第98話 それでわたしは壊れ始めた

 過去のエリゼ視点。

 不快な内容があるので、苦手な人は読み飛ばしてください。





 『クラウン』に入ってから一ヶ月と半月程。

 わたし達は様々な依頼を達成していた。


 最初の方こそ安全で安価な依頼を受けていたんだけど、最近は凶暴な魔獣の駆除を行なっている。


 わたしと武闘家のメートゥナちゃんが先陣を切り、魔術師のアヤイロちゃんと治癒術師のネイハちゃんがサポートをしてくれる。


 カトレアちゃんやシャウラちゃんと組んでいた時と比べるとまだまだ拙い部分があるけど、四人の連携も様になってきた気がする。


 そのおかげでわたし達は今日、街から離れた森に潜んでいた大蛇の討伐に成功した。



 この調子なら、わたしはまた夢に向かって進める。


 あの人の隣に並ぶことをまだ諦めなくていいんだ。



 討伐の報告をしにギルドへ赴くと、この国の『出来る女代表格』とわたしが勝手に崇拝している受付嬢のカノンさんが対応してくれた。



「すごいですね、最近の『クラウン』。

 数々の甚だしいご活躍を聞き挟んでいますよ。

 このまま順調に進めば、すぐに上位層の仲間入りですね。

 やっぱりエリゼさんは凄いです」


「あはは、カノンさんにそう言ってもらえると嬉しいな!」


「今回の依頼に関しても、中々引き受けてくれるパーティがいない中エリゼさんが率先して手を挙げてくれたとか。

 あの……パーティの皆さんには反対されなかったんですか?」


「んー、みんな乗り気じゃなかったんだけど、わたしが責任を負うからって説得したんだ」


「……失敗時の補償を請け負ったんですか。

 あの、一応聞いておきたいんですが、他のパーティへの移籍などは考えておられないんですか?

 エリゼさんを引き抜かせてってお話が何件も来てるんですけど。

 例えば、ギルド最上位パーティの一組である『リリウム』とか」



 『リリウム』……か。


 ギルドの中でも最強と名高いパーティに誘われるのは光栄だし、正直惹かれる。


 でも、今はだめだ。



「んー、遠慮しておこうかな。

 誘ってくれたアヤイロちゃんに申し訳ないし。

 それに、この生活もちょっとずつ楽しくなってきたばかりだし」


「そうですか。

 でも、それなら『クラウン』の皆さんにはもう少し強くなってもらわないといけませんね。

 そうでもしないと、エリゼさんとの間に壁ができますし。

 それに……このパーティは……」


「大丈夫ですよ!

 『クラウン』のみんなは優しい人たちだから、問題が起きたとしても乗り越えられます!

 それじゃあわたしはもう行きますね」



 心配気味な彼女の言葉を遮って、わたしはその場を離れた。

 


 金色の髪を持つカノンさんは小さく手を振ってくれている。


 いいなぁ、その髪の毛。

 ミュエル様とお揃いで羨ましい。


 馬鹿なことを考えながら、みんなが待ってくれているロビーへ戻る。





 ☆





 アヤイロ視点。



 ギルドのエントランス近くに位置するカフェ付きの待機所。

 ロビーと呼ばれるその施設にて、『クラウン』の面々はエリゼちゃんの討伐報告を待っていた。



「いや、マジで強いじゃんエリゼ!

 ウチら何にもしてないのに気付いたら魔獣狩り終えてるし!」



 ネイハはカフェで購入した果汁入りのジュースを首からさげているカメラで写真を撮りながら、エリゼちゃんのことを褒めていた。


 純粋な言葉。


 何も考えていない言葉。


 間抜けな言葉。


 あなたは何も分かっていない、彼女のことを。



「お前、ほんと単純だな。

 アタシは全然楽しくねーし、面白くもねー。

 こんなんならあいつ、このパーティに入る意味なかっただろ。

 あいつばっか褒められてんのもウゼェ」


「え? あー……でも、そうかも。確かに調子乗りすぎだわ」



 ほら、すぐに流されている。


 馬鹿に流される馬鹿。


 頭の悪い女しかいない。



「だったら、面白いことでもしてみる?」


「面白いこと?」



 ネイハはとぼけた顔でこちらを見ている。


 頭の悪いネイハには一生想像もできないことだよ。



「そう、面白いこと。

 二人ともエリゼちゃんのこと気に食わないと思ってるよね?

 わたし達も頑張ってるのに、エリゼちゃんの手柄だと周りの人は思い込んでる。

 だからちょっとだけ躾けてあげないと。

 だって、みんな好きでしょ? 調子乗ってる女の子を可愛がるの」


「ははっ!! 確かに面白そうだな!

