事件は焼き鳥とともに

菅田山鳩

第1話 事件は焼き鳥とともに

「はい、生ビール3つと焼き鳥の盛り合わせになります。」

「ありがとうございます。」

「ごゆっくりどうぞー。」

「お姉さーん、注文いい?」

「はい、ただいま伺います。」

活気のいい居酒屋。

金曜日の夜。

店内は仕事終わりのサラリーマンの熱気で溢れている。

「では、今週もお疲れ様でした。」

「お疲れ様です。」

「さぁ、今日は俺の奢りだから、どんどん食って。」

奢りって言っても、生ビールと2人で1つの焼鳥の盛り合わせかよ。

なんてことは言えるはずもなく。

「ありがとうございます。いただきます。」

建前で感謝を述べておく。

「よし、とりあえず乾杯しよう。」

差し出してきたジョッキに、

自分のジョッキを下から当てる。

「「乾杯。」」

「で、どうだ、最近仕事の調子は?」

「まだまだわからないことばかりですが、部長のおかげで少しずつ慣れてきてはいます。」

「高橋くんは、遠慮しがちなところがあるからねー。もっと、周りに聞いたり、頼ったりしなくちゃダメだよ。」

昨日質問しに行ったら、自分で考えろって追い返したくせに。

「すみません。気を付けます。」

「最近の若い子は、報連相ができてないんだよなー。俺の若いときなんか、報連相、報連相の連続でおひたし作れるくらいだったよ。」

「え?」

「そっちのほうれん草じゃないだろって、突っ込まないと。高橋くん、鈍いなー。」

気づいた上での、え?だったんだよ。

くそがっ。

「あ、すいませーん。注文いいですか?」

「はい、ただいま伺います。」

「ビール頼むけど、高橋くんはどうする?」

「僕はまだ残ってるんで、大丈夫です。」

「そっか。」

俺のビールがまだ残ってるの、気づいてたくせに。このケチ野郎が。

「お待たせしました。」

「生ビールと1つ。」

「生ビール1つですね。以上でよろしかったでしょうか?」

「うん。」

「かしこまりました。少々お待ちください。」

「ところでさ、この間の書類、誤字だらけだったけど、あれじゃ困るよ。」

また、説教かよ。

「すみません。気を付けます。」

「気を付けます。気を付けますってさ、本当に直す気あるのかなー。」

「はい、本当に気を付けます。」

「最近の若い子は、スマホばっかりいじってるから、漢字を忘れちゃうんだろーなー。」

また出た。『最近の若い子は』攻撃。

好きで最近の若い子になったわけじゃねーよ。

それに、最近の中年おやじも大概だろ。

あー、さっさと終わらせてー。

「俺の若いときなんか、全部手書きだったから、今でも漢字のミスなんかしたことないけどなー。」

うるせぇ。

「すみません。」

「そういえば、高橋くんは大学でなんの勉強してたの?」

「薬学部だったので、薬の勉強をしていました。主に薬の作用と副作用について。」

「それで、なんでうちの会社に?」

面接で嫌と言うほど聞かれた質問だ。

「薬の研究をしていく中で、別の分野にも興味を持ち始めました。それで、今の会社に。」

「ふーん。まぁ、いいや。焼き鳥も食べてよ。」

「ありがとうございます。」

ももの塩が1本、たれが1本。

ねぎまの塩が1本、たれが1本。

皮の塩が1本、たれが1本。

合計6本。

食べてよって言われても、どれなら食べていいんだ?

部長はなにを食べるつもりなんだ?

部長が食べようとしているやつを選んだ日には、またグチグチ言われるに違いない。

ここは安全策を取っておこう。

俺は、皿に盛られたもものたれを串から外して、その一つを食べた。

「あちゃー、高橋くん、焼き鳥を串から外す人?」

これが地雷だったか。最悪だ。

「あ、すみません。ダメでしたか?」

「まぁ、ダメってわけじゃないんだけどね。串から外すと旨味が逃げちゃうでしょ?」

「すみません。知らなかったです。」

「少し考えればわかると思うけどね。まぁ、やっちゃったものはしょうがないから。」

そう言うと、もものたれを一つ箸でつまんで食べた。

結局食べんのかよ。

取りやすかったんじゃねーのか?

そこからはまさに地獄だった。

部長の酒はどんどん進み、それにともなって説教のペースと熱量が増していった。

2時間ほどたっただろうか。

すでに部長はべろべろだった。

そろそろか?

