第111話 脳筋集団クオリア騎士団

 前半 騎士のリカ視点

 後半 フルーリエ視点



 街から離れた場所に位置する大きな空き地。


 その広大な土地に一軒、大きめの倉庫が建っていた。


 そして、それを囲む様に大勢の女が待ち構えている。


 ならず者、裏通りの住人、雇われ兵、薬物中毒者、役者、学生その他大勢。

 悪役共だけではなく、一般人までもがずらりと点在していた。


 我々は犯罪組織『スルト』を侮っていたらしい。

 まさかここまでの人数を集めているとは。


 統率は取れてなさそうだけど、この数を相手取るのは厄介だな。


 まず前提として、騎士は国民に手を上げにくい。

 罪人には幾ばくかの無力化行為が認可されているけど、それもやむを得ない場合に限る。


 だからこうして、騎士団と犯罪組織の睨み合いがずっと続いている訳だ。


 団長はドラゴン退治に行っちゃったから当分は戻ってこないだろうなぁ。


 あたしの後ろで待機している騎士連中も、痺れを切らして唸り始めている。

 狂犬共は今にも暴れ出しそうだ。


 息を吸う。


 肺を大気で満たして、だだっ広い空き地の隅々まで意思を届けられる様に力を込める。



「えー、皆さん。無駄とは何か知っていますか?

