ぼんじり
ユラカモマ
ぼんじり
「棗、ぼんじり食いに行こう」
「今勉強してんだけど」
「いいから行くぞ」
最近家にばかりいる父に半ば強引に外に連れ出された。手には問題集を持ったまま、スーツの人間が闊歩する夕暮れの町をジャージの父と歩くのはだいぶ恥ずかしい。
やがてたどり着いたのは大きな道から一本入ったところにある小さな店だった。店の前には2台の自転車と焼き鳥と書かれた薄いのぼりがぱたぱた風に揺れていた。まだ人の少ない店内を見回して隅のボックス席につくと父はメニューを開いて色々注文していく。棗は様子をうかがいながらもメニューには手を伸ばさず問題集を開いていた。
「棗、食いたいもんあるか?」
「なんでもいい」
つっけんどんな言い方になったが父はそうか、ならまだ食べたいのあったら後で言ってな、と注文を終わらせた。
無心で問題集に向き合っているとやがて香ばしい良い匂いがしてきた。机を見ると既に大きな皿に3皿分、やきとりがのっている。そして既に何も刺されていない串が一本。もう食べ始めていたらしい。
「棗、料理来たけん問題集置いて食べ」
「はいはーい」
先に食べ始めたことに若干苛立ちを覚えるものの父に言ったところでと棗も手前の皿から一本取ってかじりつく。すると予想よりはるかに柔く甘い脂の味が口内に広がった。
「なんこれ」
「ぼんじり」
「それはお雛様のときに飾る…」
「それはぼんぼり。これはぼんじり」
「ぼんじり…って、やけんなんなん?」
「ぼんじりは鶏や鶏、ほらもっと食べ。うまいやろ」
「おいしいけどそんなに食べたらむつこいわ。あと一本でいい」
串に刺された肉の塊を一つはくりと口に含むと鶏とは思えないほどジューシーな脂に本当に鶏だろうか、ホルモンだろうかという悩みが浮かぶも脂とともにすぐ溶けていく。結局止まらず二本食べるとその間に父はその倍の串を既に食べ終わっていた。
「問題集貸してみろ、棗」
テーブルの串の肉が消え追加注文した分が焼けるのを待つ間再び問題集を広げていたら父がよこせと手を出してきた。メニューを見るのも飽きて問題でも出したくなったらしい。
「2019年中国で初めて報告され、その後世界的なパンデミックを引き起こした病気は?」
「新型コロナウイルス感染症」
「2022年ロシアがウクライナへ侵攻したことをきっかけに起こった戦争は?」
「第三次世界大戦…お父さんもっと難しいとこ出してよ」
「んー…どの辺のがいいんだ?」
「室町、鎌倉辺りの…ちょっと貸して」
「お待たせしましたー、モモとつくねです」
もちゃもちゃと問題集を取り返しペラペラページをめくっているともう追加分が来てしまった。仕方なく今開いたところのページに赤シートをさして食べる方に集中する。甘っ辛いタレが香ばしく焼かれたトリモモに絡んでおいしい。棗は父の財布をあてにして心ゆくまで焼き鳥を頬張った。
店を出るともう辺りは暗くなっていた。ちらほら提灯の明かりが狭い道の端に揺れる。
「最近家におってばっかやったけん、たまには外食もよかったやろ。ぼんじりもうまかったやろ」
「うちは家のが好きなんやけど」
父はジャージのくせに得意げに胸を張って大人二人が並ぶときつい幅の道を闊歩する。そしてその後ろを棗ははぁとぼやきながらついて歩く。しかしその距離は行きよりちょっとだけ近い。
「勉強みてくれるなら、たまにはええよ」
ふらりとコンビニの明かりに引き込まれそうになった父の腕を引きながら棗はちょっとだけ笑った。
ぼんじり ユラカモマ @yura8812
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