第112話 エリゼなんとかが一番嫌がること

 フルーリエ視点




「お邪魔しまーす」



 倉庫の中に私の声が反響した。


 外の騒がしい様子とは一変して、屋内には静寂が漂っている。



「やっぱりあの子らじゃ歯が立たなかったか」



 モダンにほんの少しの庶民感を混ぜたインテリア。

 その中央に位置するソファで座っている少女が独り言を吐いた。


 クリーム色の髪をした彼女はアヤイロ・エレジーショート。


 かつてギルドで名を馳せていた『クラウン』のメンバー。


 そして、その膝の上には胸の辺りまで毛布を掛けられたエリゼなんとかが眠っている。


 良いご身分ですこと。


 その少女達の前へと足を進める。



「あーあ、本命がわたしのとこへ来ちゃった。

 できればあなたにはメートゥナを相手にして欲しかったんだけどなぁ。

 それに、こんなに早く来られると困っちゃうよ。

 おかげで逃げる算段も整わなかったし」



 言葉の割には焦りを感じられない。


 きっとこの窮地を凌げる自信があるんでしょう。


 私に勝てると、本気で思い込んでいる。

 可哀想に。


 アヤイロはエリゼの頭を撫でながら続けて言う。



「まぁでも、これでわたしの好みの女の子が二人も揃っちゃった。

 ツイてるっちゃツイてるのかもね」


「褒め言葉ですかぁ?」


「エリゼちゃんがこの世界にいなかったら、きっとあなたを堕としにかかってたと思うから」



 私を堕とせる、と?


 自信過剰も甚だしい。

 不快極まれりなんですけど。


 って、これは少し不味いですね。


 何も考えずに話していると、この女にペースを持っていかれそうになる。



「そう言えば先刻、騎士団に密告がありました。

 犯罪組織『スルト』による数々の犯罪を証拠付きで暴露するものです。

 それも、リーダーと思わしき一人の女を重点的に」



 『ドラゴン』を討伐し終えた直後に私の耳に入ってきた情報。


 騎士団の参謀によると、違法薬物を密売から恐喝傷害強姦監禁に及ぶまで、殺し以外の犯罪を網羅していてもおかしくない程の証拠が騎士団本部に送られてきたらしい。


 あれだけ捜査しても出てこなかった証拠が、このタイミングで告発された。


 どう考えても組織関係者の裏切りだ。



「それがどうかしたのかな?」


「とぼけないでくださいよ。組織の裏切り者はあなたですよねぇ?」



 ふっ、と笑うアヤイロはゆったりと拍手をしながら私を見つめる。



「手がかりも無いのによく突き止めたね。すごいすごーい」


「潔いですね。

 でしたら、騎士団本部へ出頭してくれればこんな僻地まで足を運ばなくて済んだのに」


「嫌だよ。わたし、まだ捕まりたくないし」


「なら、裏切り行為は働くべきじゃなかったのでは?」



 女は膝で寝ている少女の耳や肩、背中や腹などをかわるがわる弄るように這わせていた手を止めると、分かりやすい怒気を言の葉に乗せた。



「わたしはね、あの馬鹿な女の罪をできるだけ重くさせたいだけなんだ。

 エリゼちゃんを早食いが如く使い潰したあの女を。

 だから安心して騎士様。

 わたし、あなたと戦う気はないから」


「よく分からないですけど、あなたも同罪では?

 その膝で寝かしている女を痛めつけてたんですよね?

 それに、せんぱ……メイドを逃したのも不可解です。

 結局あなたは何がしたいんですか」


「ふふっ、わたしはただ……エリゼちゃんを愛したいだけだよ」


「愛し方が私の知ってるそれとは逸脱しているように見えますけどぉ?」


「誰かを愛する方法なんて、千差万別でしょ。

 輝きを曇らせて頂からどん底に落とす。

 エリゼちゃんは不幸であれば不幸であるほど可愛いんだよ」


「……本人の意思は無視ですか?」


「そんなのは後からやってくるんだよ。

 最終的にはエリゼちゃんも、わたしの方へなびいてくれる。

 わたしが必ず楽園へと導いてあげるんだから」



 アヤイロは、妖艶な表情でを宿してエリゼなんとかを舐めるようにそう言った。


 背筋がゾワゾワする。


 愛とは到底形容できない歪な感情を感じる。


 こんな悍ましい人間に狙われるなんて恐怖でしかない。


 重過ぎる。



「もう十分です。動機は大体察しました。後の細かい部分は取り調べの時に。

 さて、どうすればあなたは投降してくれますかね。

 あざとさ勝負でもしますかぁ?