立ち上がろうとしたとき、部長は口から泡を吹いて倒れた。

「キャー。」

異変に気がついた回りの客が騒ぎだす。

何が起こったのかわからず、俺はその場で立ちつくす。

「どうした?」

「何があった?」

「あの人が急に倒れたのよ。」

「誰か救急車。」

当然、部長と同じ席についている、俺に視線が集まる。

誰も口には出さないが、

『あいつがなんかしたんじゃないか?』

そういう目で、俺を見ている。

この状況でなにもしないのは、余計に怪しまれる。

そう思った俺は、とりあえず部長の側に駆け寄った。

えっと、こういうときは…、脈の確認だ。

「部長、大丈夫ですか?」

部長の首の脈を確認しようと手を伸ばす。

「触るな。」

不意に後ろから発せられた声に、手を引っ込める。

振り替えるとスーツ姿のサラリーマンがこちらに近寄ってきた。

40代半ばくらいだろうか。

「触ってはいけない。これは殺人事件だ。」

「さ、殺人?」

「そうです。なので、現場保存をしなくてはいけないのです。」

「殺人だって。」

「誰かが殺したってこと?」

「警察とか来んの?」

「事情聴取とかされんのかな?」

また騒がしくなってきた。

面倒なことにならなければよいが。

「あのー、あなたは警察の方なんですか?」

「え?まぁ、そんなところです。」

なんだこいつは?

いかにも怪しいやつだな。

どう見ても警察ではない。

「あなた、お名前は?」

「本当に警察の方ですか?それなら、警察手帳を見せてもらえますか?」

「警察手帳は今、持っていないんですよ。名前を聞かれて、なにか不都合がおありですか?」

「別に不都合があるわけじゃないですが、一応個人情報なので、警察でもない人に教えるわけにはいかないでしょ。」

「わかりました。名前は大丈夫です。こちらの方とはどういったご関係で?」

「この人は同じ会社の上司です。今日は仕事終わりに飲みに来ました。」

「なるほど。この方が口にしたものは、わかりますか。」

「生ビールを6杯と焼鳥のももです。」

「焼き鳥は、あなたも同じものを?」

「ええ、盛り合わせだったので、私が串から外して、それを部長が食べました。」

「この方のビールには触れましたか?」

「いえ、触れてません。あのー、もしかして、私のことを疑ってますか?」

「ただの形式的な質問ですので、お気になさらず。」

「ちょっと、トイレに行ってもいいですか?ずっと我慢してて。」

「申し訳ございません。もう少しお待ちいただけますか。」

「もう少しってどのくらいですか。」

「現場検証が終わるまでなので、どれくらいというのははっきりとは言えません。」

「え?トイレもいけないの?」

「まじかよ、いつまでかかんだよ?」

「終電なくなっちゃうんだけど。」

またもざわざわし始めた。

「皆さん、もう少しだけご協力ください。現場検証が終わったら、関係のない方はお帰りいただけますので。」

「応援とか呼ばれたんですか?」

「ええ、先ほど署に連絡を入れて、応援を呼びました。なにか気になることでも。」

「いえ、本物の警察の方が来れば、解決してくれると、思っただけです。」

「そうですね。その前に、身体検査をしてもいいですか?」

「すみません。先ほども言いましたが、あなたが本当に警察かどうかわからない以上、応じることはできません。」

「そうでしたね。失礼しました。その、焼き鳥を少し見せていただいてもよろしいですか?」

「ええ、どうぞ。」

「それでは、失礼します。」

皿に残っているもものたれを入念に調べ始めた。

なにも見つからなかったのだろう。

ビールも調べ始めたところで、店の外から救急車の音が聞こえてきた。

「ゴホッ、ゴホッ。」

部長が起き上がった。

「ん?なんだ?騒がしいな。」

周りが今までで一番ざわざわし始めた。

「え?」

「生きてるじゃん。」

「どういうこと?」

「殺人事件って言ってなかった?」

「部長、大丈夫ですか?」

「ん?あぁ、だいびょうぶでよ。」

口が回っていないが、大丈夫なようだ。

「ん?あんたは誰?」

「あ、いえ、なんでもありません。失礼しました。」

サラリーマンはばつの悪そうな顔で、どこかに電話をかけ始めた。

「ん?なんだ、怪しいやつめ。」

「そうですね。なんだか、怪しいやつでしたね。そろそろ、帰りましょうか。」

「そうだな。ちょっと、疲れてしまった。」

店を出ると、部長が呼んでいたタクシーが道で待っていた。

「ごめんね。ちょっと酔いすぎちゃって。」

「いえいえ、ご無事でよかったです。」

「それじゃ、お疲れ。」

「はい、お疲れ様でした。」

部長を乗せたタクシーが走り去る。

俺は駅へと向かう。

駅に着くと、トイレへ向かい、一つ空いていた個室へ入る。

便器の中へポケットの中身を投げ入れる。

レバーを下げると、粉の入ったパケが渦の中に消えていった。

くそっ、あんな邪魔させ入らなければ。

まぁいい。チャンスはまた来る。

次は必ず…。

個室を出ると、酔いは完全に覚めていた。


数日後、あの、サラリーマンと再開することとなる。

「高橋康平さんですね、少しよろしいでしょうか?」

その手には、警察手帳がしっかりと握られていた。

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事件は焼き鳥とともに 菅田山鳩 @yamabato-suda

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