 あのエリゼ・グランデをおもちゃにするってことだろ?」


「そこまでは言ってないよ? ちょっとイタズラして遊ぶだけ」



 本当にこの脳筋は快楽のことしか考えてないな。


 早速エリゼちゃんを壊すことしか考えていない。


 これだから馬鹿は困る。


 わたしは、エリゼちゃんを可愛がるって言ってるんだよ。


 あんなに強い女の子を可愛がれる機会なんて、この瞬間しかないんだから。



「え……で、でも、反撃されるんじゃ? エリゼ、超強いし」



 何も分かっていない。


 エリゼちゃんは人を攻撃しないよ。

 あなた達と違ってとってもとっても優しい女の子なんだから。


 初めて会った一ヶ月前から……いいえ、彼女が有名になり始めた頃からわたしはそれを知っている。


 困ってる人に手を差し伸べる良い子。


 明るい子。


 人や希望を信じる子。


 とっても可愛い女の子。



「大丈夫だよ。そんなに怖いなら、わたしが先陣を切ってあげる」



 とは言ったものの、果たしてあんなに明るい子の心を折ることは可能なのか。


 ……あはっ。

 落ち込んだエリゼちゃんを想像するだけで達しそう。


 一ヶ月以上も我慢してきたんだ。


 長い時間を掛けてわたし達を信用させた。


 焦らされていた分、しっかりぐちゃぐちゃにしてあげる。





 ☆





 エリゼ視点



 大蛇を討伐してから数日後の夜。

 食事やお風呂を終えたわたしは自室でくつろいでいた。



「エリゼちゃーん、ちょっときてー」



 そろそろベッドに入ろうかな、というところでアヤイロちゃんに呼ばれた。


 部屋の外へ出ると、可憐なナイトウェアに着替えたアヤイロちゃんが立っていた。

 わたしの顔をみるやいなや、彼女は腕を引っ張って大広間へ連れられる。


 そこには、普段目にしているソファや食事用の大きなテーブルの他に布団のようなものが敷かれていた。


 なんだろう、と疑問に思っていると頭頂部に痛みが走った。



「いたっ! え? な、なに?」



 咄嗟にアヤイロちゃんの方を見ると、彼女は満面の笑みこちらを見つめていた。


 右手をかざして指の間を見せてくる。



「白髪あったから抜いてあげたんだよ。ごめんね、痛かったかな?」


「そっか。わざわざありがとう」


「どういたしまして。

 ほら、疲れてるでしょ? マッサージしてあげるから横になって」



 言われるがままに、わたしは布団の上にうつ伏せで寝転がった。


 マッサージか。

 あんまりしてもらったことないから、ちょっとだけ楽しみだな。


 寝落ちしないように気をつけておこう。



「じゃあ……始めるね?」


「うん、ありがとうアヤイロちゃん。お願いするね」



 アヤイロちゃんは、小さな手で背中をほぐしてくれる。


 肩、首、腰、太もも、ふくらはぎと疲労が溜まっているであろう箇所を的確に攻められる。


 十分ほど経過したところで、大きな痛みが太ももの裏に走った。

 つねられているような、そんな衝撃。



「い、痛いよ……ちょ、やめ、やめて!」


「え? 酷いなぁエリゼちゃん。これぐらい我慢してよ。

 せっかくわたしが善意で揉んであげてるのに」


「ぇあ、ご、ごめん!

