第127話 御伽大剣シュガーテール

 リューカ視点



「我はヴァニラアビス。集いし呪いを支配する闇の管理者なり」



 幼女は前髪をかき上げながらそう言った。



「ヴァニラアビス? 深淵の遺跡じゃなくて?」


「だっさっっっ、あーあ、耳が腐っちゃった。

 我には『ヴァニラアビス』というマブイ名前があるんだぞ。

 センスの欠片しか感じられない稚拙な名前で呼ばないで欲しいな」


「センスの欠片は感じてるのね」



 何となく分かっていたけど、この珍妙極まってる幼女が遺跡の意思そのものらしい。


 この子の言っていることが真実ならば、あたしは少しばかり幸運すぎるわね。


 質問をすれば答えが返ってくる。

 それがどれだけ時間の短縮になるのかをあたしは理解していた。



「あ、そこら中にある武器やらアクセサリーには近づいちゃダメだぞ。

 触れただけで強制契約しちゃうヤンデレ呪いっ子しかいないから」


「ってことは、散らかってるのは全部呪いの器ってことか」


「そうだぞ。あと、散らかってないから。そういうインテリアだから」



 眩い程白いこの空間の床。

 四方を囲む壁際に転がるは、短刀や木槌のような武器から耳飾りや古書にいたるまで、古今東西様々な物が取り揃えられていた。


 揃えられている、というのは語弊がある。

 散らかっている。


 そして、その無秩序に置かれた品の全てが呪いを孕んだ器。


 触れただけで呪いを背負ってしまうなんて、ちょっと危険度高すぎないかしら。



「それで、どうしてこんな場所に呪いの器が集まってるわけ?」


「此処は呪われた器が最後に辿り着く物語の終点。

 いわば呪いの墓場みたいなものかな。

 呪いの器と契約を交わすと、重い理不尽を受ける代償に強力な『祝福』を授かることができるんだ」



 幼女は、近くに落ちていた手首から肘ぐらいの長さを持つ短刀を拾い上げる。


 桜模様が施された鞘に納刀されたそれを、あたしとミュエルに見えるよう差し出した。



「例えばこの短刀。

 名前は『刺し違える為の絆』っていうんだ。

 この子と契約すると意中の人と最高の一時を過ごせる。

 だけど、最後は恨み合って文字通りお腹を差し違えて死んじゃうってわけ」


「大好きな人と相違相愛になれるのが『祝福』で、結局最悪の結末を迎えるってのが『呪い』ってわけね」



 ヴァニラアビスを名乗る彼女はこくりと頷くと、持っていた短刀を適当な位置に置いた。


 この子には収納術を教えてあげるべきかもしれない。



「人間っていう欲深い生き物はさ、人生が狂う程のリスクが確約されてるのを理解していながらも、大きな力を手にしたくなる者が一定数いるんだ。

 そういう奴に限ってすぐ呪いに呑まれて死んじゃう。

 で、その憎悪が器に溜まってより呪いが強まるんだぞ。

 そういう馬鹿の手に渡らないよう我が造られたんだ。

 この城は、呪いの器を集めて現世に二度と放出させない為の墓地。

 だから終点なんだ」



 この遺跡の存在意義。

 それは呪いを抑え込む為の処理場ということだった。


 ロマンとか夢が詰まっているなんて思っていなかったけど、ここまで至極真っ当な運用を目的にしているとも考えていなかったな。


 遥か昔から謎とされてきた遺跡の真実を知れたと同時に、あたしの知識欲は余計に溢れ出始める。


 たくさん聞きたいことがある。

 誰が造ったのか、誰がここまで器を集めたのか。


 でも、そういう好奇心は一旦お預けだ。

 今あたしが知らなければいけないのは、エリゼのことだから。



「あんたがエリゼを呪った……ってのは無さそうね」


「あれ、キミたちエリゼお嬢ちゃんを知ってるんだ。

 あの子達は我を守ってくれた英雄なんだぞ。

 だから……本当は救ってあげたいぐらいだ」



 悲しげにそう言う彼女は、エリゼや『シャイニーハニー』を知っている口ぶりだった。


 それもそうか。

 この子は遺跡そのものなのだから。


 過ぎ去りし日の出来事に対する観測者と呼べる存在なんだ。


 なら、話が早く済みそうで助かるわね。



「あたしらはその話を聞きにきたのよ。

 どうしてエリゼが呪いを背負っているのかを」


「だったら入り口でそう言って欲しかったんだぞ」



 頬を膨らませて目を細める。

 睨みを利かせているみたいだけど、可愛い以外の感想が出てこない。



「エリゼお嬢ちゃんが呪いを背負ったのは、ここで眠っていた器と契約したからなんだ。

 でもそれは、決して力が欲しかったからじゃない。

 世界に溢れしまいそうだった邪気を浄化する為に、仕方なく器と契約したんだぞ」


「さっき見せてくれた短刀、ああいうのをエリゼも持ってるのね」



