片翼をもがれた赤うさぎ

いすみ 静江

一羽のうさぎ

 コクーン帝国の墓地は、街の外れにある。

 国民のうさぎが葬られる為だ。

 だが、最愛の遠乗り用カピバラも共に埋葬するうさぎもいる。

 夕暮れどきに、様々な鳥共が啼いていたかと思うと、一斉に飛び立った。

 一つ二つと影が伸びたのを恐れたのだろう。

 恰幅のいいものと大きな翼を持つもの。

 影は、墨のような無の世界を想起させた。

 

「久し振りでございます。黄金のうさぎ、ガリレオ殿下」


 彼は、整った小さな耳を持つ。

 帝国の王子だ。

 皇帝も黄金の体躯で、女王もそうだった。

 純血の証と言えるだろう。

 誰も目にしたことはないが、全身に流れる血も黄金だと伝えられている。


「赤いうさぎ、シェーンか」


 彼女は、垂れ耳で、背中に鳥のような翼がある。

 体の赤い血が体表まで来ているのも珍しかった。


「そう、鳥うさぎと呼び捨てになさっても構いません」

「だが、キミは近衛隊に入り、強さをもって渾名を覆して来たではないか」


 シェーンは、赤い翼を二度羽ばたく。


「鳥よ、帰っておいで……!」


 愛らしいシマエナガや激しいキザザまで、様々に入り混じる啼き声に包まれた。


「鳥使いではあるようだな」

「恐れ多いことでございます」


 赤い翼を一振りすると、一際大きな墓石に鳥共が群れて行った。


「女王陛下は、小鳥の囀りがお好きでございました」

「母上も喜ぶだろう……。ただ、もう聞こえておるか分からんが」


 ガリレオが、葡萄酒を出して墓石にとうとうと流す。


「殿下。異国のうさぎの数え方に、一羽二羽と言うのがあるそうです。確か、深い水を越えたニッポニア国に」

「我々を鳥と捉えるとは愚かしいことだ」


 赤いうさぎが、黄金のうさぎから、空いた瓶を受け取ろうとしたときだ。


「仰せの通りでございます」


 一つ、熱い風が強く吹いた。


「どうして、我を追って来た。近衛隊は解散した筈だ」

「それは……」


 物言いのはっきりとしたシェーンには珍しく、言い淀んでいる。


「この葡萄酒に毒でも盛ったか? 我を暗殺すれば、鳥うさぎも返上できるからな」

「この瓶は、殿下がご用意されたものでございます」


 鳥うさぎが片翼で一つ羽ばたいたかと思うと、鳥たちは墓石から一羽二羽と離れて行く。

 まるで、逃げよとの伝言のようだ。


「赤めが! 我を狙ってのことか」

「滅相にもございません」


 ガリレオは、瓶を掴んで隣の墓石にぶつけ、二つに割った。

 切り口が鋭利な刃物になる。


「母上が、黄金の血のせいで暗殺されたのは、知ってのことであろう!」

「近衛兵が守れなかったと申しますか?」


 下がらずにじっと耐えるシェーンは、毅然としている。


「そうだ。赤よ、この墓地に沈むがいい……!」


 振り翳した葡萄酒の割れた瓶で襲い掛かる。


「殿下、お戯れを!」

「まかりならん!」


 赤い血が舞う。

 血飛沫が、飛び去る鳥共を汚した。

 鳥は、赤いうさぎが苦しむように、羽ばたく力を失った。


「鳥うさぎめ、母上を汚すからこのようなことにもなる。赤いうさぎが忌み嫌われる所以はこれか」


 ガリレオが、女王のナイフで赤いうさぎの片翼を切り取る。


「うぐはあ……」


 悶絶するシェーンが背中を上にし、身を丸める。

 片翼を持ち上げて、ガリレオは、眉根を寄せながら報復の笑顔だ。

 そして、滴る赤い液体を刃物に這わせた。

 女王のナイフは、欲しいままに、鈍色へと変わる。


「黄金の炎よ、鳥共を焼け――! そして、赤いうさぎも焼くのだ!」


 鳥共と鳥うさぎは、薄っすらと焦げを感じる程度に、ガリレオにより焼かれた。


「コクーン帝国に乾杯!」


 新しい葡萄酒を出して、一人飲み始めた。


「赤いのは、血抜きが足らなかったようだ。我は要らぬ」


 大小ある鳥共を転がし始めた。

 シマエナガやキザザまで大きさはまちまちだ。


「どれ、焼かれた鳥は旨いのか。この鳥が一番大きいから味もいいだろう」


 もとより欲張りなので、大きなキザザを選んだ。

 まさか、焼き鳥をするとも思っていなかったので、手掴みで口元へ運ぶ。

 一口、頬に含んだ刹那。


「ふ、ぐほっ」


 黄金のうさぎからは黄金の血が流れる筈なのに、赤い吐血をした。


「こ、これは、片翼を失ったうさぎの血か? 不味い、いや、我の命も不味いぞ」


 再び、吐血をして、その手を見詰めた。

 頬に残った焼き鳥を吐き出す。

 食した鳥が抜きん出て大きいので、沢山赤い血を浴びていたが、焦げの為に見え難くなっていた。


「誰かある!」


 陽が沈みかかる中、ガリレオの呼び声がこだまする。


「おおお……。近衛隊は我の命で解散したのだった」


 すっかり沈んだ陽の奥で、誰かを求める声だけが、繰り返された。

 形にならない切なさが、横たわる赤いうさぎ、シェーンの瞳に浮かんでは消えた。


【了】

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