 思ったより痛くて驚いちゃったかも。

 もうちょっとだけ優しくしてくれると嬉しいな」


「うーん、ちょっと分かんないかも。

 みんなはこれで喜んでくれるんだけどな。

 効果も抜群だって評判だし」


「あ、そうなんだ。ごめんね、我慢するよ」


「うん、分かった。続けるね」



 それから三十分ほど、わたしはアヤイロちゃんによるマッサージを受けた。


 でもやっぱり、針に刺されているような、ちぎられるような痛みは絶えなかった。


 これだけ苦しかったんだから、明日のわたしはすこぶる元気になっているんだろうな。


 楽しみ。





 ☆ 





 翌日の夜更け前。


 部屋で武器の手入れをしていると、アヤイロちゃんにお夕飯が完成したと呼ばれた。


 鋭く継続した痛みを感じ続ける体を動かしながら広間へ向かう。



「ごめんね、エリゼちゃん。

 昨日のマッサージ痛かったかな?」


「全然平気だよ! ちょっとだけ痛いけど、すんごく健康になってるから!」


「そう、それは良かった。じゃあご飯にしようか」


「あれ、わたしとアヤイロちゃんだけ?」


「二人は出かけてるみたいだね。さ、席に着いて」



 テーブルを囲む椅子に座る。

 晴れてしまった太ももの裏側が痛むけど、我慢我慢。



「え?」



 わたしは、つい疑問を漏らしてしまった。


 目を疑ってしまった。


 理解ができなかった。



 テーブルに用意された料理が、わたしの常識を大いに外れていたから。



 土の中にいるような虫。


 家屋に潜んでいるよおうな虫。


 街灯に群がっているような虫。


 虫。


 虫。


 虫。


 わたしの食器にはそれらが盛られていた。


 既に絶命しているのもいたし、まだ細長い四肢や薄っぺらい羽根を動かしているのもいた。



「え、あの……これは?」


「あ? ああ、エリゼちゃんのご飯だよ」


「で、でも、これはちょっと、え? じょ、冗談だよね?」


「冗談じゃないけど?

 ほら、せっかく用意したんだから食べてよ。

 ……そんな顔しないで、虫さんかわいそう。

 エリゼちゃんのご飯になるための命をくれたんだよ?

 食べないなんて言わないよね?」


「あ、あはは、そうだよね。

 分かった、食べるよ。

 今まで食べたことなかったから、ちょっと驚いちゃった」



 アヤイロちゃん、本当に料理をアレンジするのが好きだな。


 ……。


 虫か。

 でも、こういうのを食べてる人もいるって聞くし多分いける。


 別に虫を見るのも触れるのも苦手じゃない。

 何も思わない。


 大丈夫、虫も動物の肉も変わらないよ。


 自分に暗示を掛けながら、皿の上で山になっている茶色の生き物をスプーンですくい上げて、口の中へ運んだ。


 舌の上を転がるそれは、硬くてぬめっとしている。


 噛めない。


 喉が、降りない。


 体が拒絶している。


 気持ち悪い。


 いや、大丈夫、大丈夫。

 これはお肉だから。


 そう思い込んだ瞬間。


 触角が頬の内を這いずった



「おえぇ、ぅああ!!」



 声とは呼べない呻きが肺を駆け上がっていった。

 それと同時に、胃の中の溶液も体を離れる。


 瞑ってしまった目を開けると、びちゃびちゃと音を立てながら、わたしの口から酸っぱいものが吐き出されているのが見えた。


 食器にぶち撒けられたそれを目にしたアヤイロちゃんが、一瞬笑っているように見えたのは気のせいだよね。



「うわっ汚いよ! ほら、早く口に戻してよ! 虫さんかわいそうだよ!」


「ごめんね、アヤイロちゃん。

 せっかく作ってくれたのにもどしちゃった。

 お料理、台無しにしちゃった……。

 食べられなくなっちゃった」



 ご飯を粗末に扱ってしまうことで、安心してしまった。


 最低だ。


 ……。



「……でも今まで色んな魔獣を倒してきたんだよね?

 殺すなら食べてあげないといけない。

 その練習なんだよ、これは。

 だからほら、口にの中に戻して。

 手伝ってあげるから」



 嘘でしょ……?


 でも、アヤイロちゃんの目は本気だった。


 アヤイロちゃんは、わたしが吐いたモノをコップにかき集める。


 ……やだ。


 でも、食べ物を粗末にはしたくないし……どうすればいいの……?



「はい、あーん」



 脈が波打っている。


 脳が逃げたがっている。


 舌が怯えている。


 それでも、わたしは口を開けてしまった。


 ぼやけた視界の端で、アヤイロちゃんがコップを傾けているのが見える。


 そして、それはわたしの口に流れ込んできた。


 気持ち悪い。


 気持ち悪い。


 気持ち悪い。


 喉が焼けるように痛い。


 実際、焼けている。

 溶けている。


 口内に入れられた胃液混じりの虫は、その香りを鼻腔まで届かせた。


 むせる。



「あっ! ぐぅあっ!?」



 内臓が拒絶している。


 そしてまた、わたしの体は体外に押し出そうとお腹の中にある液体を放出した。



「だーめっ」



 アヤイロちゃんは……自分の手をわたしの口の中へ突っ込ませた。


 そして、そのまま食道を上がってきたモノを無理やり押し返す。


 痛い。


 熱い。


 気持ち悪い。


 不快感で染まった意識はそれでもなお、彼女の右手を噛みちぎらないようにと顎を制御することに必死になっていた。


 苦しい。


 早く終わって。


 痛い。


 痛い。


 ……。


 ……。



「これで完食だね!

 良くできました、エリゼちゃん。

 命を無駄にせずに生きるって、こういうことなんだよ?

