第130話 きっと私は死んでいる
過去のエリゼ視点
状況は最悪。
カトレアちゃんとシャウラちゃんは戦闘不能。
気付いた時にはシャウラちゃんの片足方腕が切り落とされていて、おまけに右目も損傷していた。
そして、カトレアちゃんは禍々しい大剣へ触れた直後に混乱を起こして、相手の攻撃まで直撃してしまっている。
小柄なその体は奥の壁へ弾き飛ばされてから動きが鈍くなっていた。
わたしの馬鹿な頭は何が起きたのかを完全に理解できていない。
でも、なんとなく分かる。
……この部屋に散らばる武器が影響してるってこと。
もしかすると、わたしも何か影響を受けているかもしれない。
例えば、槍を手にしてから軽くなったと思っていこの体。
実は本当に体重を消していたんじゃないか、とか。
だとしたら、わたしはその程度で済んでいるだけマシなんだ。
……わたしが槍を拾わなければ、この惨状を招かなかったのかな。
いや、弱気になっちゃダメだ。
わたしが何とかしないといけないんだから。
目の前に立ちはだかるは不定形の異形。
その奥、部屋の最果てでカトレアちゃんが倒れている。
わたしがすべきことは、カトレアちゃんとシャウラちゃんを抱えてこの遺跡を立ち去ること。
敵を倒すことは不可能。
だから、逃げることに全力を注ぎ込む。
『亡き乙女の髪留め』
入り口の手前で拾った髪留め。
それを髪に飾ってみた。
何も起こらない。
ここでは珍しく、本当に意味の無い物品なのかも。
それでも、気合を出すには十分だよ。
ここが運命の正念場。
度胸見せて二人を救う。
それでまたあの狭い家に帰るんだ。
「エリゼ……後ろでくたばってる女連れてさっさと逃げろ」
部屋の奥から下らない命令が飛んできた。
カトレアちゃん……じゃない。
これはシャウラちゃんの言葉だ。
信じ難いけど、多分体が入れ替わってる。
「シャウラちゃん、ちょっと静かにしてて。
……メープルアーク、二本追加」
わたしの周囲をぷかぷかと浮いている槍の群れへ、全く同じデザインの槍が二本追加される。
ほんの一瞬、体が浮いた。
刹那の無重力を受けて、腰が抜け落ちるような感覚に見舞われる。
あーあ、本当に体重減ってるじゃん。
『十三の冥槍メープルアーク』
槍を追加するごとに体重が消えていくんだ。
十三本目の槍を追加した時、わたしはどうなってしまうんだろう。
付き従う七本の浮遊槍に、握っていた二本の槍を放り投げる。
空いた両手で転がっていた純白の弓を手に取った。
『星射ちの
持ち上げた途端にわたしの皮膚感覚が奪われた。
到底慣れることのない不快感が全身を襲う。
試しに軽く自分の頬を叩いてみる。
痛みは感じないけど、視界が横にズレた。
力の加減は制御できるからまだ大丈夫かな。
舌、噛まないようにしないと。
拾い上げた純白の弓に目をやる。
使い方は普通の弓と同じ。
特殊なことと言えば、恋心を矢として射ち出すこと。
誰かを愛せば愛すほど威力が高まるわたし向きの弓。
それが『星射ちの
触れた瞬間に使い方を理解した訳なんだけど、デメリットの触覚消失の方は伝わってこなかった。
メープルアークの時も同じだ。
力の使い道を提示してくれても、その代償は開示してくれない。
この大きな空間に落ちている物は、そういうタチの悪いのしかいないらしい。
純白の弓を構えて、わたしの感情から具現化した矢を引く。
ミュエル様に向ける桃色の恋心は計り知れない。
「穿て、わたしの初恋」
ピンと張り詰めた弦を解放した。
この世界で最も強いはずの矢が豪速で突き進む。
多大な感情を練り出したためか、倦怠感がドット押し寄せてきた。
でも、わたしは走る。
放たれた矢の軌跡を辿る。
この射撃は不定形の異形を貫く。
そうしてできた肉体の穴を潜り抜ける算段なんだけど、そう上手くはいかないみたい。
異形は無数の武器を展開し、わたしに向かって掃射する。
自分の体が削れることなんて気にもしていない。
侵入者を傷付ける、それ以外のことは眼中に無いんだ。
わたしに目掛けて射出されたフォークや箒、薙刀や盾などが桃色の矢を避けて直撃を狙ってきた。
その対処を、浮遊する九本のメープルアークに任せてわたしは走り続ける。
『星射ちの
でも、掃射された数多の武器に対応で遅延を起こされたため、わたしが通過する前に穴は埋められてしまった。
さらに、蒼銀の槍が何百何千と撃ち落とし弾け飛んだ無数の物体。
ナイフや鞭が飛び交う中で、わたしは槍の隙間を抜け落ちてきた指輪に触れてしまった。
『星空恐れる妖精の指輪』
直後、世界から色が消えた。