 可愛くない方が負け、負けた方が死ぬ。

 どうです?」



 何とかして、人質からこいつを離さないといけない訳だが、どうしたものか。


 手始めに子供騙しを仕掛けたが、反応は期待するだけ無駄か。


 この女はそう簡単に慎重を崩す愚か者ではないだろう。


 察するに、『スルト』や『クラウン』の頭脳はアヤイロで間違いない。



「いいよ。あざとさ勝負、やってあげても」


「へぇ……まさかノってくれるとは思っていませんでした」



 こんなことなら適当言わずにちゃんと交渉をするべきだったな、


 アヤイロは小さな手で手招きをして私を呼ぶ。


 ま、人質であるエリゼなんとかに近づけるなら好都合だ。


 隙を見て四肢を切り落としてやろう。


 フローリングの床を土足で歩く。


 一歩、また一歩と進み続ける。


 そして、私の剣が及ぶ斬撃圏内にアヤイロを捉えた。


 同時に、ブーツの下から何かが発光した。



「なっ!? 魔法陣!?」



 それも、かなり書き込まれたもの。


 複数の術式を混ぜ合わせた魔法陣。


 しかも、人の目に映らないよう不可視の魔術も掛けられていた。


 この女……ちゃんと化け物じゃないですか。




 轟音と共に、空間が爆ぜた。




 私が踏み込んだ床に仕込まれた爆炎魔術は、殺傷能力を極限まで高められて私に牙を剥いた。


 火柱と黒煙が立ち往生し、爆風が屋内を暴れる。


 それでも、床や壁、さらには家具までもが傷一つ無い綺麗な状態を保っていた。


 魔術の扱いが桁違いなアヤイロは、嘲笑うように言葉にする。



「敵の言葉を信じるなんて、騎士様はすっごく真面目だね」



 会話の中に織り交ぜられた『戦う気はないから』、そんな言葉に油断してしまった。


 忠実な騎士としては合格だけど、私としては不合格だな。


 頭の方に血が集まるのを感じる。


 体が熱い。


 黒い煙を払いながら私はまた一歩踏み出した。



「は? 引っ掛かってませんけど?

 相手の攻撃、一発目は喰らってあげるようにしてるんですよ。

 それで力量差を測る玄人なあれです」


「野蛮な人だね。一発で死んじゃったらどうするの?」


「そんな相手ならどの道死んじゃうだけです。何も変わりません」


「潔いのは寧ろあなたの方だね。

 ……でも驚いた。片足、脛から下は吹き飛ぶと思ってたんだけどな」



 彼女には悪いが、私の体は五体満足だ。


 この程度の奇襲じゃ私を殺せない。



「足の角栓ぐらいは取れたんじゃないですかぁ?」



 先ほどまでとは違い、アヤイロはソファから立ち上がり私と対峙していた。


 可愛らしい杖を構えて、その先端をこちらに向けている。


 戦闘を起こす気しかないらしい。



「それにしても、随分と趣味の悪いネックレスですねぇ」



 立ち上がった彼女の首には、両足を失せた少女が抱きつくようにぶら下がっていた。


 痛々しい。


 それは切断された両脚のことではなく、彼女の精神状況の方だ。


 虚な瞳に唾液あふれる口元。


 不規則な呼吸、震える体。


 枯れ果てた涙が目元を腫らしている。


 助けて……そう聞こえてしまうのは気のせいだろうか。



「あははっ! もっと褒めてよ!

 エリゼちゃんのこと、もっともっともっと蔑んで、罵って、貶してぇ!!」



 アヤイロは瞳孔を拡大させて喘ぐように叫んだ。


 踊るようにふらふらとしながら、首にぶら下がる上半身だけが残る少女を抱きしめる。


 化けの皮が剥がれ落ちた。


 よくここまで憎たらしいおすまし顔を維持できたものだ。


 彼女の理性は、息を吹きかければ崩れてしまう程度に脆い。

 想いを寄せている少女と二人きりなんてシチュエーションが訪れてしまえば、いつ暴発してもおかしくない危険物。


 この愛、人が背負うには重過ぎるな。



「その子、とっても軽そうですね。脚はどうしたんですかぁ?」



 寝巻きであろう起毛のショートパンツを纏っている少女の太ももから下は、綺麗に落とされている。


 痛々しいはずの切断面は包帯に巻かれており、晒されないように配慮が施されていた。


 この状況で配慮なんて言葉は相応しくないか。


 アヤイロは、その切断面を揉みながら少女の顔面を舐め上げる。



「もう逃げられないようにって、脚を切ってあげたんだよ。

 ね、今のエリゼちゃんとっても綺麗でしょ。

 あははは! 騎士様もそう思うよね!

 これからはわたしが全部お世話してあげるからね、エリゼちゃん」



 うわ、気持ち悪ぅ。


 そういう狂った愛はお腹いっぱいなんだ。


 そろそろ終わらせよう。



「つまりあなたは、その女の嫌がる顔が大好きなんですよね?

 なら好都合です。私も嫌がることをプレゼントするつもりでしたから」


「へぇ……でも、やっぱりわたし以外がエリゼちゃんを傷つけるのは嫌だな。

 だから帰ってよ。さっさとここから出てって」



 今朝、先輩から救いを求められた時、私は思ってしまったんだ。


 ようやくこの女に嫌がらせができるって。


 だって、憎い相手に手を差し伸べられるのって、とっても屈辱的でしょう?


 きっと罵詈雑言を浴びせるよりも、暴力を振るうよりも、先輩を何とかして奪うよりも、もっともっと腹立たしいはずだから。


 先の爆発で乱れた前髪を掻き上げながら告げる。




「私……その女が一番嫌がることをしに来たんですよぉ。

 フルーリエ・ミササギがエリゼなんとかを救い出してあげる」



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