第128話 私たち最強最高最愛の幼馴染シャイニーハニー
過去のエリゼ視点
ただみんなで没頭している時間が楽しかった。
無邪気にはしゃいで、依頼をこなして、遺跡に挑戦する。
それで、街に帰ってきたら美味しいご飯を食べて夜道を散歩する。
それが幸せだったんだ。
ずっとこんなに楽しい日々が続けば良いのにって、思ってた。
☆
大通り近くにある住宅街、その一等地に拠点を構えて……っていうのがわたし達『シャイニーハニー』の夢で、今はギルド御用達の極安集合住宅に三人で住んでいる。
三人で住むには狭過ぎる家だけど楽しく暮らすことができている。
川の字で寝てるし、お風呂も狭いし、夏場は汗だくになるぐらいで決して住みやすいとは言えないその家。
でも、充実はしているし苦しいと感じたことも無かった。
それはきっと、一緒に成長してきた幼馴染だからなんだと思う。
家族よりも親密で全てを理解し合っているから、不自由な生活を共に過ごせているんだ。
だから、世間一般から見て狭いと印象づけされているこの住居に対して、ほんの少しだけ大きめな物体を持ち込んでも怒られないはず。
「エリゼ……なんだこれは」
長身の少女はわたしのお宝グッズの頭を鷲掴みにして、見せつけるよう目の前にぶら下げている。
それは細長く大きなクッションで、真っ白なシーツに寝転がる無防備な銀河一美少女を模したイラストが描かれていた。
「と、等身大ミュエル様抱き枕だけど? 非公式の……」
「そうじゃねぇ、ただでさえ狭い家を変態グッズで埋めんなって言ってんだよ」
うっ、正論を聞くと脳が蒸発しそうになる。
だって、どう考えてもわたしが悪いし。
でも、欲望と本能にわたしは勝てなかったんだ。
偶然通りかかった怪しげなお店。
掲げられた看板には、『オーダメイド抱き枕お作りいたします』の文字が。
気付いた時には注文を済ませて退店していた。
だから、仕方のないことなんだ。
「シャウラちゃんの言い分は理解できるよ。
だからこうしよう。
抱き枕が発生したんじゃなくて、わたしがその分太ったと考えよう!」
「どさくさに紛れて自然発生したことにしてんじゃねぇよ」
怖い口調で話す彼女は『シャウラ・カレンミーティア』。
わたしの幼馴染の一人。
鋭い目つきは生まれつきのもので、明るい茶髪の先端は金色に染められている。
ミュエル様ぐらいの高身長と合わさって、一目見ただけで彼女を極悪非道の不良少女だと思われてしまうことが多々ある。
実際間違ってはいないんだけどね。
だというのに、何故か女の子にモテモテなんだ。
しかも純粋無垢そうな少女達が主な支持層。
この世は不条理だ……。
パーティの中では前衛を担ってくれている。
どんな武器でも使いこなせる上に武術の心得もあるシャウラちゃん。
魔術も得意で格闘に織り交ぜて戦うことができる。
「本当にミュエルさんが好きだね、エリゼちゃんは」
「すっごく好きだよ!」
わたしとシャウラちゃんの間にちょこんと割り込んできたのは、清純清楚の清尽くしなカトレアちゃん。
『カトレア・ルナディスティニー』。
もう一人の幼馴染。
ロングストレートの黒い髪で毛先が赤みがかっている小柄な少女。
シャイニーハニーでは前衛を務めている。
魔改造した特殊な多節棍を用いて戦う姿はもはや芸術と言っても過言ではない。
魔獣を殺したくないからっていう理由で打撃系の武器を持ってるんだけど、それが魔獣達をより苦しませること気付いていないみたい。
それを理解してる上で打撃武器を選んでいる……なんてことはないと思う。多分。
そして……このパーティーには前衛しかいない。
何を隠そう、わたしは生粋の剣士。
一応魔術も使えるけど、詠唱口ずさんでいる暇があるなら剣を振って魔獣を狩り尽くす方が早い。
つまり三人とも超接近型女ってこと。
全員魔術の心得はあるんだけど、誰一人として治癒術を使うことができない。
そこだけが『シャイニーハニー』の弱点かもしれない。
けど、怪我をする前に標的を倒せばいいだけだから、なんら問題は無い。
「あんな巨人みたいな女の何が良いんだ?」
長身不良少女は、抱き枕に描かれた最愛を睨みつけてそう言った。
シャウラちゃんは馬鹿。
