第97話 エリゼ・グランデです! よろしくお願いしまーっす!

 過去のエリゼ視点



 街外れにある倉庫のような建物。


 周りには何もなく、雑草の生えた大地が広がっているだけ。


 広大な空き地にポツンと建てられたそこが、今日からわたしの拠点となる場所だった。


 わたしの前を歩くクリーム色の髪をした小柄な少女。


 荷物を抱えながら、その小さな背中を追う。


 新しい生活に対する不安とか、どんな人達と一緒に活動できるのか楽しみだとか。

 胸の内側はそんな色々な感情が入り混じっていた。



「こんな辺境の地だけど大丈夫かな?」


「あはは! 辺境は言い過ぎだよ!

 街まで歩いて一時間も掛からないし、走れば数分だし!」


「いやいや、走って数分はエリゼちゃんだけだよ」


「アヤイロちゃんと出かける時はおんぶしてあげる」


「えー、乗り心地悪そうだなぁ」



 アヤイロ・エレジーショート。

 小柄で誰にでも好かれそうな可愛い系の女の子。


 そして、この『クラウン』というパーティにわたしを誘ってくれた人。


 『クラウン』には、アヤイロちゃん意外に二人の女の子が在籍しているらしい。


 アヤイロちゃんはこのパーティのリーダーで、魔術師でもある。


 残りの二人は、武闘家と治癒術師。

 そして、わたしが剣士。


 前衛二人と後衛二人ということで、役職のバランスは良いと思う。


 全員前衛の根性パーティよりは全然マシだ。


 そうこう考えているうちに、倉庫の前に到着した。


 遠くで見るとそうでもなかったけど、こう間近で目にするとその大きさに圧倒される。


 でも、どこから見ても倉庫は倉庫だった。



「さ、どうぞどうぞ」



 アヤイロちゃんは建物の入り口に入ると、こちらへ可愛く手招きしてくれている。


 あざと可愛い。


 わたしもこんな風に可愛くなれれば、ミュエル様を振り向かせられるのかな、なんて。


 妄想を膨らませながら玄関部分に当たる入り口に進む。



「エリゼ・グランデです! よろしくお願いしまーっす!」



 と、元気一杯の声で挨拶をしたんだけど、中には女の子が一人いるだけだった。


 オレンジ色の髪の毛をしたその女の子は驚いた顔でこちらを見ている。


 ちょっと気合入れ過ぎたかも。



「うそうそうそ!! 『シャイニーハニー』のエリゼ!?

 こんな有名人スカウトするなんてヤバすぎでしょ!!

