第129話 みんな一緒に呪われてしまいました

 長身不良のシャウラ視点



 純白の大広間。

 その奥には不気味な守護者が待っていた。


 深層に潜む不定形の異形。

 階層の守護者だとは思うが、これまでの相手とは随分雰囲気が違うな。


 知能や自意識というより、強い憎悪を感じる。

 はっきりとした敵意がそこにある。


 オレの視界に佇むその不気味は、負を積み重ねた怨念にも見える。


 これから、経験が物を言わない戦闘が始まるらしい。


 先陣を切ったのはエリゼだった。


 三人の中で一番強い女が、先頭を疾走して化け物へ向かう。


 地面スレスレまで姿勢を低くして猛進する姿はまさに獣。

 格闘の理想形ではあるが、人外的とも言える。


 そして、全体重と重力術式を乗せた振り上げの斬撃が放たれた。


 対して、怨霊の様な不定形の化け物は手に見えなくもない部分を操り、床に刺さっていた太刀を抜く。


 抜いて手に取ると表現するのは間違いだな。

 太刀はひとりでに浮遊してエリゼの斬撃に応じる。


 その長い得物で、聖教国クオリア最高峰と称していい剣撃を受け止めた。


 耳を劈く金属音が空気を揺らす。



「なっ!? 『ミルキーブラッドレプリカ』がぁ!! 