ミュエル様の良い部分なんて全細胞と周囲の空気、それから歩んできた道に至るまで、その全てだよ。
仕方ないから具体的に説明してあげよう。
「まず顔!」
「まず顔なんだ……」
カトレアちゃんは苦笑いを浮かべていた。
甘いな、カトレアちゃんは。
マシュマロを焼いたあのお菓子ぐらい甘いよ。
まずは顔、それを正直に褒めることこそが真実であり愛であるんだよ。
外見の評価を忌避して言い淀んだり裏をかくぐらいなら、わたしは真っ先に生まれ持つそれを讃える。
ありがとう、ミュエル様を産んでくれたご両親。
ありがとう、この世界。
わたしはミュエル様の愛する部分を羅列し始める。
「それから強いところとか、大食いなところとか、寡黙なのに野生味溢れてるところとか、あとあの筋肉も堪んないし、薄い唇も食べちゃいたい。
死ぬときはミュエル様に殺してもらいたいなぁ。
わたしの腰回りぐらい大きいあの太ももで首の骨を折ってもらうんだ。
それで動けなくなったところに、ドラゴンの顎すら砕く硬い拳を無理矢理口に突っ込んでもらって窒息死したい。
服装も好き。
毎日同じ鎧とインナー着てるけど洗ってないのかなぁ。
嗅いでみたいな」
「エリゼ、やっぱお前危ねぇわ」
「あああああっ、どうやったら近づけるんだろう!!」
「騎士団に入れば良いんじゃないかな?」
「ダメだよカトレアちゃん。
不純な動機で騎士になるなんてミュエル様に殺されちゃうから。
あ、でもでも、殺されるならさ、ミュエル様が良いな。
わたしの胴体ぐらい大きいあの太ももで」
「……エリゼが壊れた。カトレア、粗大ゴミで表に出しといてくれ」
その夜、ミュエル様のことを考えてしまったわたしは、興奮冷めやらぬまま一睡もできずに日の出を迎えた。
窓の外が青白くなり始めるのを目にするのが最も苦痛だ。
睡眠時間が削られていくのを実感して、より寝付けなくなるから。
その日の魔獣討伐、わたしのコンディションは最悪だった気がする。
☆
とある日のこと。
わたし達は、ジュエリー店から宝石を盗み逃走した罪人を捕らえるという騎士団のお手伝い依頼を達成していた。
あわよくば聖騎士ミュエル様に会えるかな、なんて浅はかな考えで引き受けた依頼だったんだけど、結局ご尊顔を拝むことは不可能だった。
こんなちっぽけな事件に彼女は出てこないんだ。
わたしは残念という感情を全身に宿しながら、ギルドに依頼達成報告を伝えにきていた。
依頼を達成した後は受付嬢のカノンさんに報告をするんだけど、その役割はローテーションで決まっている。
今回はカトレアちゃんがカノンさんに報告をする順番だ。
わたしとシャウラちゃんは待合のカフェで暇を潰している。
今回の事件。
逃走犯を捕えることができたのはシャウラちゃんの名推理のおかげだった。
逃走経路を予測して先回りすることで解決へ導かれたんだ。
「何でシャウラちゃんは標的の居場所をすぐ見破っちゃうの?」
シャウラちゃんは、ガラスのコップに注がれたメロンソーダを一口飲む。
「悪人は悪人の考えることなんざ瞬時に理解しちまうんだよ」
「えー、悪人なのにわたしとカトレアちゃんと一緒にいてくれるんだ〜。
やっさし〜」
「お前もカトレアも極悪人だから一緒にいんだよ」
「え、わたし悪人じゃないよ! いでっ!!」
軽い拳がわたしのおでこに直撃した。
「お前が聖騎士に向ける愛情は狂気なんだよ。
しかも、それを自覚してるんだからオレよりタチが悪い」
確かにわたしの愛は人より多かった。
恋愛小説に出てくる登場人物や、恋バナをする友達。
そういう恋焦がれる人に対して、わたしは全く共感できなかった。
だって、みんな愛が軽いんだもん。
「って、わたしはともかくカトレアちゃんは……あ、悪人か……」
見た目と言動は清楚だけど、魔獣を痛ぶって狩る女が善人に当てはまるのはおかしいな。
例えそれが無意識だとしても、わたしが審判をするなら悪の烙印を押してしまうだろう。
「なら、私達は三人揃って悪党パーティだ」
受付嬢のカノンさんに依頼達成報告を済ませてきたカトレアちゃんは、わたしとシャウラちゃんの肩を抱き寄せてそう言った。
「ふふっ! そうだね、『シャイニーハニー』は不良美少女三人組だ!!」
「この中ならオレが一番まともだな」