 アヤイロすっごいよあんた!!」



 ソファでくつろいでいた女の子はアヤイロちゃんに駆け寄ると、興奮しながら肩をゆさゆさと揺らしていた。



「偶然だよ偶然。

 ギルドでお話ししてたら意気投合してそのまま誘っちゃった」


「やっばいよそれ!! 偶然超えて奇跡じゃん!」



 女の子はわたしとの出会いをとても良いものだと捉えてくれている。

 ちょっと大袈裟だと思うけど。


 彼女の期待に応えないといけないな。


 それにしても。



「わたしってそんなに有名なのかな?」


「多分、ギルドの上位目指している人間ならみんな知ってると思うよ。

 それで、えーっと、メートゥナは……。

 んー、本当はもう一人いるんだけど今日はいないみたい」


「お仕事?」


「ううん、その子はこのパーティだけじゃなくて、外でグループ作って楽しいことしてるみたいだからちょっと忙しいんだ」


「えっと、爆音の音楽流して夜通し遊ぶみたいな?」


「ちょっと偏見が強めかなぁ……だけど、概ねそんな感じかも。

 その子の名前はメートゥナちゃんって言うんだ。

 今言った通り、『スルト』っていうグループを作って人と群れてて、とにかく楽しいことが好きな女の子だよ」



 ちょっとだけ棘のある言い方に聞こえるけど、気のせいかな。


 思い過ごしであって欲しかったんだけど、その不安を裏付けるようにオレンジ髪の女の子は荒々しく口にした。



「でもあいつめっちゃ馬鹿だよ。

 エリゼ、メートゥナのこと見たら幻滅するかもね。

 あ、呼び捨てで良いよね?」



 そんなにヤバい人なのか。


 ちょっとだけ不安かも。



「全然良いよ。あの、わたしはどう呼べばいいかな」


「ネイハでいいよ」


「ネイハちゃん! これからよろしく!」


「よろしくよろしく〜。

 あ、写真撮らね? 友達に自慢したいし」


「え〜、わたしなんかで自慢になるかな?」


「良いから良いから、ほら、ポーズ取って」



 ネイハちゃんは強引に迫ってくると、首から紐でさげていた古めかしいカメラを掲げて、レンズをこちらに向けてきた。


 ポーズって、何すればいいんだろ。


 写真なんて滅多に撮らないから分かんないよ。


 とりあえず、笑顔でピースサイン。

 これ鉄板でしょ。


 抱えていた荷物を床に置いて、わたしは満面の笑みを浮かべた。


 カシャっという音が鳴ると、ネイハちゃんはカメラを下ろす。



「これ、ママから貰った魔道具なんだ。ウチのお宝ね。

 見た目は古いけど、画面に写真のデータが表示されるぐらいにはハイテクなんだから。

 えーっと、今撮った写真は……え、嘘……エリゼヤバすぎっしょ」



 カメラの画面には、可愛くウインクしているネイハちゃんと……。

 こちらを睨みつけるような半目でピースサインをしている気持ちの悪い女がいた。


 え、これわたしなの。


 作り笑顔が壊滅的に下手すぎる。



「ご、ごめん。わたし、写真撮られるの下手くそかも」


「最悪……今度自撮りのテク叩き込むから覚悟しとけよな」



 ネイハちゃんは露骨に不機嫌になると、くつろいでいたソファへ戻っていった。


 笑顔の練習しとかないと……。



「あ〜……気にしないでいいよエリゼちゃん。

 ネイハって自己中で小心者で流されやすいんだ。

 だから、あんな子のために落ち込まないでいいよ。

 ま、一時間もすれば気を取り直してると思うし。

 ほら、ついてきて。

 エリゼちゃんの部屋案内するから」



 やっぱりアヤイロちゃん、優しそうに見えて結構毒舌な女の子だ。

 怒らせないように注意しとかないとな。


 床に置いた荷物を拾い上げて、彼女の後ろを再び追い始める。


 倉庫の中は倉庫らしく開放的な空間が広がっていた。


 基本的に屋内は大きな一つの空間なんだけど、奥の方にはいくつか増設された壁があって、それに仕切られた個室が設けられているみたい。


 その内の一つに案内してもらった。



「ここがエリゼちゃんの部屋ね」


「わ! 広い!」



 立方体でシンプルな空間。


 室内にはベッドやテーブルが置かれている。


 それでもなお、まだ余白が空いていた。


 正直、わたしは持て余しそうな予感しかしていない。

 前の拠点から持ってきたごく僅かな荷物を広げても、有り余るぐらいに広いから。



「自由に使って良いよ。

 それじゃあわたしは広間でいるから、模様替えが終わったらこっちにきてね。

 みんなでお夕飯食べたいから」


「やった! お腹空いてるからさっさと終わらせちゃうね!」


「今から作り始めるからゆっくりでいいよ。じゃあまた後で」



