第90話 わたしはまた、彼女達から逃げ出した
エリゼ視点
坂の上で立っていたのは、かつての仲間で……わたしの幼馴染の一人。
みゅんみゅんに負けず劣らずの高身長。
鋭い目つきは生まれつきのもので、明るい茶髪の先端は金色に染められている。
一目見ただけで彼女が不良少女だと判別できてしまうほど容姿に個性が溢れていた。
「シャウラ……ちゃん……?」
炎天の青空の下に、長身の彼女は映えていた。
欠損した部位の先端には白い包帯が巻かれていて痛々しいのに、それすらも芸術に感じてしまう。
だけど、どこまでも不良だった君なのに内面からはその要素が感じられない。
まるで、他人の魂が入り込んでいる様な違和感が感じられる。
いや、実際そうなのかもしれない。
彼女との距離を詰めるために坂の上まで登った。
「ううん……今は私がカトレアだよ」
「あ、え? あ、そっか……そうだよね。ごめん」
「気にしなくていいよ。久しぶりに会ったんだから、仕方ないよ」
カトレアちゃん。
彼女はもう一人の幼馴染で、清楚の語源と言ってもいいほど育ちが良い少女。
そうだ、そうだった。
あの日の呪いのせいで、二人の体は入れ替わってるんだ。
わたしが……頼りなかったせいで……。
わたしがしっかりしていれば、彼女の手足も失わずに済んだのに。
……。
「あの、そちらのメイドさんは……?」
落ち込みかけているわたしとは裏腹に、カトレアちゃんは片方しか見えないその目を細めて楽しそうに言葉を口にしていた。
「初めまして、私はすいーとふらわーみゅんみゅん。ご主人様に仕えている使用人だ」
「えっと、あの……ミュエルさんですよね? 聖騎士のミュエル・ドットハグラさん」
「……すいーとふらわーみゅんみゅん」
わたしのメイドはむすっとした表情で芸名を呟く。
かわいい。
「あ、す、すみません! 無粋でしたね……」
「構わない。貴女はご主人様の友人なのか?」
「私はカトレア・ルナディスティニー、エリゼちゃんとは幼馴染なんです」
「カトレアか……それに幼馴染……」
「あ、あれ? どうかされましたか?」
「いや、こちらの問題だ。気にしないでくれ」
二人は会話を弾ませている。
このまま仲良くなってくれると嬉しいな。
そう思っているのに、息が詰まる。
カトレアちゃんが過去のわたしについて話し出すんじゃないかって、焦り始めている。
みゅんみゅんがわたしの過去を聞いちゃうんじゃないかって、恐れ始めている。
せっかくの再会だというのに、最低なわたしは喜べずにいた。
「エリゼちゃんは、まだギルドで働いているの?」
「ううん、もうやめたよ。わたし、戦うのに疲れちゃったから。
それにミュエルさんを心配させちゃうしね」
「そっか、そっか……! ふふ、良かった。
エリゼちゃんを抱きしめてあげたいよ、お疲れ様って」
その体では誰かを抱きしめることは難しいだろう。
それなのに、カトレアちゃんは嬉しそうに微笑んでいた。
健気過ぎるその表情に胸が痛くなる。
彼女はわたしがギルドで活動することに懸念を抱いていた。
だから、この状況を喜んでいるんだと思う。
戦わないと言っておきながら、テンペストを抜けてから何回かは剣を握ってしまったけどね。
「ごめんね、心配させちゃってたね」
「うん、すっごく心配してたよ。
でもそっかぁ。やっぱりミュエルさんだったんだ……。
エリゼちゃんを止めてくれるのは、ミュエルさんしかいないと思ってました」
「会ったこともない私を信頼しすぎじゃないか?」
「だってエリゼちゃん、あなたを見て剣士を目指し始めたんですよ。
だから……危ない夢を止めるのもミュエルさんしかいないかなって」
「ちょっ、ちょっと!? その話はいいよ!!
ミュエルさんも問い詰めないでね!? またいつか話すから!!」
この話題は危険すぎる。
わたしがみゅんみゅんの追っかけをしていたことがバレる最悪な事態は防がないと。
「ご主人様は私を見て剣を手にしたのか。初耳だ。
とても嬉しいけど、危ないことはしてほしくない……なんだか複雑な気持ちだな」
「ああもう! カトレアちゃんが変なこと言うからミュエルさん困っちゃったじゃん!」
「あ……ごめんね。てっきりエリゼちゃんが話してると思ってたから」
ストーカー紛いのことしてました、なんて正直に話せないよ。
聖騎士ミュエルのファンだったことを言っても、今のみゅんみゅんは喜べないだろうし。
そうこうしていると、カトレアちゃんの後ろから少女が迫って来ているのが見えた。
清楚感満載で少女のような見た目をしている小柄な子が近づいてくる。
ロングストレートの黒い髪で毛先は赤みがかっている。
小柄なお姫様のような少女は、亀の様にゆっくりと歩いて来た。
老人並みの歩幅で進む姿は、まるで彼女だけが早すぎる時間に置いてけぼりにされている様。
「カトレア、一人で先行くなっつってんだろ」
小柄で清楚なその少女は、絶対にその口から出してはいけない言葉を発していた。
「ごめんね、シャウラちゃん。なんだか走りたくなっちゃって」
「はぁ……ったく。それはオレの体なんだから、無茶してんじゃねぇよ」
荒々しくも、愛情と友情を感じる口ぶりで言い聞かす彼女をわたしは知っている。
「シャウラちゃん……?」
「あ? っておいおい、エリゼじゃねぇか。
あー、なんつーか、待ち侘びた再会ってのも案外呆気ないもんだな、ははは!」
外見はカトレアちゃんのものだけど、中身はしっかりとシャウラちゃんだった。