 ちゃんと覚えた?

 ご褒美に明日は美味しいケーキを買ってきてあげるね」



 アヤイロちゃんは、吐瀉物に塗れた右手を眺めながらそう口にした。



「……うん……ありがとぉ……けほっごほっ」



 呂律も意識も回っていないわたしは、意味も分からずに感謝をしていた。

 





 ☆





 それから一週間後。

 街の南にある山岳地帯で魔獣の駆除を行った帰り道。


 山道を下り平坦な歩道へ戻ってきて数分が経過した頃。


 周囲に獣がいないか注意しながら歩いていると、突然服を捲り上げられ背中に熱を当てられた。



「っつぅ!? え、な、なに……?」



 後ろを振り返ると、にやにやと笑っていメートゥナちゃんがいた。


 その手には、火が消えた煙草が摘まれている。



「おう、わりーな。

 灰皿もねーしポイ捨てでもしようか迷ったんだけどよ、やっぱ自然に悪いと思ってお前で消したわ」



 どういう……こと。


 言葉の意味は分かるけど、行動の意味が分からない。


 なんでそんなことができるの。


 やっぱり、この人だけは苦手だ。



「……携帯用の灰皿プレゼントするから、もうこういうことはやめてね」


「ははっ! 火消させてもらった上に物までくれんのかよっ! 最高だわお前!」



 わたしはただ無心で家を目指した。





 ☆





 その夜。

 わたしはベッドの上で白猫のぬいぐるみ『えるにゃ』と対話していた。


 灯りも点けないで、ただ『えるにゃ』を抱きしめている。



「えるにゃだけだよ。わたしを癒してくれるのは。


『ここから逃げないの、エリゼ?』


「うん、もう逃げちゃだめだから。

 わたしがみんなと仲良くなれば、きっと悪戯もやめてくれると思うし」


『エリゼはえらいね』


「ありがと、えるにゃ」



 突拍子もなく部屋の扉が開けられた。


 灯りが点けられる。


 そこに立っていたのはネイハちゃんと……メートゥナちゃんだった。


 二人の少女が足音を立てながらこちらへ向かっくる。


 ネイハちゃんは、わたしが持っていた『えるにゃ』を引ったくった。



「あ……」


「何これ? ぬいぐるみ?」


「そ、そうだよ。どうかなネイハちゃん、かわいいでしょ?」


「それなりには」


「か、返してくれるかな。その子大事なものだから」



 ネイハちゃんは『えるにゃ』を観察すると、そのままわたしに返してくれる。

 はずだった。



「ネイハ、アタシにもそれ見せろ。ほら、さっさと投げろ」


「はいはい」



 すると、ネイハちゃんは『えるにゃ』をメートゥナちゃんの方へ放り投げた。



「あっ! や、やめて、もっと優しく扱って……」



 さわら、ないで。



「ナイスパスだぜ、ネイハ。

 ふーん、あのエリゼ・グランデがこんな子供じみたモン持ってるとはな」



 えるにゃは力いっぱいに掴まれている。

 武闘家であるメートゥナちゃんが持つ、圧倒的な握力で握られている。


 頭の形が凹んで変形していた。


 やめて。


 わたしの大切な『えるにゃ』をそんな風に扱わないで。


 ……触れるな。



「やめてっ!!」



 ああ、最悪だ。

 やってしまった。


 わたしはこの時、生まれて初めて人に対して怒りを見せてしまった。


 人に怒りをぶつけるなんて、ミュエル様に合わす顔が無い。



「は? 黙れよ。クッソ白けるわ、お前。

 強いからって調子乗ってんじゃねーぞ!!」



 女は『えるにゃ』を勢いよく地面に叩きつけると、部屋のものを蹴り飛ばしながら出ていった。


 中に詰まっているわたがぐちゃぐちゃになってしまった『えるにゃ』を抱える。


 あの女にとっては価値の無い物かもしれないけど、わたしにとってこの子はかけがえのない友達だった。


 分かってる。


 それが異常だってこと。


 でも、わたしは『えるにゃ』にしか本音を吐けないから。

 誰にも吐露できない言葉を伝えることができるのは、この子だけだから。


 苦しい。


 痛い。


 胸が……痛い。



「あぁ……えるにゃ、ごめんね。守ってあげられなくて……ごめんね」



 意味のない言葉だって理解している。


 この子が命を持たないぬいぐるみであることなんて知っている。


 それでも、わたしは謝り続けた。


 ……ネイハちゃんは、目をキョロキョロさせて何かに迷いながらも……女の後を追った。


 なんで、こんなことするの……。





 ☆





 それから数日間は何事もなく時間が進んだ。