 心当たりはある。


 エリゼが召喚して行使する禍々しい大剣。

 見るからに呪いを体現しているであろうあれこそが、あいつの契約した呪いの器なんだと思う。


 あたしはそれを確信していた。


 ヴァニラアビスは目を瞑って短い人差し指をこめかみに当てる。

 過去を思い出すようにする彼女の口が開かれると、詩的な単語を羅列し始めた。




「エリゼお嬢ちゃんが契約した子は確か……。

 亡き乙女の髪留め、星空恐れる妖精の指輪、十三の冥槍メープルアーク、想玉の氷龍、星射ちの寵愛ちょうあいラブベリー、因果調律パルフェランデヴー。

 そして──御伽大剣シュガーテール」




 絶句。

 息を吐くこともできない。


 まるで時間が停止したかのような静寂が訪れる。


 あたしもミュエルも同じことを思っているはずなのに、その感情を言葉にできなかった。


 だって、一つだと思っていたから。

 背負っている呪いが複数個あるなんて考えもしなかった。


 ヴァニラアビスが例に挙げた短刀の呪い。

 あんな理不尽なものをいくつも契約しているなんて信じられない。


 羅列を早く終わらして欲しかった。


 こんなに苦しんでるなんて知らなかった。


 ……。


 エリゼのこと、ずっと嘘が下手くそだって思ってた。

 親しくなって気付いたことだけど、あいつは悲しみとか苦しみをすぐ顔に出してしまうから。


 なんで、なんで平気な顔して日々を過ごせてたのよ。


 苦しいなら叫んだって良いのに。


 ……駄目だ、今は無駄な時間を過ごしてられない。

 後でいくらでも落ち込めるんだ。


 だから、今できることに専念しないと。


 隣に目をやると、口を閉ざしていたミュエルが分かりやすく狼狽えていた。

 震える唇を抑えるように軽く手を当てる。



「……そんなに……苦しみを背負っていたのか」



 ぶつぶつと小さな声で独り言を呟いている。


 さっきまで遺跡を無造作に破壊していた者と思えないほど弱々しい少女がそこにいた。



「その中に、味覚を消してしまうような呪いはあったりするのか?」


「味覚? 今挙げたどれかが感覚を消してしまう呪い持ちだったはずだぞ」


「じゃあ、やっぱりご主人様は……そんな……」



 ミュエルの問いからは、エリゼの味覚障害を察することができた。


 ……唐突に新情報を開示しないで欲しいな。

 身構えてないところに打たれる不幸話は少々辛すぎる。


 だって、あんなに美味しそうにご飯を食べていたじゃないか。

 パンケーキとかすっごく美味しいって……。


 エリゼの味覚が実は失われていましたなんて、笑い話にもならない。


 この様子だと、ミュエルも最近知ったクチね。


 ……そうか。

 エリゼがミュエルついていた嘘って、それなのか。


 ずっと一緒にいたメイドですら気付けなかったんだ。


 あたしが負い目を感じる必要は無い……はずなのに胸が痛くなった。



「でも、それはおかしいぞ。

 シュガーテールは呪いを代わりに背負い込んじゃう健気な子なんだ。

 エリゼお嬢ちゃんに掛けられた呪いも全て食べているはず。

 だから、今彼女に掛かっているのはシュガーテールの呪いただ一つだけ……だと思う」



 懺悔と悔悟が混ざり合った空気を斬り裂くように幼女が言葉を発した。


 ミュエルとヴァニラアビス、どちらも嘘を吐いているようには思えない。


 咄嗟に思いつく浅はかな考えだけど、エリゼの味覚が消えたのは呪いじゃない可能性があるってことか。



「シュガーテールって、グロテスクな形の大剣のことよね?」


「んー、多分そうだぞ。キミたちの基準だとそう表せるかも」


「今のところ、あたしが見たことあるのはそれだけね」


「なら、その大剣のお話をしようか。

 シュガーテールはエリゼお嬢ちゃんにとって一番重要な存在だしね」



 幼女は一度だけ深呼吸をすると、眼差しに重みを宿した。


 甲高い声も幾らか抑えて話し始める。



「シュガーテールがエリゼお嬢ちゃんに背負わせたのは、『永遠の絶望』。

 無限の絶望を与える上に、喜びや信頼といったプラスの感情までもを掻き消してしまうんだ。

 感動や恋慕、その眩いほどに儚い熱は呪いが悉く喰らい尽くし凍らせてしまう。

 エリゼお嬢ちゃんは生涯に渡って嬉を得られないはずだったんだけど、そこは祝福の方で上手くやったみたいなんだぞ」



 『永遠の絶望』。

 それがエリゼを蝕んでいる呪い。


 常に不安や悲しみが押し寄せてくるってことなんだろうけど、あたしにはそれを想像できない。


 きっとあたしだけじゃない。

 呪いの効用を脳内で描ける人間なんてそう多くないだろう。


