第3章 竜胆(りんどう) (続)
「ヤッピー!!!」
部屋のドアが開いて、体長が60cm位で薄い緑色の羽根を羽ばたかせて飛んでいる生物が入ってきた。
「あ、あんた誰?」
「リルにウチが召使いだと紹介されかも知れないけれど、ぶっぶう~。それは大間違い!ウチはアンタの監視役。」
そう言うとその生物は、私の身体の周りを2回程回って、私をじろじろと観察した。
「ふ~ん、オバちゃんだと聞いていたけど、アンタまあまあ若く見えるじゃん。」
「誰がオバちゃんなのよ」
まあ、オバちゃんだと呼ばれて、ムキに成って怒る程は若くは無いけど。
「それよりあんた、本当に誰なのよ?」
「オバちゃん、オバちゃんのそのパジャマ、デザインも色も素材も最低!後でウチが捨てておいてあげるね。」
「要らん世話じゃ!」
この生物の登場で、彼らが地球以外から来ている存在で有る事が確定した。
半ば予想していた事も有って、私はこの事には余り驚かなかった。
その羽根付きの生物とは、それからもなかなか会話が噛み合わなかったが、彼女がマヤと言う名前で有る事と、これから私をバスに案内して呉れる事だけは分かった。
「ウチの舌は、様と言う言葉を発音出来ない構造に成っているから、アンタのことはこれからはユウカと呼ぶね」
マヤは今、見事に「様」と発音したのだが、私も「様付け」で呼ばれる事に居心地が悪かったのでこの申し出は有難かった。
少なく共、これから私はマヤから「オバちゃん」と呼ばれなくても済みそうだった。
「さあユウカ、風呂場はこっちこっち!」
マヤはその体長に似合わず、かなりのスピードで飛んで行った。
「一寸、待って。」
私は慌てて、マヤの後を追った。
やはり彼らが言う通り、ポイントビューウィックは巨大な宇宙船の様だった。
狭い通路は幾つものドアで仕切られていて、自動認証装置が機能しているのか、マヤが近づくとドアは次々に自動的に開いた。
「この通路の突き当たりが、ゲスト用の風呂場だし。ウチらの居住区もここで行き止まり!ユウカは中に置いてあるミスリルガウンに着替えるのだし」
「ミスリルガウン?」
「着れば分かるがに!」
兎に角、私は自分のワンルームに戻るとすぐに「モリヤの笛」に誘拐されたし、ここで眠っている間に汗も掻いたていたからバスを使える事が、正直、有難かった。
「ユウカ、今日は特別にアンタが風呂から上がるまで待っててあげるげど、ウチは気が短いの。長風呂は禁止だし!」
「え~っ、マジ?」
「マジもマジ!」
「さっさとドブーンをしてきなはれ!」
「は~い」
バスを使える嬉しさから、私は素直にバスルームの中に入った。
バスルームの中にも10m程の長さの通路が有って、これまでと同じ様なドアが設置されていた。
どうやらそのドアの先がバスルームらしかった。
私がドアに近づくと、ドアは自動で開いた。
中は思っていたよりずっと広くて、濃い「紫色の液体」に満たされた巨大な水槽が直ぐに眼に入った。
「まさか、これがバスタブ?」
私は脱衣場を捜したが、それらしい場所は無かった。
仕方無く、私がその水槽に近づいた時、乳白色の水蒸気のような煙が四方からシャワーのように私に噴霧された。
「きゃー!」
ふいを突かれた私は叫んでしまったがやがて噴霧は止まり、水槽に緑のランプが点灯した。
私は、これまで見知っているバスルームだと勝手に思い込んでいたけど、こんな事なら最初にマヤに色々と尋ねておくべきだったと後悔した。
水槽に緑のランプが点灯したという事は、この中に入れというサインだとは分かったが、パジャマを着たままなのか脱いで裸で入るのかが分からなかった。
取り合えず水槽に取り付けられている梯子を登ろうとした時、水槽のランプが黄色に変化し、近くの床から「脱衣籠」のような物が現れた。
ここで衣服を脱いでから入れって言うことか。
まあ、バスタブだから着衣のままでは流石にまずいよね。
私は納得すると、「脱衣籠」に衣服を入れて水槽の階段を登り始めた。
水槽には130cmくらいの高さで「紫色の液体」が満たされていたが、立てば顔の部分は液体の外に出る筈だった。
私は恐る恐る水槽の中に入った。
ところが水槽の床に足が着くことは無く、水平に身体が浮かんだ状態に成った。
「これは無重力!」
私が無重力の空間の中を漂っている感覚に浸っていると、水槽の上部から私の身体に向けて「紫色の液体」がとろとろと、そして時には勢い良く降り注がれて来た。
何という気持ちの良さ!
「紫色の液体」の温度は私の体温と正確に一致しているように思えた。
普段は熱めの風呂を好む私だが、このバスの「有り得ない気持ちの良さ」に参ってしまって、私はひたすら「紫色の液体」が与えて呉れる「天にも昇る心地」に酔った。
「私、ここでこのまま眠りたい!」
「長風呂禁止」を命じたマヤの言葉を、私は今は取り敢えず忘れることにした。
私は、5分間位、ウトウトとしただろうか。
薄目を開けてみると、先刻、私がパジャマや下着を脱いだ「脱衣籠」がゆっくりと床の中に沈み始めているではないか。
「こら~、待てーっ!」
私は急いで水槽の階段を降りると、「脱衣籠」が有った床の場所に戻った。
だが、タッチの差で「脱衣籠」は床の中に飲み込まれてしまった。
「何なのよ!」
私は、その床を強く叩いてみたり、その近くにボタンのような物が無いか隈なく調べてみたが何も発見出来ず途方に暮れた。
「私に、これから裸族で暮らせと言うの?」
「絶望」と言う言葉が私の脳裏に浮かんだ時、浴室のドアの左側の壁が左右にスーッと開いて、中からワードローブらしきスペースが出現した。
私はそれに「一筋の光」を見出して、そちらの方向に慌てて駆け寄った。
それは紛れも無くワードローブだった。
「もう、驚かせないでよね!」
半ば、これから素っ裸で暮さなければ成らない事を覚悟していた私は安堵の溜息をついた。
ワードローブの右側一番手前のクローゼットに、緑のランプが点灯していた。
このクローゼットから衣類を選べと言うのね。
そのクローゼットには、ガウンらしき衣類が並んでいた。
私は一番手前に有った、深い青色のガウンを手にした。
そのガウンは背面にファスナー等は無く、割烹着を着るように前から両手を通すスタイルだった。
私はこのガウンの構造を全く理解して居なかったが、前の部分だけでも隠せれば、素っ裸よりはマシだろうと言う気持ちで腕を通してみた。
すると、このガウンは独りでに背面の部分が閉じられ、これまで経験した事が無い「最高の着心地」を私に与えた。
「凄~い!」
このガウンは下着の上下もオールインワンに成っていて、パンツ部は「サブリナパンツ」のように踝近くまでを細身に絞られているデザインだった。
胸元はやや大きく開いていて、袖口も広がっていた。
私は、このガウンを大いに気に入ったので、他のガウンも色々試着してみたい気持ちに駆られた。
だが、肝心のガウンの脱ぎ方が分からなかった。
う~ん、しかしこのガウンはどうやって用を足せば良いのだろう?
私は少し不安に成ったが、この宇宙船はこれだけのテクノロージーを持っているのだから、そうした部分も何か上手い工夫が凝らされといるのだろうと信じた。
その時、浴室のドアの外から、
「遅い!ユウカ遅すぎるよ!何やってんの!」
とマヤの大声が聞こえた。
マヤがドアに向かって全力で体当たりをしているらしかった。
「マヤ、ごめん、ごめん」
私が浴室から外に出ると、マヤからはイライラしている波動が全開で放たれていた。
今にも頭から湯気が立ち上りそうな状態だった。
「あのねぇ、ウチ、風呂場に入る前にユウカに言った筈だよね!長風呂は禁止だと!」
マヤが話す言葉の語尾は、「だし」や「がに」や「はれ」が多かったが、会話の半分位は普通の語尾だった。
勿論、マヤがどう言う基準で語尾を使い分けているはかは不明だったが。
「ウチなんか湯船に浸かって、羽ばたき3回で入浴が終わるんだから。平均入浴時間はきっちり22秒!」
「マヤ、本当にごめんね。ここの浴室、私が知ってる浴室とは余りにも違い過ぎて、勝手が全く分からなかったのよ」
「そっか。だよね。ユウカがどんな浴室を使っているのかは知らないけど、ここのはやはりユウカには先進的過ぎたか。」
「驚きの連続だったわよ」
「だよね。入る前に説明しなかったウチも悪かったし、今日の所は許してあげる。でもウチはもう眠いの。まあ、何とかガウンは着れたみたいだし。さあ。次の場所、さっさと行くよ!」
「は~い」
マヤの言い方には棘が有るのだが、私は何故かしらマヤに対しては素直な気持ちに成れた。
「次が、ウチが今日案内する最後の場所ね、寝場!」
「ねば?」
「アンタがこれから、毎日、眠る場所!」
「ああ、寝室」
「ウチはこれからマッハで飛ぶから、ちゃんと後を追って来てね」
「うえ~っ、マヤ、少し待って!」
通路のコーナーを幾つか曲がると、また行き止まりに成った。
「ここが、アンタの寝場!」
マヤは突当たりの部屋を指差した。
「明日からユウカのトレーニングが始まるから、今夜はゆっくりと寝るのだし!」
私は「トレーニング」と言う言葉も気に成ったが、これまで幾度か質問して、その度に違う話題にされて来た質問を、帰りそうに成っていたマヤにした。
「ねえマヤ、眠たい所を申し訳無いんだけど、マヤって一体何者なの?羽根を持ってる時点で私とは明らかに違う種族だとは思うけど。」
マヤは憂鬱しいような表情を見せたが、今回はちゃんと答えて呉れた。
「ウチは妖精!それも正真正銘、本物の妖精!」
「妖精だったんだ!」
「そう、これはウチから聞いたと言われると困るけど、リルは女神属性、リンドウは精霊属性、ウチは本物の妖精だけど2人は未だ本物では無いの。モドキって言うか見習いって言うか、まあそんな感じの身分かな。」
「モドキ?」
「この宇宙船に4次元以上の物理空間の存在はウチを含めてその3人だけ。後のクルーは全員が3次元物理空間のヒューマノイド達だよ。ユウカから見れば皆んな宇宙人って事に成るけど」
私は、この念願の質問に対するマヤの答えを全く理解出来ずに、ただボーっとした表情で佇んでいた。
「ユウカのトレーニングについては、明日、リルとリンドウが説明するよ!」
「そうなんだ」
「あっ、それからウチら宇宙船のクルーはクルー専用のキャンティーンで食事を摂るけど、ゲストのアンタは寝場で摂るのだし。部屋に入って右側に有る白いボタンが食べ物系、黄色のボタンが飲み物系、ウチ、今回はちゃんと説明したからね!じゃあの!ユウカ、お休み!」
マヤはマッハで飛び去った。
「あっ、お休みなさい」
私は、もう見え無くなったマヤの後姿にお休みなさいの挨拶をしたが、頭の中は混乱したままだった。
寝室のドアを開けて中に入ると正面の大きな窓から、溜息で一瞬息が止まりそうに成る程、美しく輝く星々が見えた。
私は、寝室の窓から見える星々の輝きに見入り続けていた。
地球から見る星は、大気や都市が放つ光に遮られている為、これまで私は本当の「星々の輝きの美しさ」を知らなかったのだ。
私はベッドに横たわったまま、宇宙に広がる無限の空間や星々と一体化していた。
「ユウカ、わたくしの最愛の娘!」
何処からともなくそんな声がしたと思って、辺りを見廻したが人影は無く、どうやら私は宇宙の美しさに感動していて幻聴を聴いたようだった。
私は既に、リンドウの「秘蔵のお酒」を飲んでいたのだが、風呂上りと言う事も有って、少々喉の渇きを覚えていた。
そう言えば、ゲストルームには飲み物と食べ物のボタンが有って、それを押せば届けられるとマヤが言っていた。
そして確かに、寝室のドアの右側にボタンが幾つも並んでいた。
ボタンの下には図形のような物が記されている。
更に、壁の一番端には「ダスターシュート」のような取り出し口が開いていた。
ああ、この口から受け取るのね。ええーっと、マヤは確か「飲み物系」は黄色のボタンだと言っていたよね。
私は黄色のボタンの下に描かれいる図形を調べた。
その中の一つに、ビールのジョッキに似た図形を発見した。
まさかね。
私は試しにそのボタンを押してみた。
3分間程待つと、「ダスターシュート」に純白のトレイに乗った「ビールで満たされたジョッキ」が音も無く現れた。
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