 これです、この睨み合いっこを無駄と呼びます。

 語源が今この瞬間なのです。

 無駄を省くためにも道を開けてくれませんかねー」



 いくら声を掛けても反応は見られず、彼女らは無視を決め込んでいた。


 せめて返事ぐらいはして欲しいんだけどな。


 先程ここに来たミュエル様の報せによると、その倉庫の中に保護対象であるエリゼ・グランデが監禁されている可能性が高いそう。


 その隣にはこの事件の首謀者がいるはず。


 人質がいる以上派手に動けないのがストレスだ。


 ……。


 どうする。


 このまま強行突破で押しのけるか。


 でも、その選択は人質の命を危険に晒すことになる。


 それは駄目だ。

 最優先にすべきはエリゼ・グランデの命。


 そこだけは譲れない。


 確実、という保証がない限りは武力に頼れないな。


 ならどうするんだ。


 葛藤はやがて焦りへと姿を変える。


 考えても考えても解が出てこない。


 どん詰まりだ。


 騎士がまともに動けないこの状況を見越しての立て籠りということか。


 となれば……我々は監視体制を整えて隙を伺えば良いのか。


 堅実で無難な戦略。

 でも、これならいける気がする。


 いや、これも駄目だ。

 いくら相手の統率が取れていないとは言え、現状有利なのはあっちだ。


 逆に隙を突かれて標的を逃してしまう。


 後方が騒がしくなり始めた。


 そろそろこちらも集中力が切れる頃合いか。


 ……。


 桃色と金色、二つの色を持つ髪が靡きながら目の前を通過した。


 黒髪を染め上げているその彩は、ナルルカ・シュプレヒコールとミュエル・ドットハグラに憧れた少女の証。


 鼻腔に香るそれは決して良い匂いではなく、あたしの本能を刺激する汗の匂い。

 そして、簡単には洗い流せない血生臭さ。


 周囲の騎士もあたしと同じく動揺を見せていた。


 だって、ありえない。


 何故ここにいるんだ。


 厄災とも呼べる魔獣『ドラゴン』を討伐しに遥か南の山脈に出向いた彼女が、どうしてあたし達の前に立っているんだ。


 その小さくて大きな背中は、虚だろうか。

 集団幻覚でも見ているのか、あたし達は。



「誰か、水分を用意してくれませんか。脱水症状で膀胱もカラッカラですよぉ」



 クオリア騎士団団長フルーリエ・ミササギがそこにいた。


 こんな気持ちの悪い比喩表現を使う女が、団長以外に存在してたまるか。



「ほ、本物の団長だ……嘘でしょ。

 ドラゴン退治に出かけてからここにやってくるまで、一時間も経過してませんよ……?」


「すみません、想定より遅れてしまいました」



 だから、遅れてないんですって。


 規格外が過ぎる。


 騎士団の団長に上り詰めるには、この破格の実力を持ち合わせないといけないのか。


 ……団長の背中側、腰辺りに見たことない大きさの牙が刺さっているのが見えた。


 その傷跡から血が滲み出て、コートが赤く染まり始めている。


 まさか、気付いていないのか。


 流石にファッションではないと思う……そう思いたい。



「あの、お団長。お背中にお牙がおっ刺さってるっぽいです」


「あ、ほんとだ。すみません、だらしないところを見せてしまいました。

 あとリカさん、言葉遣い狂ってますよ」



 団長は背中に刺さっている牙を外して近くにいた衛生騎士へ渡し、交換で受け取った水筒を飲み干した。


 至高の爽やかさを見せる横顔を眺めながら思う。


 狂ってるのはあなたの方ですよ、団長。





 ☆





 フルーリエ視点



 討伐対象である『ドラゴン』が一体ではなく、群れで現れていたなんていう最悪な誤算のせいで到着に遅れてしまった。


 先輩が直々に頼み込んでくれたおかげで頑張れたから良いものの、危うくあのエリゼなんとかがボロボロになっている瞬間を押さえられないところだったな。


 倉庫を守る様に配置された敵の顔ぶれを観察する。


 薬で操られてる哀れな豚共か、あるいは弱みを握られている罪人か。

 おおよそ怪我を負わせても問題ない下衆ばかり。



「リカさん、勧告の方は?」


「それがですね、コイツら全部無視する系の厄介チンピラでして。

 あたしの声帯を無駄に消費しただけで成果は無しです」


「肝が据わっているのか、命令に忠実なのか、群れているから強気になっているのか。

 とにかく面倒ですね。せめて向こうから攻撃を仕掛けてくれれば楽なんですけど……。

 誰か、拡声器もらえますかぁ?」



 どこからともなく現れた新人騎士が、忠実に拡声器を運んできてくれた。


 感謝を述べて肩を撫でてやると、惚け気味に後方へ下がっていった。


 実は私、モテてたりするのかな……。



「う、うそぉ……あたし肉声で頑張って勧告したのに……」



 拡声器の存在が頭から抜け落ちていたらしいリカさんは放っておこう。


 出力先であるスピーカー部分を漂う敵に向けて、再度注意を促す。


 これは私からの最後通告だ。



「こちら騎士団、罪人に告げる。

 直ちに降伏することをお勧めします。

 抵抗を見せるなら、我々は力を行使して強制的に捕縛致します

 沈黙も静止も抵抗と同義であると受け取ります。

 貴様らに勝ちの目は無し。青空望むことなかれ。

 懸命な思考力をお持ちであれば、今、どの選択を取るべきか分かるはずです。

 ……私に剣を抜かさせないでくださいね」



 交渉の余地すら与えない脅し。

 だったのだけど、依然相手の反応は無しと。


 それから数秒経過したが、一向に動く気配は無かった。


 群れはただニタニタと不気味に笑っている。


 無抵抗な自分達に騎士団は何も出来ないと高を括り、嘲笑っている。


 私は警告したはずなんですけどね。


 沈黙も抵抗と同義だと。



「はぁ、力量差も見極められないとは哀れですね。

 私、嫌なんですよぉ、人を傷つけるの。

 ……弱い者いじめみたいで。

 みなさん、準備はお済みですか?

 状況をひっくり返しますよ」


「団長、流石に戦闘を起こすのは悪手だと思いますけど……」


「どうしてですか? 敵陣を斬り伏せる以外に道はありませんよ?」


「それでは人質に危険が及んでしまいます。

 朝昼晩の当番を組み一日を網羅する監視体制を敷くべきです」


「却下します。人質の命を思うなら即座に行動を取ることこそが最善策。

 それに、リカさんもそんなこと言いながら暴れたくて仕方がない感じですよ」



 上手く隠しているつもりでしょうけど、殺気と興奮が漏れ出ている。


 きっと、ここにいる騎士の殆どが武力を行使したくて堪らないはず。


 騎士団とは、そういう野蛮な連中が秩序を死に物狂いで守っているだけの集団なのですから。



「え!? す、すみません……はしたない部分は隠せてたと思ってたんですけど……。

 と、とにかく! 強行突破で人質を傷付けられるリスクがある以上、あたしらも気持ちよく暴れられないんですよ」



 私の吐瀉物を食べるなんて言っていたあなたが、その程度で恥ずかしがらないでくださいよ。



「大丈夫ですよ。

 エリゼなんとかは簡単に死にません。

 もし危害が及んだとしても私が全責任を負いますから、あなた達は相手を殺さない程度に動いてくださいな」



 ちなみに、あの女が簡単に死なないと言うのは根拠無しの虚言だ。


 あいつが先輩の隣から居なくなってくれるなら、それもまた本望。


 お行儀良く隊列を組んでいる騎士の群れの戦闘に立ち、高らかに叫ぶ。



「騎士団長フルーリエが騎士諸君に通達する。

 事態の収束に向けて武力行使を許可します。

 圧倒を以って人命を救い出す。

 我々はこれより蹂躙を開始する。

 では先陣を切るので、頑張って後に続いてくださいねぇ」



 統率された塊の返答を聞き、私は動き出す。


 腰の左右側面に提げている鞘。

 そこに納刀された二口の柄を撫でながら、私は集団の前に降り立った。


 どこを見ても脆そうで柔な女ばかり。


 これでは、通り過ぎただけで殺してしまう。


 剣を使う必要もないか。


 極限まで力を抜いて、赤子を扱う様に動かないと。


 目を瞑り、意識を集中させる。


 体中を駆け巡る魔力に使命を与える。


 疾れ、と。


 ……。


 迸る。


 体の周囲に紫電が弾けた。


 バチバチと鳴くそれは魔力によって紡がれた幻想の力。


 魔術に満たないレベルの軽い身体強化。



「みなさまぁ、墓石のご予約はお済みでしょうかぁ?」



 私は、ただ敵陣の中を駆け抜けた。


 自由に動く私を気にも留めないで、残像を必死に見つめる哀れな者共の間を縫うように移動する。


 瞬きすらさせない刹那で、次々と敵の腹を撫でて走った。


 世界にとっては一瞬の出来事。


 認識の外側から攻撃された気分はどうかな、なんて。


 空き地に聳え立つ大きな建物の前で私は停止した。



「四割程減らしたので、後はみなさんで片付けてくださいね」



 一斉に地面へ伏せていく悪党を背に、私は倉庫の中に足を踏み入れる。

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