第131話 大切な炎が消えていた

 過去のエリゼ視点



 目を覚ますと、知らない部屋だった。


 白を基調にしたこ小さな個室。


 扉の隣に観葉植物。

 窓の側に机と椅子が並べられている。


 そして、その中心にはわたしが寝かされている量産型のベッドがある。


 簡素なインテリアだった。

 面白みのないシンプルな空間。


 刺激がなくて落ち着きやすい場所。


 安物じゃない寝具に体を預けるのなんていつぶりだろう。


 窓からは夜風が吹き込んでいた。

 涼しげなそれに乗って花の匂いが香る。



「わたし、死んじゃったのかな」



 胸に手を当ててみると、鼓動を感じた。


 振動を感じ取れている。


 視界には色が混在している。


 体も冷たくないし重みをある。


 でも……冷めやらぬ炎はどこにも無かった。

 大切な感情がどこかへ消えている。


 あれからわたしはどうなったんだろう。


 深淵の遺跡。

 その地下深くで大剣を抜いてからの記憶が無い。


 ベッドを降りて、外界を繋ぐ窓へと寄ってみた。


 そこから見える景色はとても綺麗で、どこか見覚えのあるものだった。


 時間帯は夜が更け始めた頃合い。

 茜色を青へ変えた夜空の下、ここから遠く離れた場所に大通りが見える。


 営みと人で溢れかえっている不夜城は、その姿を変えずに今日も賑わっていた。


 見下ろすと、百合の花が咲き誇る庭園があった。

 ほんの一瞬、感動が起きたけどその熱はしっとりと冷えていく。


 ずっと冷静でいられる体になっている。



「ここ、教会領の病棟だ」



 大通りの位置から逆算して、自分が今どこにいるのかをすぐに理解できた。


 街の何割かを占める教会の領地。

 その中に建てられた医療施設。


 あの戦いの後、わたしはここに運び込まれたんだ。


 多分シャウラちゃんかカトレアちゃんが運んでくれたんだと思うけど、二人は無事なのかな。


 色々気になることはあるけど、今は生きていられた事に感謝しよう。


 まだ夢を続けられる。


 重く感じる足腰を動かして、わたしは来た道を戻る。

 ベッドに上がり込んで薄い布団にうずくまると、ゆっくりと瞼を降ろした。


 また、いつもの日常を送れますようにと星空に祈りを込めて。





 ☆





 結局眠ることはできず、わたしは何時間も目を開けたままベッドの上で過ごしていた。


 とは言え、ぐっすり寝ていたおかげか眠気は全く無い。

 強いていうなら少し頭が痛いぐらいかな。


 朝が訪れてから少しだけ陽が上ったところで、誰かが扉を開けてこの部屋へ入ってきた。


 訪問者は、純粋無垢な雰囲気を醸し出す修道女だった。


 ベッドを横切ると、窓際の机に置いてある花瓶に水を与え始める。

 鼻歌を奏でながら小さなジョウロを傾けるその姿は、物語の中にいる正統派ヒロインそのもの。


 清楚指数で言えばカトレアちゃんと良い勝負ができそうなほどだった。


 そんな彼女は、水やりを終えるとベッドの方へやって来る。

 楽しそうに足を運んでわたしの頭元に立つと、ずいっと覗き込んだ。


 そうなってくるともちろん目と目が合うわけで。



「びょえええええ!?」



 そう言いながら、修道女は垂直に跳ねた。

 猫と同じ驚き方と同じだ。



「おはようございます」


「しゃ、喋ってるし……お、起きてる……!?」


「驚きすぎじゃないかな」


「だ、だって、植物人間だって聞いてましたので。

 まさか鼻歌を聞かれるとは思ってませんでした……」


「そっちで驚いてるんだ」



 愉快なファーストコンタクトを終えると、わたしは初歩的な検査を受けた。


 体温や脈拍の測定から口内のチェックといった簡単な計測が済むと、修道女が軽く状況を説明してくれた。


 どうやらここに運び込まれてから一ヶ月ほど眠りっぱなしだったらしい。