 ねーっ!? 武器壊すのは反則だよ!!」



 怪しい鍛治屋で購入したらしい安物の剣は、握られたグリップを残して木っ端微塵に破壊されてしまった。



「ちゃんとした武器買わねぇから事故んだよ」


「だって、ミュエル様との結婚資金崩したくないんだもん!!」


「下がって魔術でも組んどけ! この妄想狂!!」



 即座に後退してきたエリゼをより後ろへ逃げるよう促す。


 武器無し状態のエリゼでもいくらか武術を使える訳だが、素手で殴り込ませるには相手が悪すぎた。


 不定形で液体のような異形。

 安易に触れて体が腐っちまう可能性だって大いにあるんだ。


 幼馴染がゾンビになりました、なんて展開だけは避けたい。


 太ももを縛るベルトに取り付けていた投擲用のナイフを手にする。


 刀身に彫り込まれた魔法陣へ魔力を流す。


 後は、簡単な詠唱を済ませるだけ。



「鋼の女を鳴かせてみせろ、悪姫朱雀あっきすざく



 それは万物を裂く効果を与える術式。


 異形に狙いを定めて、悪党の魔力に塗れたナイフを投げ飛ばした。


 乖離の使命を与えられた刃は焔を纏って空間を突き進む。


 この程度でくたばる相手じゃねぇのは分かってる。

 偶然弱点に当たって消えてくれると助かるが。


 ナイフは標的の体を貫くと、次第に魔力が薄れて床に滑空していった。


 そして、案の定化け物は無傷。

 貫かれた体は瞬時に再生されていた。


 霊体なのか肉体なのかも判別が付かない。


 投擲されたナイフに続いて、カトレアが跳躍した。


 魔改造された長者を脇に挟みながら不定形の異形へ突き進む。


 身の丈を超えるその長い棒は、意のままに分割できる特殊な複節棍。


 異形の頭上へ到達すると、振り上げていたそれを計三つに分割させた。



「痛かったらごめんなさーい!!」



 三節の間を鎖が走ることで繋ぎ合わせているそれを、力一杯振り下ろす。


 清楚のイメージにそぐわない馬鹿力を伝播させた打撃が相手を襲う。



 轟音と衝撃波が発生した。



 高エネルギーを受けた不定形の異形は大きく怯んだが、ただそれだけだ。


 傷を与えることはできていない。


 オレのナイフとカトレアの打撃。

 どちらも通用していない。


 ……これは撤退の選択も考えねぇとな。


 若干の怯みを見せたところで、後ろから怒涛の足音が聞こえてきた。



「エリゼちゃん舐めんなあああああああああっ!!」



 怒号と叫びの混じった声を上げて後方から姿を表したのは、両手に槍を一本ずつ携え、周囲の空間に浮遊する五本の槍を従えたエリゼだった。


 構えるは蒼銀の槍。

 どう考えてもエリゼの持ち物では無いそれを武器にして走っている。


 見様見真似の槍捌きで異形と打ち合う。


 両手で構えている二本の槍に加えて、エリゼの周囲を浮かぶ五本も加勢する。



「いずれ聖騎士の心を貫く突きを喰らえーっ!!」



 エリゼは刺しと払いを組み合わせて怒涛の攻めを振るい続ける。


 常人の目では捉えきれない速度の槍撃は、確実に化け物を後退りさせていた。


 物理攻撃が効かない、その前提を覆す。


 対して不定形の異形は、自らの周りに散らばる多種多様な道具を操り宙に浮かばせる。


 エリゼの攻撃に耐えながら用意したそれを、一斉掃射させた。



「あああああっ!? こいつ百を億で返してくるタイプの化け物だっ!?」



 そう言いながらも、エリゼは複数の槍を使って斬撃打撃の雨をいなしていく。


 頃合いを見て、床が砕け散る程の勢いでバックステップをかましオレらの元へ帰ってきた。


 お前も十分化け物だよ。



「エリゼ、お前それどっから引っ張ってきたんだ」


「ふふーん、めっちゃかっこいいでしょ!

 よく分かんないけど浮いてるし!

 『メープルアーク』って名前らしいよ。

 入り口に落ちてたから拾ってきちゃった!」


「……何ともねぇのか?」


「むしろ体が軽いぐらいだよ」



 槍を回しながらその場で何度も飛んで見せる。


 悪いが、元々のジャンプ力を知らないから何とも思わん。



「ここの武器を使って戦えってことなのかな?」



 カトレアの真っ当な疑問。

 状況だけを見るならそこに辿り着くよな。


 実際、オレも同意見だ。


 でも……。



「……今のところはそう考えとくしかねぇな」



 物は試しか。


 周囲を見渡して目についた武器へ手を伸ばす。


 十字に重ねられていた二ちょうの斧。

 金色の斧、銀色の斧、それらを左右の手で拾い上げた。



『宵に繋がる湖の斧』



 並列して行われる数多の思考を退けて、その文字列が脳内に浮かび上がった。


 斧の名前か。

 それにしては随分と物騒なことで。


 隣のカトレアは大鎌を拾っていた。

 死神が携えるような漆黒の鎌を。



「私はこの鎌でカマそうかなぁ」


「ったく、三人揃ってネコババとかカノンに叱られるぞ」



 相手に特攻がある武器を調達して、再び戦闘を開始する。


 まず、エリゼが浮遊する槍を先行させた。

 その五本が乱雑に攻撃を始めたところで、オレは手にしていた二ちょうの斧を全身全霊で放り投げる。


 空を切るようにして回転する斧は、異形の持つ巨大な体を削いだ。


 次いで、カトレアが舞うように動いて曲線描く鎌の刃を行使する。

 体の軸を中心に、刈り取る斬撃を周囲にばら撒いていた。


 流体のような体を何度も何度も切りつけて損傷させていく。


 異形による反撃の兆しを感じ取ったところで、カトレアは即座に後退した。


 そして、カトレアとすれ違うように手数の多いエリゼが介入する。


 特殊な武器による攻撃のおかげで、心なしか相手の体積が削れているように見える。

 いや、確実に体を減らしている。


 問題は、ダメージが停滞してしまっていることだ。

 削れた体はほんの少しだけ。

 

