第118話 扉を隔てたその先で

 リューカ視点



 とある秋の中頃。

 景色はまだまだ秋一色だけど、寒さは冬を迎え始めていた。


 はっきり言って、こんな寒い日は引き篭もって読書や資料を漁るに限る。


 聖女様に用意された寮部屋。

 あたしはその部屋に住み着いていた。


 居候ということではなく、きちんと代価は払っている。


 決して、ヒモとかダメ女とか冷飯食いではない。


 そんな無職のあたしは、絶賛ソファで寝そべり読書中だった。



「リューカさん、また読書ですか?

 本当に勉強熱心ですね。

 私も見習わないとなぁ」



 治癒術に使う杖の手入れをしている聖女様が、片手間に話しかけてきた。

 若干棘があるように聞こえるのは気のせいだろう。


 セレナにしては珍しく、今日は午後から自由な時間が取れたらしい。

 ご飯でも誘おうかなと思っていたんだけど、その自由な時間は道具の手入れに使われてしまった。


 仕事熱心なことで。



「今年出た論文は全部読破したわ。

 だから残ってる資料は無くなっちゃった。

 今はエリゼについて探ってるのよ。

 厳密にはあいつの力についてだけど」


「願いを叶える力のことですか?」


「それについてもだし、あの大剣についても」



 エリゼが召喚して行使する禍々しい大剣。


 あれが何なのか、誰も知らない。

 あたしも、セレナも、ミュエルも。


 もしかしたら、エリゼも知らないのかもしれない。


 そんな得体の知れないもの、放っておく訳にはいかない。


 例えば、造形の通りに何かを奪う剣の可能性もある。


 その事実を探るために文献を漁っている。


 それと不可解なことがもう一つ。


 エリゼが持つ特異能力について。



「一ヶ月前のあの騒動、覚えてる?

 あたしと戦ったあの褐色女のこと」


「それはもちろん。忘れるはずがありません」



 セレナは、俯きながら苦い表情でそう呟いた。


 嫌なこと思い出させちゃったかな。



「あたしの推測なんだけど、あいつはエリゼの力を受けていたと思う」



 願いを叶える力。

 とは言え、その範囲はそう広くないのだが。


 あの女、メートゥナに自覚はなかったようだけど、力の影響を受けていたはずだ。



「え……そんな……。

 あれはある程度関係を構築した相手でないと使えないはず」


「そう、それはあんたが言い出したことよ。

 んで、実際当たってる。

 エリゼの力はあいつの……と、とも、友達にしか作用しない」


「リューカさん、そろそろ慣れてくださいよ。

 いくら友達という概念が嬉しいからって、いつまでも照れてられると話が停滞します」


「う、うるさいわね! 話進めるわよ!!

 願いを叶えてもらっていたのは、テンペストのアラン、ラスカ、メイリー。

 それで、あたしね。

 もしかしたら、ミュエルも何かしら叶えてもらってるかも。

 それ以外に誰かいる?」


「いえ、私が確認しているのその四人だけです。

 ミュエルさんも何かを願っているのでしょうか?」


「さぁ? あたしは見当もつかないわ。

 それで、今挙げた人物はみんなエリゼの友達。

 厳密に言うと、あいつが友達だと思っている人間ね」



 エリゼが友達という関係を絶たない限りは、願いを叶える力を受け続けられる。


 実際、あたしがあいつを邪険に扱っていた頃も、あいつは友達であり続けてくれた。

 それが能力の範囲を証明してくれている。


 ……思い出すだけで自己嫌悪に陥ってしまうな。



「そうですね。

 あの人は心優しいから、酷い仕打ちを皆様方のことを健気にご友人であるとお慕いしてくださっています。

 はぁ……いつもいつも事後の治療しかできない私も同類ですけど」


「威力強めな正論の後に自虐を持ってこないでもらえるかしら?

