第3話

 弥生がぼくの席の机に座った。

 薄い茶色の長髪で切れ長の目で、いつもぼくを睨んでいるかのようだ。

 単純な物理攻撃などでは絶対に敵わない相手だ。

 何せ弥生は鬼を退治する一族で、剣術の腕は師範顔負けの強さだったりする。


「弥生……パンツ見えてるぜ」

「嘘。あんた下を向いているじゃない?」

「そこにいると、飯が食えないんだ。それとも一緒に食うか?」

「いいわよ。でも、さっき食べた。食事はいつも三分チャージなの」

「……」


 たわいない会話の後に、克志までぼくの席に来てしまった。

 

「ほおー、最下位でもそんな難しそうな本は読めるんだな」

「まあ、いいんじゃないの。零は頭は決して悪くはないわよ。ただ、バカなだけ」

「おいおい。そりゃねえだろ。ただのバカが天才科学者の息子ってあり得ねえだろ」

「ふぅー、きっと勉強しない理由が他にあるのよ。でも、それは何かしらね? バカの考えることはさっぱりわからないわ」


 克志と弥生が好き勝手にぼくの目の前で話している。 


「……」


 ぼくは無言で下を向いて読んでいた勇気の書を持って廊下へと出た。

 廊下も薄暗かった。

 今日に限って大雨だ。

 昨日は快晴だったのに……。

 それも午後の七時までは……。 

 雨と本が消えたのは何か関係があるように思う。


 ぼくは小さい頃から、いつもマレフィキウム古代図書館の本棚を監視する。古代からの本が並べられていているだけの、中にはまったく読めない。いや、この世の誰もが解読できないタイトルもある。正直、つまらない習慣だ。だけどそれがぼくの役目だからだ。


 本は、体裁はしっかりとしていて、読むことに無理が生じない本ばかりで、解読がいつの間にか好きになっていたぼくとしては大助かりだった。

 きっと、ことのほか大切に古代図書館の館長に保管されていたのだろう。


 そのため今までの役目は全然苦にはならなくなった。

 

「ねえ、君。昨日の夜にマレフィキウム古代図書館で、一冊の本を見なかった? 光の中へと消えていったのだけど? その本のタイトルはルインっていうの」

「え?!」


 一人の女の子だった。この学園の青のブレザーの制服を着ていた。

 金髪で綺麗な顔をしているけど、ギリギリ日本人の顔立ちだった。


 真っ白なハットを目深にかぶっている。

 

「見たのか?」

「睨まないで。私は白花 楓よ。世界の変わりを告げる一族」

「?!」

「フフフッ……。 世界が変わる日はすぐそこよ」


 学園内にはメタンは無いと思うけど……。

 二酸化炭素はあるな。

 空気の振動を体内電流で、発した。

 

 こいつは敵なんだろうか?

 だとしたら……まずい!


「あれ! ……ちょっと、待って! 落ち着いて聞いて! 私は味方よ! それに奴隷の書を図書館で見つけたの! どんな傷でも癒せる! 癒しの力があるわ!」

「酸素もあれば!!」

「仕方ない!!」


 白花は東階段を駆け下りた。

 途端に、白花のいた場所の空気が弾けた。


 空気の破裂系の初歩的な魔術。


「エアブレイク」だ。


 ぼくは階下へと白花を追った。

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