 一つの武器で与えられる傷は一限られてるってことか。


 考え込んでいると、カトレアに肩を叩かれた。



「ねぇ、シャウラちゃん。

 あの奥にある大剣、あれ……」


「分かってる。多分あれがここをクリアする為の鍵だ。

 罠って可能性もあるが、それ以外の道も無ぇな」



 カトレアが指を差したのは異形のさらに奥。


 この大部屋の突き当たりに、床を穿ち聳え立つ大剣があった。


 禍々しいデザインのそれは、明らかに特質で魅惑を誘う芸術。


 触れてはいけない。

 それを直感してしまうと同時に、その大剣を抜かないとこの窮地を突破できないことも理解してしまった。


 大剣の周囲だけが瘴気を帯びていない安全地帯。

 聖域を作り出しているのだろうか。


 そして何より、不定形の異形はオレらをそれに近付けさせないよう立ち回っている。


 ……少しばかり安直すぎるが、狙ってみる価値はありそうだ。



「カトレア、大剣の方任せていいか」


「もちろん。さっさと終わらせてお夕飯食べに行こうね」


「ちくわの天ぷら食いてぇなぁ」



 カトレアと同時に走り出す。

 オレの狙いはこの清楚の皮被ったサディストを異形の後ろへ送ること。


 それだけキメればどうでもいい。


 三段階程の加速を踏まえて、側に転がっていた斧と槍を混ぜ合わせたハルバードと呼ばれる武器を拾い上げる。



 『忠義御礼裏切仇討ちゅうぎおんれいうらぎりあだうちフォルツァンドケーキ』



 勢いに乗ったまま不定形の異形、その足元までの接近を成功させた。


 化け物がオレらに対して選んだ択は、重量の爆弾である踏みつけだった。


 なら好都合だ。


 極限まで姿勢を低くしたカトレアは床を蹴り飛ばし前方へ飛び込む。


 オレは目の前に現れたカトレアの足裏を蹴り飛ばして、速度を上乗せさせた。


 反動で押し返された結果、オレは踏みつけを回避した。



「最高の幼馴染コンビネーションがキマっちまった」



 そのまま体勢を立て直し、限界まで力を込めた両足で垂直に飛ぶ。


 何も無い空間を踏みつけた異形は、体勢を崩して揺らいでいる。


 天井付近から巨体を見下ろしたところで、ハルバードを天にかざした。



「オレはさぁ、跨る側だと思うんだわ」



 突き上げたハルバードを思い切り振り下げ、体を回転させながらの急降下。


 螺旋を描いて異形を抉り狩る。


 が、しかし。

 ハルバードの降下は中断された。


 掃射された幾数の武器によって。


 剣や槍が異形の黒い体を突き破ってこちらへ飛んでくる。


 ハルバードを盾にすることで受けを選んだが、勢いに押されて後方へ吹き飛ばさた。



 『溺愛の神罰』



 打ちこぼした何かが腹に突き刺さり痛覚を刺激した。


 入り口付近の壁に叩きつけられ、骨と物体の砕け散る音が響いた。


 受け身も取れずに背中を打った体は、壁にもたれ掛かるように崩れ落ち尻を地面に落とす。



「いってぇ……」



 腹に刺さったと思われる物は、到底武器とは思えない形状をしていた。


 確かに肉の壁を貫くことはできるが、これはそういう類の道具じゃない。


 鳥の白い羽が付いたペン、羽ペンだった。

 戦闘の最中、本やら絵画やらも目にしていたが、こんな雑貨まで取り揃えてんのかよここは。


 そんなことよりも、馬鹿が一目散にオレへ向かって走ってるのが気に食わねぇ。

 時間の無駄だろうが。



「シャウラちゃん!! 大丈夫っ!?」


「大丈夫だ……エリゼ、お前はカトレアと自分の心配だけしてろ」


「っ……! 分かった、シャウラちゃんも無理しないでね」



 不機嫌そうな顔でお人好し女は走り出す。


 それで良い。

 嫌われても、後で仲直りすれば解決だろ。


 だから、今だけはお前を頼らせないでくれ。

 オレに時間を使うな。


 ……。


 ……大丈夫なんて言葉とはかけ離れてるな。


 気持ち悪い。


 お腹が痛い。


 外傷は見当たらないのに、腹の内側が痛い。


 痛みで視界がぼやける程度には参ってる。


 まさか、この羽ペンが何かしたっていうのか。



「これ、ヤベェかも……」



 声は誰にも届かなかった。


 何かが、込み上がってくる。


 食道を鯉のように登ってくる。


 喉に激痛が走ったと思うと、口の中は不快な酸味が充満した。


 すぐに両手で口を押さえ、顎が砕けるぐらいの力で食いしばる。


 でも……耐えれば耐えるほどに苦痛が増し、その努力はすぐに決壊した。



「あ……ぐっぃ、うおぇぇ、がはっ、おええぇ……ごほっ……ぎゅぉぇえぇ……」



 腹の中にあったものが全部全部口から逃げ出した。


 嘔吐するほどの衝撃は受けていないはず……なんで……。


 口元からこぼれ出る水分を袖で拭おうと右手を顔に寄せた。

 でも、いつまで経ってもそれは来なかった。



「は……?」



 右腕、上腕から下がすっかり無くなっていたから。

 おまけに左膝から下も同様に失せている。


 辺りを確認すると、金色の斧が背中の壁へ、そして銀色の斧が足元の床へと突き刺さっている。

 

