えてるみたいです。なんだか圧倒されちゃいますが、兎に角今は絵が描きたいです。これが自分の仕事になるなんて、そんな考えは微塵もありませんが。
最後に、これだけは忘れないでください。
あたしは今でも翔君のことが好きです。
あなたと過ごした二年間の記憶を、あたしはずっと忘れることはないでしょう。
これまでも、そして、これからも。
お体に気を付けて。どうか、どうか元気で。
かしこ 水瀬茉莉。
暑い夏の日、駅のホームで別れたあの日から約一年と半年後。この手紙のやり取りを最後に、僕たちの関係は──完全に途絶えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます