焼きが回った月給とり

凹田 練造

焼きが回った月給とり

 春、四月。

 三月で学校を卒業した俺は、五寸釘を製造する会社に入社した。

 実は、もう一つ、タワシを製造する会社からも、内定をもらっていたのだが、やはり、五寸釘を製造する会社の方が、固い感じがしたのだ。

 元々、製造業なので、工場が会社の主体になっている。本社は東京にあるのだが、社員の大部分は、ここ、北関東の工場で働いているのだ。

 俺も、新人研修が終われば、東京の経理部に配属されることになっているのだが、研修そのものは、新入社員全員が、工場で受けるのだ。

 今日も、一日の研修を終えて、同期の甲羅島と二人で、居酒屋で親交を深めようとしている。甲羅島は、営業だが、ともに数少ない東京組なのだ。

 川の向こうには、ジェイアールの駅があり、結構栄えているのが見える。

 反対に、こちら側には私鉄の小さな駅があるだけで、全体的に暗く、店もあまりない。

 そんな中で、甲羅島と俺は、駅からは近いが、薄暗い場所に一軒だけある居酒屋に、入っていった。

 まだ時間が早いせいか、他に客はいない。おばちゃんが一人で店を切り回しているようだ。

 とりあえず、おばちゃんに、生ビールを二つ、注文する。

 おばちゃんが引っ込むと、二人して、壁一面に貼られた手書きのメニューを見る。縦長の小さな紙に、品名と、値段が書いてあるものが、ずらりと並んでいるのだ。

 甲羅島が話しかけてくる。

「さっき、みんなが書いた研修レポートを、ちらっと見たんだが」

「ああ。なにか面白いことを書いたやつがいたか」

「一人一人、違う研修を受けてるんだ。電話のかけ方、ってのを受講したやつもいれば、電話の受け方、ってのを受けたやつもいる。中には、電話の使い方、なんてのもあったな」

「いいじゃないか。それも個性ってものさ」

 おばちゃんが、生ビールを二つ持ってくる。

 俺は、壁のメニューに目を走らせる。すぐに出てきそうなのは、『焼き鳥(タレ)』と、『焼き鳥(塩)』だと見て取ると、甲羅島に聞く。

「おい、焼き鳥は、タレと塩、どっちがいい」

「焼き鳥は、タレに決まってんだろ」

 俺は、肉の味がそのまま味わえるので、塩の方が好きなんだが、この際、何か注文しないと格好がつかない。

「おばちゃん、焼き鳥のタレちょうだい」

「はいよ」

 二人きりになったので、乾杯し、お互いのサラリーマン人生の豊かなることを祈り合う。

 そして数分後。

 肉のかけらもなく、タレだけがたっぷりと入っている皿を、甲羅島と俺は、呆然と見つめていたのだった。

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