 変わったことがあるとすれば、メートゥナちゃんがグループの方へ遊びに行って帰ってこないことぐらい。


 あとは……ネイハちゃんがわたしに対してよそよそしくなってしまった。

 色んなところへ写真を撮りに出掛けたりして、仲良くなれた気がしてたんだけどな。


 時間はそろそろ日付が変わる頃合い。

 ちょうど眠気が出てきたから、もう寝ようかな。


 なんて考えていると、部屋の扉がノックされた。



「……ん……エリゼちゃん、起きてる?」



 訪ねてきたのは、アヤイロちゃんだった。

 彼女は扉を開けると可愛く手招きする。


 釣られるように歩いていくと、心なしか息が荒くなっていることに気付かされた。



「こんな夜中にどうしたの、アヤイロちゃん?」


「ほら、この前の覚えてる? わたしがマッサージしてあげたこと。

 エリゼちゃん痛い痛いっていうから、ちゃんと勉強してきたんだよ?

 だからっ! 今試させてよ! ね? 

 今度はちゃんと気持ちよくしてあげるからさぁ」



 アヤイロちゃんは、どこは興奮気味にそう言った。


 いつもの彼女と少しだけ雰囲気が違っているように見える。



「でも、もうこんな時間だよ? 明日じゃダメかな?」


「はぁ……いいから早く寝てって言ってんだけど。

 それともわたしに触れられるのが嫌なのかな?」


「そういうことじゃないけど……分かったよ、じゃあお願いするね」



 せっかく勉強までしてくれたんだから、それを無下にはできない。



「やった、じゃあ今日はこの部屋で良いよ。ベッドにうつ伏せで寝転がってね」



 促されるままに、わたしは自分のベッドで寝転がる。


 そして、アヤイロちゃんはわたしの腰に跨るように乗った。



「じゃあ……はぁ……始めるね」



 勉強してきたというのは本当らしく、以前のそれと比較して格段に上達していた。


 背中の気持ち良いところを的確に押してくれている。


 声が出そうになるけど、こういうのって抑えた方がいいのかな。


 ……。


 ……どれぐらい経っただろう。


 十分か、三十分か。


 一時間には満たないけど、結構な時間が経過していた。


 気持ち良くて寝ちゃいそう。


 ……だったんだけど。


 アヤイロちゃんのマッサージに異変が起き始めていた。


 わたしの太ももにお腹を擦り付けるように動いている。


 それに、両手で揉んでくれている位置も……際どい。



「ちょ、アヤイロちゃん……そこは必要ないよ……」


「はぁはぁ……ん、何言ってるの?

 ちゃんと全身くまなくほぐさないと意味ないでしょ?」


「で、でもっ!!」


「恥ずかしがる必要なんてないよ。これは真面目な治療なんだから。

 それともエリゼちゃん、変な勘違いしてるのかなぁ?

 例えば、えっちな妄想してるとか?

 あはは! 大丈夫だよ!

 わたし、別にエリゼちゃんで興奮しないし」



 言葉の割には、ふぅー! ふぅー! と荒い吐息が聞こえる。


 ……。


 ……アヤイロちゃんが何をしようとしているのか、なんとなく分かってしまった。


 ……。



「……ふぅ、ほら、手どけてよ。隠さないで。

 ここが一番溜まりやすいんだから」



 ……。



「アヤイロちゃん……もういいよ。

 お願いだから、考え直して。

 わたし達……そういう仲じゃないから」


「っ……! は、はぁ!? 何考えてるのエリゼちゃん!

 ありえない……ありえないから!

 気持ち悪い、気持ち悪い!

 最っ悪!

 せっかくエリゼちゃんのためを思って気持ちよくしてあげようと思ってたのに。

 そんなこと言われるなんて心外すぎるよ!!」



 そう叫ぶように言うと、アヤイロちゃんは早足で部屋を出ていった。


 ……。


 わたし、みんなに嫌われちゃったのかな。


 どうしてだろ。

 そう考えれば色々と心当たりが湧き上がってくる。


 討伐の時にでしゃばりすぎたのがいけなかったのかな。

 依頼達成の報告を率先していたのも、手柄を独占しているみたいに見えるかも。


 アヤイロちゃんのこと、拒絶しなければよかったのかな。

 でも、初めてはミュエル様に……。


 ……。


 ああ、わたし。

 間違えちゃったんだ。


 どれかは分かんない。

 それもいけないんだろうな。


 頑張って許してもらわないと。


 みんなとは仲良くしたいから。


 でも今日はおやすみ。


 また明日……。

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