 八つ当たりもできないじゃない。

 ……次に、あの褐色女のことだけど。

 エリゼはあいつのことも、友達と認識していたと思う?」


「いえ、少なくとも私はそう思えません。

 エリゼさんは聖女ではありませんから。

 嫌いな者は嫌いなはずです」


「同感だわ。

 そんでもって、ここからが本題。

 あの褐色女はどう考えても人の範疇を越えていた」


「つまり、エリゼさんの力を使っていたと?」


「おそらくね」



 メートゥナは、後少しでアランに足りてしまう程の速さを有していた。


 あの速度に到達できてしまう人間なんて限られている。


 天性の素質と類い稀なる努力。

 それを制してようやく至れる高みがあの超速だ。


 素質もなければ、遊び呆けて鍛錬を怠ってきた女には相応しくない。


 ……相対的にアランの株が上がるのはなんか嫌だな。



「では、どのようにして?

 もし関係値を無視して能力を利用できるようなら、今すぐ対処しなくてはいけません」


「薬物と洗脳よ。

 エリゼは違法薬物によって衰弱状態だった。

 それに加えて、自分より弱いはずの女に従順だったって話だし。

 状況から見てその二つが合わさり、関係値が乱れてしまったんでしょうね」


「薬物を用いることで、友達以上の関係に錯覚させていたということですか?」


「概ねそうね。とは言え、それなりに心理系知識も必要だから、そう簡単には真似できないはずよ。

 ただ、そういう理不尽な手もあると覚えていた方がいいわね」


「……盲点でした。まさかそんな方法があったなんて」


「盲点も何も、これは悪人にしか思い付かない手段よ。

 あんたじゃ絶対に辿り着けないからそう落ち込まなくていいわ。

 そもそも、エリゼを攫った連中は力について何も知らなかったわけだしね」



 あたしがこの抜け道を推測できたのも偶然の産物だ。


 もしも、こんな情報が広まってしまうと大変だな。

 一ヶ月前の事件なんて比にならない程の騒動が巻き起こってしまうかもしれない。

 


「お気遣いありがとうございます、リューカさん。

 それで、力や大剣に関する情報はありましたか?」



 あたしは手にしていた分厚い本をパタンと閉じて言ってあげる。



「いいえ、何も得られなかったわ」



 微塵もね。


 簡単にはいかないと思っていたけど、まさか手がかりすら掴めないとは。


 一ヶ月。

 その間ずっと探っているけど本当に何も出てこない。


 でも、まだたった一ヶ月だ。

 一年でも十年でも百年でも探し続ける。


 あたしは、借りていた何冊もの本を鞄に詰め込んで立ち上がる。


 まだまだ調べていない資料は山程あるんだ。

 疲弊しているエリゼのためにも、あたしが代わりに動かないと。


 時間だけは有り余ってるしね。



「ちょっと図書館行ってくるわね」


「はい、お気をつけて」



 壁に掛けてあったコートを着て部屋を出た。


 廊下の窓から見える空は青かった。


 時折風が吹いてはガラスをガタガタと揺らしている。


 少しだけ長い廊下を渡り、玄関口へと辿り着く。


 すると、管理人室から人が出てきてあたしを呼び止めた。


 黒い修道服を纏ったその人は、この建物の寮長だ。



「あ、リューカさん。

 その、エリゼさん大丈夫だったんでしょうか?」


「エリゼ?」


「はい、先程訪ねてきたじゃありませんか。

 必死な形相でやってこられたので、すぐにお通ししたのですが……。

 十分もしない内に泣きそうな表情で変えられたので、少し心配です。

 あの……喧嘩でもされましたか?」


「嘘……」



 ここに、エリゼが来てたってこと?


 いつから、どのタイミングで、どこまで。


 いや、それよりも……。


 もしかして、聞かれてしまったのか。

 願いを叶える力のことを。


 全部、聞かれたかもしれない。


 ……。


 もし聞かれたとして、あいつは何を思う。


 喜ぶのか、戸惑うのか、何も思わないのか。


 あるいは……。


 悲しむのか。



 寮長と別れて、あたしは呆然と外へ出た。


 肌寒い風がスカートを揺らす。


 夕焼けにはまだ程遠いけど、その青空の中で……太陽は落ち始めていた。


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