ありふれた二人の日常

砂鳥はと子

ありふれた二人の日常

 私と紗雪さゆきは仕事が終わると二人で並んで会社を出て、書店にたどり着く。


 二人共それぞれ気になる本があったから、駅のすぐ側にある大きな書店を選んで入った。


 私は雑誌コーナー、紗雪は新書コーナーにそれぞれ向かった。お互い本を買ったらロビーで落ち合うことにしていた。


 私は気になっていた雑誌をいくつか立ち読みして、欲しくなったものを二冊購入することに決めた。ついでだから何か面白そうな小説はないかと、文庫コーナーへと足を運ぶ。


 平積みにされた新刊の中に、祖母が好きな作家の本を見つける。だいぶ昔に亡くなった作家であったが、新装版が出たらしい。


 今週末は実家に戻る予定だから、祖母のお土産に買っていこう。手にしてレジへ行こうとして、新書コーナーが目に入る。ちょうど紗雪がこっちを見ていて、困った風情だったから、私は来た通路を戻って紗雪の元へ行く。


「欲しかった本、見つかった?」


 そう声をかければ、紗雪はちょっと恥ずかしそうにして頷く。それで状況を察した。


「どの本が見たいの?」


乃愛のあちゃん、あの黄色い帯の本と、背表紙の上の方が青い本を取ってほしいんだけど」


「いいよ。これだね」


 私は紗雪が求める本を、棚の上の方から取り出して渡した。


「ありがとう、乃愛ちゃん」


 大事そうに本を受け取った紗雪は早速本をめくり、吟味している。


 しばらくその様子を私は見下ろしていた。紗雪のきれいなつむじが目に入る。


「うーん、どうしようかな」


 紗雪は二つの本を交互に見比べる。


「両方買う?」


「ううん。こっちだけにする。だから、これ戻してもらってもいいかな、乃愛ちゃん」


「いいよ」


 私は背表紙に青い色が入った方を棚に戻した。


「ありがとう。乃愛ちゃんが一緒じゃなかったら途方に暮れてた。このお店、脚立ないし。店員さんに頼むのも何だか恥ずかしくて」


「まぁこういうのは持ちつ持たれつってやつ? そんなに気にしないで」


 私は自分の胸あたりにある小さな紗雪の頭を撫でてしまった。


 嫌がられるかなと思ったけれど、紗雪はにこにこしていたので、私もその可愛い顔を見ていたら和んでしまった。


「紗雪、他に欲しいものある?」


「今日はこれだけでいいかな。乃愛ちゃんも買うもの見つかった?」


「うん、見つかったよ」


 私は手に持ってる雑誌と文庫を見せた。 


「そっか。それじゃ一緒にレジまで行こう」


 私はそれに頷いて二人でレジの方へ歩いて行った。

 

 



 私が紗雪と出会ったの大学時代で、紗雪は一つ上の先輩だった。


 同じ茶道部に所属していて、紗雪は先輩のはずなのに、何だかまだ高校生に見えるくらいあどけなくて。でもいつでも周りを盛り上げようとしたり、困ってる人をほっとけない人柄のくせに、ちょっと恥ずかしがりやで。そんなところに惹かれた。


 自然と私は紗雪と一緒にいるようになって、気づけば茶道部の凸凹コンビと呼ばれるまでになっていた。


 そう呼ばれることになったのは私たちの身長差にあった。


 紗雪は145センチと大学生にしてはかなり小柄で、私はと言えば175センチと女性としては大きい体格。


 そんな30センチ差の私たちが常に一緒にいると目立つようだった。


 しかも私の名字は小城こしろで紗雪の名字は大野おおの。名字は体を表さなかったのである。


 それが周りからも面白がられて、ちょっとした名物コンビになった。


 私も大好きな紗雪とセット扱いは満更でもなかったし、紗雪も嫌な顔せず楽しそうにしていた。


 そして元々女性が恋愛対象の私は、いつしか紗雪を特別な想いで見るようになっていた。


 きっと私の気持ちは届かないし、紗雪みたいに可愛くて明るくて誰からも好かれる人は、いい人がいるに違いないと思った。


 それでも私は気持ちを抑えきれずに、紗雪が卒業後すぐに告白した。


 振られて嫌われて二度と会えないことも覚悟したけど


『私も乃愛ちゃんのこと大好きだよ。女の人とお付き合いしたことないけど私、乃愛ちゃんと一緒にいたい。恋人になれるか分からないけど、乃愛ちゃんとお付き合いしてみて、決めてもいい?』