 その二ちょうがオレの肉体を綺麗に削ぎ落としていた。

 消えた肉体は無惨にも床へこぼれ落ちている。



「いつの間に……くそっ……意味分かんねぇ……」



 既に、切断面からは大量の血液が流れ出している。


 認識と同時に痛覚が機能して、膨大で単純な苦しみを脳に伝えた。



「ぐぅ……あぁ、っつぅ……」



 叫べない。

 声を上げれば二人に気付かれてしまうから。


 それだけは駄目だ。

 ヘマした女に気を遣わせてる暇は微塵も無い。


 根性を噛み締めて落としてしまったハルバードを手繰り寄せる。


 こんなところで……へばってらんねぇ……。


 荒い呼吸を整えるために深く息を吸ったところで、左手が意思に関係無く動き出した。

 ハルバードを手にしたその左手が、持ち主に歯向かおうとしている。



「はは……冗談だろ……」



 最悪。

 本当に……最悪……。


 左手だけじゃない。

 オレの体はひとりでに動き出す。


 操り人形のように。


 大声を発することもできない。


 痛みが走った時に叫ぶべきだったんだ。

 大声で伝えるべきだった。


 ……憶測でも報せておけばよかった。


 左手は殺傷能力を存分に含む鋭利を構えて、それを己に向けて動かす。


 ハルバードの先端、つまりは槍となる部分を顔面に目掛けて押し進めている。


 冷や汗が溢れ出る。

 この先起こり得る惨劇の想像が止まらない。止まってくれない。


 矛先はじわじわと突き進む。

 既に、視界の四割程度を槍の先端が占めている。


 槍が向かう先は……右目だった。


 左手に力を込めれば進行速度を大幅に落とすことができる。

 でも、完全に停止することはなかった。


 迫り来る死刑執行に足掻くことはできても、止めることはできない。


 悪趣味極まってんな……。


 抗う力を抜いた。

 耐えるだけ無駄だから。



 ぐちゅり。



 弾力のある何かを貫き貫かれる感触を味わうと同時に、視界の半分が失せた。



「がぁっ!?……うぅ……ぎ……」



 眼球の貫通を終えると、体を操っていた強制力は消えた。

 ゆっくりとハルバードを抜き、投げ捨てる。


 聞こえるのは不規則な鼓動と呼吸。


 ……体は欠けて、腹ん中も気持ち悪い。

 多分、いくつかの内臓が機能していない。


 相手の攻撃を一度も喰らってないのにこのザマ。


 ……。


 やっぱり……自傷なのか。

 気付かない内に、とんでもねぇ物に触れちまってたらしい。


 この大きな部屋にばら撒かれた無数の道具。


 それは不定形の異形を倒すために用意された便利な武器なんかじゃねぇ。


 その怨霊染みた化け物と全く同じ存在なんだ。


 なんらかの呪い。


 オレらは初めから勝つ事ができなかったんだ。


 部屋の前で回れ右して引き返すべきだった。


 最善はその一択だけ。


 つくづく思うが、女神様なんて崇高な存在はいやしねぇな。


 止めさせねぇと。


 この戦い方は駄目だ。


 進む未来は血溜まり。


 不定形の異形を傷付けたと思っていたあれも、呪いを肩代わりすることで相手の力を吸い取っているだけだ。


 もうオレらには死にたくても死ねない未来が待っている。


 それでも、少しぐらいは幸せがあるはずなんだ。


 だから、止めないと。

 それで帰るんだ。


 家に帰って三人で暮らせるなら、なんだっていい。


 ……でも、その重要な核心を再認識した頃にはもう手遅れだった。


 欠けた視界の奥で、カトレアは大剣に手を伸ばしていたから。



「がぁっうあああああああああああああああああ!!!?

 やだ、やだやだ。いやだ、いやだ、死にたい、死にたいっ!!

 殺して、お願いだから、早く殺してぇ!!

