文化祭では餅じゃなくて鶏を焼け
蔵
やっぱり文化祭なんか苦手だ
つくづく面倒な職業に就いてしまったものだ。
3Fの渡り廊下から外を見下ろすと、人、人、人。今日は一年に一度の文化祭なのだからそりゃ人もいるだろうけど、改めて見るとうんざりする。
クラスおそろいのTシャツを着て呼び込みをする生徒やら、きょろきょろと周りを見回す中学生らしき少年少女とその親御さん。他校の制服を着た男子の一団も見える。あ、クマの着ぐるみを着て走り回っている野球部メンバーは危ないな。あとで顧問の先生にチクろ。
みんな楽しそうにやってるな。良いことだ。ただ俺自身は、大学を卒業して母校の教師になった今も、文化祭やら体育祭は好きになれない。10数年前、高校生だった当時から、こういう学校をあげてのイベントは苦手だった。希望者だけでやりゃあいいじゃん、と思ってしまう。
しかもこういうイベントって、なんかしらんが女子が無駄にやる気出して、さぼると怒られるんだよな…クラスで団結しよ!とか言って。別に全員仲良しってわけでもないのに。
生徒だったときは生徒だったときで、面倒で意味のない催しだと思っていたが、教師になると、生徒の比ではなく忙しい。
担任してるクラスが焼き鳥屋やりたいなんて言い出すから、保健所に申請したり調理道具や食材用意したり、他のクラスとの兼ね合いも考えて会場設営やら当日の生徒の監督とか、クラスの仕事だけでもやること山積みなのに、校門前の来校者誘導に受付に…殺す気か。
息つく間もないよほんと。生徒が作る文化祭っていったって、影で何人もの教師が虫の息なのを忘れないでもらいたい。
こういうイベント事も、本当に生徒の事を考えてる先生は苦じゃないんだろうか。俺は苦だよ。文化祭やら体育祭のない時空に産まれてきたかった。学校が好きって訳でもないのに、ちょっとばかり勉強が得意だったからって教師になんかなるんじゃなかったな。
「先生、さぼり?」
渡り廊下を渡り切るあと少しのところで、聞いたことのある声に呼び止められる。振り向くと、1つに結いた明るい茶髪が目に入った。
「この時間ってクラスにいるんじゃないの?」
「
「じゃあ休憩中だ」
「休憩中なのに見回りしてるんだから実質休めてないけどな」
えーかわいそう、と
明るくて誰にでも優しい、光のギャルこと
教室前や人の多い場所で呼び込みをするならまだしも、こんな誰も通らない校舎裏へ続く渡り廊下でプラカードを両手にさげている。
しかもなんだか元気がない気がするな。クラス替え初日にクラス全員と連絡先交換をして、そのまま全員カラオケに連行したと噂の生粋の陽キャ、真野ともあろうものが。
「なんかお前元気ないな」
「まあねー。この時間やる気でないの」
「お前がやりたいって言ったんだろ、焼き鳥屋」
「それはそうだけど、呼び込みはね、さぼりたくて」
そりゃ、呼び込みに比べたら教室で焼き鳥焼いてたほうが楽しいだろうけど。調理係と呼び込み係は時間を決めて交代制でやっているんだからしょうがないだろ。
「みんな嫌々やってるぞ、呼び込み」
「そーだけど…」
下を向いて、時折ちらちらとこちらを見る。
なんだ。何が言いたい。高校時代も大学時代もまともに女子と話したことなんかないんだから、はっきり言ってくれないとわからないんだよこっちは。
「呼び込みやってると先生と一緒にいられないじゃん」
「…ん?」
先生って言った?後ろを振り返るが、誰もいない。
「いや、
「俺が、何?」
「だから、呼び込みやってると、先生と一緒にいられないし話したりもできないでしょ!」
「…それが?」
「私は、井川先生のことが好きなの!」
真野の持っていたプラカードが手から落ち、ガランと音をたてる。
俺のことが好きとかって聞こえた気がするんだが、どういう話の流れだ?呼び込みめんどい、みたいな話じゃなかったのか?
「文化祭の出し物決めるとき、先生焼き鳥好きって言った」
「あ、ああ…パンケーキと焼き鳥だったらどっちが良い?みたいな話あったな」
「みんなが焼き鳥焼いてるときはさ、先生真剣じゃん。ずっとクラスにいるし」
「まあ…火傷したら困るしな…」
「焼き係のときは、先生と一緒にいられるけど」
けど、まで言うと、真野は渡り廊下に落ちたプラカードを拾って、顔を隠した。『3-6 鳥肌うまい!焼き鳥』の赤い文字が、混乱する頭に飛び込む。
「最後の文化祭くらい、先生といっぱい話したいの」
「よ、呼び込みなんて15分位で交代だろ」
自分で墓穴を掘るような返しをしてしまった。真野の突然の告白に、俺の心中は穏やかではない。
「15分の間も、誰か他の子と話してるのかなって思ったら嫌なの!」
「ええ〜…」
プラカード越しに喋る真野の声は、少しこもったまま静かな渡り廊下に響いた。遠くの方で、どこかのクラスがやっているダンスの曲が聞こえてくる。
「クラスの子が先生と話してるの見ると、いいなって思っちゃうから、なるべく教室の近くにもいたくないし」
「へ、へえ…」
「ずっと先生のこと好きだったんだから、他の子にとられたくないし」
とられたくない…えーと、真野は、俺のことが好きで、クラスの他の女子と話してるのを見るのが嫌で…?なんで?俺のことが好きだから?だっけ?
俺、三十路超えの根暗日本史教師だが…?どのへんを好きになったの?俺の。
正直、クラスの中心人物である真野が、俺みたいなうだつの上がらないダメ教師を好きになる理由がわからない。特別何かをした覚えもないんだが…。
一応数年教師を続けてきたが、こんなことは一度もなかった。
いや、確かに真野は俺から見てもかわいいし、学生時代に同じことがあったら普通に嬉しいけど、今俺は教師だ。かわいいとか思うこと自体やばいのか?怖。
あー頭痛くなってきた。からかってるのか?いや、最初から決めつけるのは…真剣に言ってるんだとしたら、どうやって断れば真野は傷つかないんだ?
「真剣に考えてくれてるんだね」
「え?」
「正直、先生をからかうなって言われるかと思った」
真野がクスッと笑う声が聞えて、顔をあげる。もうプラカードは顔の下に下げられ、いつもの真野と目が合う。
「私がやきもち焼いてたの、どう思った?」
「どうって…」
びっくりしたよ、と続けようとして、何か違う気がして止めた。何を言っても、この混乱する頭では最適解ではない気がする。
「そういう、適当そうでそうじゃないとこが好きなの」
困らせてごめんね、と笑うと、真野は渡り廊下を校舎の方へ歩いて行った
時計を見ると、休憩に出てから15分。そろそろ教室に戻らなければならない。
今日は文化祭最終日だから、後片付けや反省会、明日からの授業内容の見直しをして…。頭に浮かんだやるべきこと達が、こんがらがって何も考えられない。
毎日、化粧してくるなと注意しても直らない、真野の唇のピンク色がやけに脳裏に焼き付いて、渡り廊下から動けず立ち尽くす。
苦手な文化祭、長く付き合うことになるであろう、新たな悩みのタネが、俺の頭の真ん中に蒔かれたいった。
文化祭では餅じゃなくて鶏を焼け 蔵 @kura_18
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