 だから、安易に可哀想とも思えない。

 辛さを知らない者に憐れみを向ける資格は無いから。


 絶望が呪いだとするなら、それに対応する祝福は……。



「シュガーテールがエリゼに与えた祝福は『願いを叶える力』。

 それで合ってるかしら?」


「よく分かったな、正解だぞ。

 そうだな……そもそも、シュガーテールは呪いの器じゃなかったんだ。

 人々の願いを叶える為の大剣だった。

 数多の人に夢を与えてきた絵本作家の少女、その子を材料にして作られた大剣。

 それが『御伽大剣シュガーテール』なんだ」



 あの禍々しい大剣が生身の人間を素材にして打たれただなんて、些か突飛だな。


 現実味が無いから、架空の話にしか聞こえない。

 でもきっと、それは現実なんだ。


 細かい部分は省くぞ、と前置きをして幼女は話を続ける。



「絵本作家の少女は人間の善性に賭けてその身を殺した。

 そして、願いを叶える器となった彼女はその力を無尽蔵に行使し続ける。

 弱き者を救い、生まれつきの障害を克服させる。

 そんな風に大変高尚な恵みを授けてきたんだけど……。

 結末は察せたかな。

 多分、二人の想像通りだよ」



 話を聞いている内に、あたしはセレナが注意していたことを思い出していた


 エリゼの願いを叶える力。

 それを教えてくれたセレナは他言無用と釘を刺してきた。


 力が世間に知れ渡ったら悪用は免れないから。

 そんな説明だったな。


 あたしもそう思う。



「人々はいつしか、シュガーテールを乱用するようになってしまったんだ。

 その結果、他人の願い同士が衝突したり他人の不幸を願う者が続出した。

 そうして生まれた憎悪を大剣が徐々に背負い始め、シュガーテールは呪いの器へ変わってしまったんだぞ」



 まるで御伽噺のような筋書きだ。


 読んだ者に教訓を伝える子供向けの物語。

 絵本作家の骨身で製作された願望器にとって、これほど皮肉めいた運命もそうそう無いだろう。


 ……純粋過ぎるが故の大損ね。

 願望器に魂を落とす前に人間という種の醜さを知るところから始めるべきだったのよ。



「最悪の後味だわ」


「だろうね。

 肝に銘じておいて欲しいのは、シュガーテールは何も悪く無いと言う事。

 願望器に絶望の対価を設けたのは愚か者共だぞ。

 御伽話に過度な夢を見て勝手に裏切られた馬鹿な人間。

 そいつらによって絶望が孕まされたんだ」



 幼女は小さな手を使って部屋の隅を指す。

 様々な形を持つ呪いの器が山積みにされているその場所を。



「呪いの溜まり場である我だが、容量には限りがあったんだ。

 数年前、限界に達していた我の中で呪いを蓄えた怨霊が発生した。

 そのタイミングでエリゼお嬢ちゃん含む三人の少女が我を訪れるんだ。

 エリゼお嬢ちゃんは、呪いを背負う特性持ちのシュガーテールと契約して、ここら一帯の呪いを全部吸い上げたんだけど……。

 此処で何があったかは口で説明するよりも見せてあげる方が早いか」


「見せるって、何を」


「知っての通り、我はこの城の中を自由に作り変えることができるんだぞ。

 だから、あの日の少女達をこの舞台で再演させるのも容易い。

 というかここ、そういう人形遊びぐらいしか娯楽がないんだ。

 そのせいで一人遊びだけが上達しちゃった」



 その小さな姿で寂しいことを言わないで欲しいな。


 なんだか、母性的なあれが働いちゃって守ってあげたくなるから。



「あ、そうだ。名前聞いてなかったな。

 ま、まぁ、べ、別に嫌なら教えなくてもいけど」


「あたしはリューカ・ノインシェリア。

 んで、こっちのメイドがミュエル・ドットハグラ。

 改めてよろしくね、ヴァニラアビス」



 幼い君はニコっと愛らしい笑顔を見せたかと思うと、慌てて顔を両手で隠す。

 小さな指からはみ出ている頬は赤く染まっていた。


 つくづく思ってたんだけど、照れ隠しっていう行為は余計に相手を幸せにするだけよね。

 つまり、幸せをありがとう。


 冷静さを取り戻した幼女は顔をぶんぶんと横に振って熱を冷ます。


 そして、あたしとミュエルの直前まで歩いてきて見上げるように目を合わせた。



「リューカにミュエル、キミたちには是非目に焼き付けてもらいたい。

 彼女達の勇姿を。

 誰にも届かなかった英雄達の偉業を」



 幼女が短く愛らしい両腕を大きく広げると、世界が光に塗りつぶされた。


 そして、再演が始まる。

 三人の少女が進んできた運命を辿る再演が。

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