 外傷も受けていないのにそんなことがあり得るのかなんて疑問に思ったけど、精神的なショックが原因で昏睡状態に陥ることも稀にあるみたい。


 つまり、あの遺跡で大剣を抜いた後、わたしは心に何か傷を負っていたということだ。



「あ、そうだ。

 長身で目つきの悪い女と、清楚の塊美少女がお見舞いに来てくれたりしませんでしたか?」



 わたしの疑問に対して、修道女は憐れむような表情を見せた。



「それが、まだ誰もお見舞いに来てくれてないんですよ」


「がーん」



 わたしって人望無いんだ。

 いやいや、流石にシャウラちゃんとカトレアちゃんは来てくれないと困るよ。


 それとも幼馴染特有の特別視してません的なアレで、あえてお見舞い行きませんパターンなのかな。


 そんなわけないか。

 ……来ないっていうことは、二人も仲良く入院中だったりして。



「あの、わたしと同時に入院したシャウラとカトレアっていう名前の女の子に会いたいです」


「んー、そんな名前の子達は入院してませんね。お友達ですか?」


「え……あ、はい。そんな感じです」



 どういうことだろう。

 だとしたら、二人はどこへ……。


 これ以上は頭が働かなかった。

 その先を考えるのが億劫で疲弊しそうだったから。


 病棟の中が騒がしくなり始めたタイミングで、修道女は朝食を運んできた。


 暖かいスープと食べやすいサイズのパンと野菜のジュース。

 それを彼女が見守る中食べ始める。


 一ヶ月ぶりの食事はとても美味しく感じた。


 教会の料理って、あんまり良いイメージがなかったけどこれならいくらでも食べられそう。


 ニコニコの笑顔で見守る修道女がいなかったらの話だけど。

 こうも見つめられると緊張してしまう。


 パンを平らげたところで、わたしは彼女に伝えなくてはいけないことを口にした。



「あの、ありがとうございます。

 わたしの体を治してくれて」



 修道女はきょとんとした顔を見せた。

 そして、顔の前でブンブンと手を振る。



「いえ、我々は何もしてませんよ。

 先ほど説明した通り、エリゼさんは心的傷の眠り姫でしたので、教会はその間のお世話をしていただけなんです」


「え……?」



 てっきり、特殊な武器を手にした代償を解消してくれたのは教会だと思っていたけど、そうじゃないのか。


 だったら、あの遺跡を攻略できたから呪いも解けた、ということなのか。

 都合が良いとは理解してるけど、それ以外の想像ができない。



「さて、体の方は大丈夫そうなので、色々と検査を受けて貰うと明後日には退院できそうですね」


「そうですか……あの……じゃあ、一ヶ月間お世話してくれてありがとうございました」



 一ヶ月もの間、色々とお世話してもらっていたんだ。

 お礼だけはしっかりしておきたい。


 ……え。

 っていうことは、お風呂とかお手洗いとかも。


 仕方ないとは言え、恥ずかしいな。

 顔がのぼせるぐらいに熱くなるのを感じる。


 きっと耳まで真っ赤になっているはずだ。

 うぅ、恥ずかしい。


 でも、そんな照れと興奮もすぐに冷めていった。

 やっぱり、心が冷めやすくなっているみたいだ。



「ふふ、お礼はりんごのジュースがいいなぁ」



 どこか抜けていそうな修道女は可愛らしく笑う。

 随分と安上がりだななんて思いながら、わたしは残っていたスープを飲み干した。


 その日のお昼から病棟のあらゆる検査室をたらい回しにさせられて、それが翌々日のまで続いた。


 病棟を出る頃にはすっかり夕焼け空が広がっていて、一人勝手に儚さを感じたりした。


 病棟を出てすぐ側にある百合の花園。

 オレンジ色の光が差す中、わたしは歩く。


 早く二人に会いたい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る