 紗雪はそう返事してくれた。


 そして気づけば付き合って五年も過ぎていた。


 私は紗雪の後を追うように彼女と同じ会社に就職して、去年から同棲もしている。


 私にとって紗雪はもう離し難く、一生のパートナーだと思っている。


 紗雪もそこまで思っていてくれるかは分からないけど、ずっと同じ景色を見ていられたらいいな。きっとこの気持ちは揺るがない。

 

 


 書店を後にして私たちは夕飯のおかずを買うために、スーパーへとよった。


「紗雪、今日何にしようか」


「そうだね。乃愛ちゃん何か食べたいものある?」


「見て周りながら決めようかな」


「そうしよう」


 私はカゴを乗せたカートを押しながら、紗雪と惣菜コーナーを見て歩く。


「ねぇ、乃愛ちゃん、焼き鳥が安いよ。焼き鳥どうかな?」


「いいね。久しぶりに食べたいかも」


 私たちは焼き鳥が並ぶ台の前で立ち止まる。


「乃愛ちゃん、塩だれ焼き鳥は食べたことある?」


「塩だれはないかなぁ。普通のたれのやつしか食べたことないかも」


「私も。だから塩だれに挑戦してみたいんだけど、どう?」


「いいね。よし、今日は塩だれの焼き鳥にしよう!」


 私たちはトングで焼き鳥を掴んで、容器に次々と入れていった。


「紗雪、飲み物はどうする?」


「お茶がいいかな。乃愛ちゃんはチューハイでしょ? 焼き鳥お酒合いそうだもんね」


「お酒はお酒でも焼き鳥にはハイボールがいいんだよね〜」


「本当、乃愛ちゃんはお酒好きだね。お酒コーナー行こうか」


 紗雪は楽しそうに笑うとカートの前を摘んで引っ張りながら、お酒売り場へと進んで行く。


 昔から紗雪はお酒が苦手で、サークルの飲み会でもいつも烏龍茶を飲んでいたっけな。ビールを頼んでも半分も飲まないうちに私によこしていた。私はお酒好きだから、喜んで引き受けてたけど。


 小さな紗雪がちょこんと座って何かを飲んでいる姿は実に可愛いし、好きだ。

 

 



 私たちは買い物を終えて、二人で住むマンションへと帰った。


 夕飯の準備を終えて、食卓には先程買った焼き鳥が皿に載せられて並んでいる。


 ハイボールが注がれた私のグラスと、ブレンド茶が入ってる紗雪のグラスをカチンと合わせて乾杯する。


「今日もお疲れ様、乃愛ちゃん」


「お疲れ、紗雪」


 互いに労い、夕飯に手をつけた。


 こんな些細な日常がずっと、おばちゃんになってもおばあちゃんになっても続いていたらいいな。そう毎日思っている。


 塩だれの焼き鳥は思いの外さっぱりしていて、美味しい。いつものたれの焼き鳥よりも、さくさく食べられる気がする。


 向かいに座る紗雪も小皿に串から外した焼き鳥を乗せて、美味しそうに頬張っていた。


 後で本屋に行ったことと、焼き鳥を食べたことを日記に書いておこう。


 書いておけばこんなありふれた日常も、一年後、五年後、十年後だって思い出せるのだから。


 私たちの幸せな日々は続く。

   

               

               

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ありふれた二人の日常 砂鳥はと子 @sunadori_hatoko

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