 やめて、私を……嫌わないで……ごめんなさい……ごめんなさい……。

 うぅ……ぐすっ……もう、やだ……こんな世界……死ね……死んじゃえ……」



 空間を貫く絶叫。


 その声は、カトレアが発したものだった。

 清純な彼女からは発されないであろう単語の羅列は、禍々しい大剣の持つ凶悪さを表している。


 触れるだけで、狂気に呑まれていた。

 

 大剣の持つ呪いは、精神汚染か……こんなことなら、オレがその役目を担うべきだった……。


 カトレアは絶望に塗れた形相で、液体を垂らしながら大剣の側へと座り込む。


 虚にした瞳はただ床を見つめるだけ。

 周囲を俯瞰できず自意識世界に没頭する。


 無慈悲にも、敵は崩れ落ちたカトレアへと標的を絞り込んだ。


 エリゼの猛撃を気にも留めず、不定形の異形はカトレア目掛けて歩み始める。


 このままじゃ、カトレアが……。


 鈍くなってしまった体を酷使して、床を這う。


 一心不乱に使える道具を探す。


 ここから化け物を攻撃できる武器、何か影響を与えることができそうな道具。

 状況を覆せる何かを探した。


 そうやって手に取ったのは赤黒い笛だった。



 『悪魔の喉笛』



「開口一番でそれかよ……嫌な予感しかしねぇなおい」



 器の名前と同時に、その笛の使い道を理解させられた。


 願いを込めた吐息を実現させる笛。


 そんな都合の良過ぎる便利があってたまるか。


 代償はなんだ。

 寿命か、感覚か、記憶か、運命か、体か。


 どれでもいい。

 オレ一人で背負えるもんなら何の問題も無いんだ。


 叩き込まれた知識の通り、笛に口を付け祈るように息を吐いた。


 甲高いような野太いような、どちらとでも取れる不快な単音が奏でられた。


 そして……。


 一瞬だけ、世界が黒に包まれた。


 本当に一瞬だった。


 すぐに光を取り戻して……その視界の先には……。


 迫り来る不定形の異形がいた。


 体が小刻みに震えている。


 喉はカラカラ。

 水が欲しい。


 顔は涙に濡れて全身から液体が吹き出している。


 寒い。


 背中の方から叫び声が聞こえた。

 聞き覚えがあるのに、どこか違和感があって聞いているだけで気恥ずかしくなる声。


 直後、視界は闇に包まれて体は弾き飛ばされた。


 体を呪いが覆った。




 『忘れ去られた魔法』

 『天使と繋がる耳飾り』

 『光で溺死した罪人絞首のスカイチョコレート』

 『禁断を犯し始めた仙女の札』

 『愛憎』

 『影を統べる少女の証明ノワールホイップ』



 黒い液体のような何かが通り過ぎた後、視界はすぐに明けた。


 入り口とは真逆の壁に叩きつけられているみたいだ。


 その随分と遠くに行ってしまった入り口の近くで、長身の欠損女がうつ伏せで倒れているのが見える。


 直後、全身に重みを感じた。


 恐る恐る顔を下へ向けると、両手に複数の武器を握らされていた。

 左耳にはピアスが開けられ、両足にはガラスでできた窮屈なヒールを履かされている。


 同時に、この体に違和感を覚えた。

 ずっと隣で生きてきたから分かる。


 これはカトレアの体だ。


 床には見覚えのある大鎌が転がっていた。

 死神が振るうような鎌。


 笛による願いは叶えられていた。

 カトレアを異形に触れさせないという願いは、過程をねじ曲げられて叶えられていたんだ。


 なんとか立ち上がり足を動かそうとしたところで、それに気付いた。


 動けない。


 厳密にいうと、動けるが速度が出せない。

 常人が歩くよりも、幾らか遅い速度でしか動けなくなっていた。


 ああ……これはもう詰みだ。


 ここで終わってしまう。


 ……まだ、始まったばっかなのに。


 終わる。


 一番大きな幸せが終わってしまう。


 だから頼りたくなかったんだよ。



「あいつは……全部背負っちまうから……」



 幸せの花で彩られた道、それを三人で歩んでいきたかった。



 ……。



 ごめん……エリゼ……。

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