彼女もわたしを優しく受け入れてくれている。
「うん、久しぶりだね」
汗が止まらない。
きっと、気温が高いせいだ。
「貴女は、いつかの日の。その節は協力協力至極助かった」
「え、ミュエルさんシャウラちゃんのこと知ってるの?」
「ああ、ご主人様が遺跡に行った日に一度だけ話を聞かせてもらったんだ。
そう言えば、メイドらしい話し方をしろって怒られたな」
言われてみれば、みゅんみゅんって全然メイドらしい言葉使いじゃないな。
聖騎士の印象が強すぎて気にならなかったけど、他人からすると歪に見えちゃうのか。
「ってなると、探してた女ってのはエリゼだったワケか。
エリゼ、あんまメイドを困らしてんじゃねぇぞ」
「うっ、耳が痛い」
「それにしても……なかなか記憶力キマってんな、このメイド」
「顔を覚えるのは得意だから……です。えっと、貴女もご主人様の幼馴染なの、ですか?」
「まぁな。オレの名前はシャウラ・カレンミーティア。
よろしく頼む、ミュエル・ドットハグラ」
「……すいーとふらわーみゅんみゅんだが?」
わたしの幼馴染二人揃ってしまった。
初めてパーティを組んだ二人がそこにいる。
二人は、わたしのことどう思ってるのかな。
この最低な女のことを……。
あなた達から逃げ出したエリゼ・グランデのことを、どう思ってるの。
どうして、昔と同じ様にお話してくれるの。
なんで、そんなに優しいの。
わたしは……傷だらけのあなた達を置いて一人で逃げ出した屑なのに。
忘れていた記憶の扉が開かれ始めている。
いや、違うか。
封じていた記憶が溢れ始めた、の方が正しいのかも。
幼馴染と一緒にパーティを組んでいた日々が脳を貪る。
夏の暑さも忘れるぐらいに意識が乱れてきた。
世界から色が消えていく。
「カトレアちゃんは、まだ治らないんだね……その傷」
「うん……治らないよ。ずっとね」
そっか。
やっぱり、もう治らないんだ。
それなのにわたしは聞いてしまった。
配慮の欠けた質問を投げてしまった。
カトレアちゃんが失ったその肉体はもう戻らないって、知っていたはずなのに。
もしかしたら、なんて希望を持ってしまった。
カトレアちゃんと向き合うことから逃げ出したわたしが、何を言っているんだって感じだよね。
ほんと、もっと掛ける言葉ならあったろうに、どうしてこんな言葉を口にしちゃったんだろう。
「……聖女に頼めば治せるかもしれない」
多分、みゅんみゅんはその言葉に意味が無いことを理解していた。
だって、それは大怪我をした人がまず初めに思い浮かべることだから。
二人がその可能性を考えていないはずがないから。
「聖女様には見せらんねぇんだ。
カトレアのそれは、強力な呪いでできた不治の傷。
傷跡は塞がってすらねぇ。まぁ、だから……切断面は全部凍らせてる。
そんで、聖女様でもこの呪いは解けねぇ。
そんな傷をあのお人好しが目にすれば、全部ほっぽりだして解呪に勤しむだろうな。
だから、見せらんねぇ。
オレらのために多くの人間を疎かにして欲しくねぇからな」
「……そうか」
みゅんみゅんは悲しそうに呟いた。
「カトレアの呪いは簡単に解けねぇ。
ま、そんな訳だからテメェも気にすんな。
それに、オレらはもうこの生活に慣れてる。
案外普通に生活できるし、楽しく暮らせてるぜ」
……それは大きすぎる嘘だ。
呪いを受ける以前に比べれば微塵も楽しくないはずだから。
不治の傷は……傷が塞がらないその呪いは今もカトレアちゃんへ激痛を走らせているはずだから。
それに、呪いを受けているのはシャウラちゃんもでしょ。
それなのに、どうしてそんな風に笑っていられるの。
そんな二人から逃げ出したわたしに対して、なんで微笑みかけられるの。
吐きそう。
わたしが、弱かったせいで二人はこうなっている。
わたしがもっと強かったらこんなことにはなっていないのに。
……。
……もう、これ以上、ここにいられない。
「……じゃあ、わたしは行くね」
それだけ残して、わたしは二人から離れた。
みゅんみゅんの驚いた顔が見える。
ごめんね、せっかくあなたにわたしの友達を会わせることができたのに。
またわたしは、彼女達から逃げてしまった。
「え、え? もう行っちゃうの?
あ、え、ええと……私とシャウラちゃん、この辺りに住んでるから。
だからまた会いに来てねっ!」
「じゃあな、エリゼ。今度は涼しい場所で会おうぜ。
今日は……ちょっと暑すぎだ」
後ろから二人の言葉が聞こえた。
その優しさで、最低なわたしは痛みを感じる。
もうやめて。
これ以上、優しくしないで……。
「ほらメイド、さっさと主人を追いかけろよ。今はテメェがあいつの支えなんだから」
「あ、ああ。カトレア、シャウラ、今度はご主人様の話を聞かせてくれ……聞かせてください。
では、さようなら。また会いましょう」
背中の方から、メイドの足音が近づいてくる。
周りは住宅街で、目の前には屋敷に続く林道がある。
二人はこんな近くに住んでいたんだ。
幼馴染だっていうのに、全然知らなかった。
……当然か、わたしは連絡手段すら残さずに二人の元を去ったんだから。
二人にはいつでも会いに行ける。
だから、今は話さなくてもいい。
またいつか、機会が訪れるのを待とう。
今日は……ちょっとだけ疲れた。
でも、良かった。
再会したのがあの二人で……。
二つ目のパーティじゃなくて……よかった……。
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