ああもう、最悪だ。
メープルアークが対応しきれていない。
でも、流石にこれ以上追加召喚するのは頂けない。
体重が消えるってことは、攻撃の威力が下がってしまうことだから。
だったら、無数に飛んでくる武器の嵐を逆に利用させてもらおう。
顔の側面を擦るように飛んできた杖を捕まえる。
『因果調律パルフェランデヴー』
わたしの足裏から首元までありそうな大きな杖。
名称と同時に使い方が脳内に流れ込む。
「武器のデリバリーお疲れ様」
言葉を理解していない異形に向けて皮肉った。
強奪したこの杖に詠唱文は必要無い。
要るのはどういう結果の魔術が望みか、それを口にするだけ。
囁くように命令を下す。
「わたしを幼馴染の元まで連れて行って」
体に強制力が働いた。
この大きな杖へわたしの主導権を一時的に譲渡する。
自らの意思で動かせる部分は存在しない。
わたしは操られるがまま行く末を見届けるだけ。
「カレイドアステール」
喉と声が自動的に動き、
異形に向けた杖の先から魔術が放たれる。
それは、いくつもの星座を内包した純水の球体。
亜音速で進む球体は、不定形の異形その足元に直撃した。
水の球体に内包された星座は魔法陣となり、小さな天体魔術を多重展開する。
もはやわたしの理解できない魔術が相手を襲った。
重力の塊、流星群、隕石、光を超える魔力の弾。
それらが爆撃を起こして異形の体を大幅に削った。
幾重の魔術によって出来上がった道を、わたしは持てる全速で通過する。
部屋の最奥、少女がふらふらと立っているその地点まで駆け抜けた。
小柄で清楚な幼馴染の元へ到着したわたしは、彼女の手をぎゅっと握った。
「シャウラちゃん……でいいんだよね?」
「……逃げろつったのに」
「絶対に嫌」
わたしは笑顔でそう答えて、少女の体を抱えた。
そこで、止まってしまった。
抱えた途端、わたしの脚は進まなくなった。
違う。
進む速度が極限まで落とされたんだ。
かろうじて移動はできる。
でも、それは老婆の歩行速度と同等で、不定形の異形を振り切るなんて夢のまた夢。
シャウラちゃんの魂が入り込んだカトレアちゃんの目を見ると、泣きそうな顔をしていた。
唇を噛み締めながら涙を我慢している。
そっか……シャウラちゃん自身に速度の制限が掛かっているんだ。
それは手を引く者にも影響を与える呪い。
だから、どんなに足掻いてもここから逃げることはできない。
この時点で逃避の可能性は消え失せた。
「……エリゼ……オレを置い」
「その体、シャウラちゃんだけのものじゃないでしょ」
「でも……ここで三人とも終わるよりはマシだろ」
「ねぇシャウラちゃん、あの大剣が必要なんでしょ」
禍々しくて美しい形状を持つ大剣。
部屋の中止に突き刺さっているそれを、シャウラちゃんとカトレアちゃんは狙っていた。
「駄目だ、アレに触れたカトレアを見ただろ。
狂気に呑まれて精神が汚染されるんだ。
……お前まで動けなくなったら、本当に終わる」
「大丈夫だよ。後は全部わたしに任せて」
「待て、エリゼ……お願いだから……カトレアと逃げてくれ……」
「おうどん、食べようね」
わたしはシャウラちゃんのお願いを蹴り飛ばして走り出した。
涙目の女を置いていけるほどエリゼ・グランデはお利口じゃない。
目標は地下の大地に聳える巨大な剣。
残念なことに、その過程でもう一度異形を退けないといけない。
大剣を守るようにして立ちはだかっている不定形の異形を。
そんな風に守り始めたら、それが重要なんだってバレバレだよ。
でも、今の手持ちじゃゴールに辿り着けそうにないかな。
浮遊する蒼銀の槍『十三の冥槍メープルアーク』。
現状九本の槍を召喚してるわけだけど、異形に対する決定打には成り得ない。
魔獣や対人なら結構強いと思う。
純白の弓『星射ちの
ミュエル様への恋心である残弾は無限だけど、連発できるものじゃないからさっきも道を開けなかった。
自動術式展開の杖『因果調律パルフェランデヴー』。
一度異形の体を破壊した便利な杖だけど、もう一度あの術式を放つ程の魔力は残っていない。
それに、この杖だけ代償が判明していないのも少しだけ怖い。
……もう一つだけ、あと一つだけ手札を増やそう。
危うい思考をしているのは理解している。
でも、時間は残されていない。
周囲を観察すると、白いモヤを帯びた飴玉のような球体を見つけた。
温度を感じなくなってしまったこの体はすぐに理解してくれなかったけど、それは周囲から温度を奪う氷塊だった。
小さな氷の球体を摘み上げて、
舌に触れた瞬間。