 アヤイロちゃん出ていってから数十分で部屋のレイアウトは完成した。


 といっても、荷物は剣と服、化粧道具一式と『えるにゃ』ぐらいなんだけど。


 何もすることがなくなったので、ベッドに寝転がって白猫のぬいぐるみ『えるにゃ』を手に取る。



『二人とも良い人みたいで良かったね、エリゼ』


「うん。アヤイロちゃんは頭も良さそうだし優しいし頼りになる人だよ。

 ネイハちゃんは、ちょっと自分勝手なところもあるけど、仲良くなれたら楽しそうだな」


『そうだね。写真の撮り方でも教わってみたらどうかな?』


「いいね、それ。絶対楽しいよ」



 人形遊び。

 いつまでやめられないそれだったけど、最近はもう開き直って恥ずかしげもなく浸っている。


 誰も見ていない場所なら、別にわたしが何をしていたってかまわないし。


 わたしはこの子猫のぬいぐるみ『えるにゃ』に自分を宿して対話し続ける。

 まるで、もう一人の自分と対話しているみたいに。


 料理が出来上がるまでの時間をこうして潰した。


 頃合いを見計らって広間へ戻ると、大きなテーブルの上に料理がたくさん置かれていた。


 その周りに二人が座っているんだけど、様子がおかしい。


 アヤイロちゃんは満足げに笑っていて、ネイハちゃんは……苦笑いを浮かべている。


 ……まさか、ね。


 疑心に塗れた視線で改めて料理を見る。


 特に変わっている箇所は見られないけど、やけに甘ったるい香りがする。

 デザート系の料理は用意されていないのに。


 アヤイロちゃんはわたしに着席を促すと、ドヤ顔混じりの笑顔で言葉にした。



「今夜のご馳走はアレンジ加えてみたんだ。

 バニラカレー、ブルーベリーとりんごの果汁入りチーズフォンデュ、フルーツピザ、トマトマンゴーパスタ!」



 嘘でしょ……。


 なんでおかずと甘いものを混ぜてるんだ、この子。


 ゆっくりとネイハちゃんの方を見ると、その顔には「何も言うな」という意思表示が表れていた。


 ……もしかすると、おいしいかもしれない。

 なんだか分からないけど、名前だけ聞くと美味しそうな組み合わせだし。



「じゃあ食べよっか!」



 元気に満ち溢れた掛け声を合図に、わたし達は食事を始めた。


 ……。


 料理できないのに、なんで変なアレンジしちゃうんだろ……。


 ……フルーツピザは美味でした。





 ☆





 それから数日後。


 倉庫のような拠点に水色の髪をした褐色の少女が訪れた。


 歩き方、服装、雰囲気、全てにおいて……良くない感じの女の子だった。


 わたしとは正反対の人種。

 人を傷つけることに躊躇をせず、簡単に悪事を働いてしまうような人。


 そして、この第一印象は最後まで覆されることはなかった。


 彼女のことは一度も好きになれなかった。



「よぉ、久しぶり……ってマジでエリゼ・グランデがいるじゃねぇか」


「初めまして、エリゼ・グランデです! よろしく!」


「おう! アタシはメートゥナ。

 んー、まあ顔は及第点ってとこか。

 体は……ちょっと硬そうだな……アタシはいらねぇかな」


「え? えーっと、どういうこと?」



 いや、なんとなく意味は分かるけど……。

 そんなこと、初対面の相手に向かって言葉にするかな。


 ……苦手だ。


 ううん、そんな弱気じゃ駄目だ。

 これから一緒にギルドの活動をしていけば、きっと仲良くなれるはずだから。



「エリゼちゃん、今のは聞き流しといてね。

 メートゥナもキモいこと言わないで。キモいから」


「あーはいはい。悪かったよ」



 そう言うと、メートゥナちゃんは倉庫の奥にある自室へ入っていった。


 もうちょっとだけ話したかったような、これで良かったような。

 複雑な気持ちだ。



「ね? 幻滅したっしょ?」



 ネイハちゃんはキラキラした目でそう聞いてきた。



「まぁ、ちょっとだけ」



 グループを作って人を集めるぐらいだから、もっとカリスマ性のある女の子だと思ってたんだけどな。


 ……もしかして、その『スルト』ってグループも危険な集まりだったりして。


 憶測だけで怖いことを考えるのはやめよう。


 このパーティに誘ってくれたアヤイロちゃんに悪いし。


 ……。


 それから一ヶ月ぐらいはネイハちゃんとは色々写真を撮ったり、綺麗な景色が見える場所を巡ったりした訳なんだけど。


 まぁ、ここで終わりかな。


 楽しかったような思い出は……ここまで。



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