「……ボケ?」
「ボケだ……」
シャウラちゃんは横髪の隙間から見え隠れする耳を赤くして、メロンソーダをごくごくと飲み干していく。
照れるならボケなくていいのに。
でも、そう言うところが、たまらなくかわいい。
☆
深淵の遺跡の調査。
わたし達シャイニーハニーは、教会から直々にその依頼与えられていた。
遺跡が発見された大昔は調査隊が組まれるほど賑わっていたらしいんだけど、今となっては誰も興味を示さないその遺跡。
いつの間にか価値を見出されなくなったその場所。
地下深くを降っていく構造で、各層に強力な守護者が待ち構えている。
守護者共はいくら倒してもすぐに復活をしてしまう。
早くて翌日、遅くて三日後。
短い間隔で再び姿を現す化け物と何度も戦わなくてはいけないということで、ギルドに属するパーティは誰もこの依頼を受けてくれなかったらしい。
わたし達がどうして遺跡の調査を受けたかと言うと、それは単純に強くなるためだった。
春風が吹き始めたその日、『シャイニーハニー』による何度目かの遺跡調査が始まった。
大体六層目辺りまでは守護者を無視しての通過が可能だった。
そして、十層目までの守護者も難無く倒すことができる。
調査を開始した当初は苦労していたけど、いつの間にかそんな強大な守護者にも余裕で勝てるようになっていた。
十一層目の守護者もかなり強力だけど、今のわたし達には傷一つ与えることのできない弱者だ。
そして今日、わたし達は十二層目を突破した。
治癒術を使えない馬鹿なわたし達は、傷を受けなくなる程に強くなればいいという単純な考えでここまで成長してきた。
改めて己の力を実感する。
層の間を繋いている長く急な階段を降りた先の通路。
わたし達はその薄暗い一本道を歩いていた。
「早く終わらせてご飯食べに行こうよ! お腹空いちゃった!」
「久しぶりにうどんでも食いに行くか」
「ねぇ、帰ったらおうどん食べに行かない?」
「……オレの声届いてねぇのか?」
くだらないノリで笑い合いながら道を進んだ。
笑い声が通路に反響する。
それで、これが最後の談笑。
『シャイニーハニー』の楽しい思い出はここまで。
十三層目の守護者が待つ広大な空間。
その手前までやってきた。
……。
これまでの層とは明確に何かが違っている。
この先にある大部屋からは、腹の底を重たくするような暗い空気が漂ってきていた。
ふと視線を下にやると、わたしの足元で何かが転がっていることに気付く。
こんな地下深くに迷い込むはずのない小さな人工物が床に落ちている。
それを拾い上げて観察した結果、何の変哲もないアクセサリーであることが分かった。
星型のチャームが特徴的な髪留め。
「なんだろ、これ」
どうしてこんな場所に髪留めが落ちているのか。
それを聞く前に、二人は先へと歩き進めていた。
追うようにしてわたしも後に続く。
そして、守護者が待つ大部屋へと足を踏み入れた。
広がっていたのは、目が痛くなる眩い純白で構成された空間。
そこら中にあらゆる物体が転がっている。
剣や槍といった武器からアクセサリーの類まで、とにかく多種多様な物が散らばっていた。
「宝物庫……って訳でもなさそうだな」
「シャウラちゃん……あれ……なに……」
カトレアちゃんが不思議そうに指さした瞬間。
その先、部屋の奥で何かが蠢いた。
白い空間の中に黒い異物が混じっている。
それは不定形の化け物。
視界に入れるだけで吐き気を催す不快な存在。
これまで倒してきた十二の守護者とは比べ物にならない何かがそこにいる。
胸焼けに似た苦しみを感じる。
人生で感じたことのない情が心を侵食する。
「エリゼ、カトレア……気ぃ引き締めろよ」
シャウラちゃんは真剣な声色で囁くように注意を促した。
カトレアちゃんは言葉に応じて臨戦体勢を整える。
わたしは、鞘に納刀していた剣『ミルキーブラッドレプリカ』の柄へと手を伸ばしていた。
それは、ミュエル様が持つ剣を模したお気に入りの武器。
「おうどんに天かすいっぱい入れようかな」
不定形の化け物に向かってわたし達は走り出した。
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