接触面の水分と肉が凍りつき、氷の飴玉は滞ってしまった。
……悩んでいる暇は無い。
口の中に手を入れ、肉に張り付く氷へ指を押し付ける。
ベリベリと舌の表皮を無理矢理剥がしながら奥へと進めた。
触覚を失っているおかげで、痛みを感じないことだけが幸いかな。
喉に至り食道へ入ってからはすんなり落ちてくれた。
『想玉の氷』
飴玉が体内に入った途端、体に異変が起き始めた。
体温が消えていく。
息をする度に肺が苦しくなる。
血管が凍っている。
震えることもできないぐらいに温もりがどこかへ行っちゃった。
寒い、とっても。
触覚を失っているはずなのに寒さを感じる。
飲み込んだ『想玉の氷』と呼ばれる氷。
その代償は他の呪いと併存してしまうみたい。
打ち消しあってくれると嬉しかったんだけどな。
凍える。
足を前にだすことすら億劫。
でも、動かなきゃ。
カトレアちゃんとシャウラちゃんを助けないと。
……こんな状態でも、ミュエル様に対する熱だけは心に存在し続けてくれた。
消えることのない炎を胸に宿して進む。
『想玉の氷』。
その力は、絶対温度零度に値する氷を自由自在に召喚できるというもの。
代償として、体温が消え失せ骨肉は凍っていく。
多分、この寒さに気を許してしまった瞬間わたしは死ぬ。
けど残念でした。
わたし、根性と度胸と愛と恋と超根性で構成されてるから、簡単に諦めたりしないよ。
軽くなった体で駆け始める。
このまま風になれそう。
不定形の異形は例の如く浮かび上がらせた道具や武器をわたしに掃射する。
その先頭を意識して手を振り上げると、異形が放った無数を包み込むようにして氷の壁が現れた。
「あはは……ちょっと強過ぎかも」
そうして、わたしは何度も絶対零度の氷を展開し続けた。
不定形の異形。
最後はその体を氷漬けにする。
全力で力を行使したつもりなのに、黒い流体の体は下半分程度しか凍らなかった。
十分だよ。
それだけで十分。
この真っ白な部屋の最奥に寄せられていただけの力はあるな。
最初からこの子と出会ってれば即解決できたのに。
わたしは、凍えて失速してしまった体をゆっくりと歩ませる。
凍りついた異形の足元を通り過ぎ、ゴールテープを切った。
目の前には、大きな剣が立っている。
研ぎ澄まされた黒い刀身はわたしの好みかも。
禍々しい大剣に手を伸ばす。
すると、部屋の入り口で伏せている少女が叫んだ。
「だめ、駄目ぇ!! エリゼちゃん! それは抜いちゃ駄目だよ!!
今すぐ離れて!! やだ! 帰ってきて!! お願いだからぁ!!
エリゼえええええぇえ!!!」
あはは……初めてカトレアちゃんに呼び捨てにされちゃったな。
なんだか嬉しいかも。
うん……分かってるよ、カトレアちゃん。
それでも、残ってるのはこの一本道だけ。
これ以上……わたしは戦えないから。
怨念を纏うその異形は、今にも凍結から抜け出して遅い掛かって来るだろう。
だから、これ以外の道は存在しないんだ。
部屋の最奥へ飛ばされたシャウラちゃんは、必死な顔でわたしの方へ移動してきていた。
歯を食いしばりながら涙を流している。
駄目だよ、カトレアちゃんの体でそんな表情しちゃ。
それに、シャウラちゃんに涙は似合わない。
……ごめんね、二人とも。
……。
人は生まれることで絶命が約束される。
命を授かることで死が発生する。
いつかの夜、眠る前にそういう難しいことを考た日があった。
最悪の矛盾だ。
始まることで終わってしまうなんて、ちょっと美しすぎる。
安心して、シャウラちゃん、カトレアちゃん。
エリゼ・グランデは生まれた時に死が約束されている。
それなら、もう……。
きっと私は死んでいる。
大剣に触れると、絶望が流れ込んできた。
嫉妬、憎悪、悲しみ、僻み、我儘、不快、死、失望。
色々な感情が押し寄せて来る。
……ちょっと辛いかも。
だけど、わたしには初恋がある。
ミュエル様への愛がある。
だから、耐えられるんだ。
大丈夫、大丈夫だよ。
わたしは根性とか度胸でできてるから。
……。
「少しだけ……寒いかも……」
星に根を張る剣を引き抜くと、世界が消えた。
真っ暗な闇に包まれて、何も見えなくなった。
『御伽大剣シュガーテール』
絶望の怨嗟だけが無限に押し寄せてくる。
叫びたい。
消えたい。
殺したい。
泣きたい。
死にたい。
そんな悲しい感情が永遠に押し寄せてくる中、わたしは意識を落とし始めていた。
「でもやっぱり……生きたかったな……」
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