第89話 再開は呆気なく
エリゼ視点
ブティックで買い物を済ませた後、わたし達は近くにあったレストランに入ってご飯を食べていた。
大通りの端の方に建っているこじんまりしたお店。
特に有名とかではないけど、今日はなんとなく立ち寄ってみた。
店内は木造で、テーブルやチェアの素材は明るめの木で統一されている。
日差しが当たる窓際の席に案内され、しばらくすると注文したメニューが運ばれてきた。
トマトのパスタとイチゴの代わりにぶどうが入っているケーキがワンホール。
ぶどうのケーキなんて初めて見たかも。
わたしがパスタちまちま食べている間に、みゅんみゅんはケーキをワンホール平らげていた。
「お腹壊れたりしないの?」
「八台目ぐらいから壊れ始める」
「大食い大会宇宙編?」
ていうかケーキって台で数えるんだ。
と、こんな風に変なお喋りをしているのはわたしとみゅんみゅんだけだった。
お店の中には、わたし達以外に四組ぐらいのお客さんが来ている。
客入りが少ないせいか他人の会話が耳についた。
『出たらしいですよ、南の方でドラゴンが。避難の準備とかした方がいいのかな』
『騎士団に任せとけばいいよ。多分なんとかなると思うし。
ま、ちょっとだけ怖いけどね』
……。
『あの子、もう二週間も帰ってないみたいね。家出でもしちゃったのかな』
『あー……あのお嬢さんね。悪い噂されてるみたいだよ。
ほら、あの不気味な組織に入り浸ってるみたいな』
『なんだっけ、えっと、たしか……スルトみたいなグループだっけ?』
他人任せとゴシップ。
疲れる話題だな。
こんな暗い話を聞かせられると、こっちまで思考が持っていかれる。
……口に含んだトマトパスタ、美味しくはなかった。
味を感じられない食事にはもう慣れたんだ。
わたしにとっての食事は、生きるための栄養補給へ形骸化してしまった。
今のわたしから出てくる『美味しい』という言葉に意味はない。
ただ、みゅんみゅんと時間を共有したいから……彼女を悲しませたくないから幸せなふりをしている。
もしもこの嘘がばれてしまったら、みゅんみゅんはどう思うのかな。
幻滅されるだろうか、傷付けてしまうだろうか。
……そうさせないためにも、わたしはこの嘘を貫き通さなければ。
わたしは嘘を吐くのが、少しだけ得意だから。
☆
そして、お昼ご飯を済ませたわたし達は帰路についていた。
人が行き交う大通りを歩く。
そういえば、レストランにいた客が何か物騒な喋っていた気がする。
たしか、南の山脈の方で魔獣が暴れているとかなんとか。
そいつは単体で天災に近い災害を巻き起こしてしまう厄介な種族。
この世界でその名前を知らない間抜けはいないかもね。
「ねぇみゅんみゅん、南の方でドラゴン出たっぽいね」
「店の中でそんな話をしていたな。
今の騎士団なら難無く討伐できるだろうから、心配する必要ないと思う」
「みゅんみゅんがそういうなら安心できるよ。
なんだかんだ言って、新しい団長さんも強そうだしね」
「ああ、フルーリエは強い。だから……私より上手くやってくれるはずだ」
「ううん、みゅんみゅんも凄かったよ。きっと……」
ドラゴンなんか簡単に倒せるよ、と言いかけた口を咄嗟に閉じる。
みゅんみゅんに殺しの褒め禁句だ。
話題を変えないと。
「え、えっと……ナルルカさんってどんな人だったの?」
ちょっと強引過ぎる話題の曲がり方だったかも。
ナルルカ・シュプレヒコール。
かつてのみゅんみゅん……聖騎士ミュエルの背中を預かっていた女。
そして、彼女の最後の魔力は『奇跡』という腕輪を通してわたしの中に眠っている。
もしかすると、その魔力はどこかで発散しているかもしれないけど。
「ナルルカか、彼女はどこまでも自由を求める女だった。
一言で表すなら、やっぱりギャル……かな」
やっぱりギャルなんだ。
わたしの記憶にいるナルルカさんは、まさにみゅんみゅんの言った通りの人だった。
桃色の奇抜な髪色で、自由奔放な性格。
彼女を見た誰もがギャルだと認識していたと思う。
そんな騎士がいていいのかよって、みんな思ってたんだ。
でも、彼女はしっかり騎士だった。
いつかの夢で出会った彼女は銀髪だったわけで、髪を染めていたことが発覚したんだっけ。
「あとは……不死身だと思っていた、死ぬまでは。
彼女は過去を召喚する力を持っていたんだ。
だから、大怪我をしても五体満足の肉体をその身に上書きして、一秒先には全快していた。
ははっ、改めて思うと……強すぎだな、あいつ」
みゅんみゅんは懐かしむ様に答えてくれた。
悲しませるかもしれない、なんて思っちゃったけど、彼女はかつての仲間の死を乗り越えていた。
だから、微笑みを見せてくれた。
「見たかったなぁ、ナルルカさんが即復活するところ」
「多分、ナルルカのそれを目にすると彼女をギャルとして認識できなくなると思う」
「え、じゃあ何になるの?」
「不死身のギャル」
「ギャルじゃん」
「ふふっ、でも、瞬く間に瀕死の体が全快するのは本当に気持ち悪かった。
後輩の騎士の中には吐いてる子もいたぐらい」
そこまで言われると余計に気になってくる。
こんなことなら、騎士団にでも入っておけば良かったな。
でも、騎士を目指してたらみゅんみゅんとの出会いも無かったわけで。
難しいな、生きるのって。
みゅんみゅんのお話を聞いていると、あっという間に屋敷の近くまで戻って来ていた。
周りは閑静な住宅街。
目の前には長い長い上り坂。
この坂道を上り切った林の向こうがわたし達の帰る場所。
二人だけの世界。
坂道を登っていく。
それにしても……。
「あっつぅ〜」
「ああ、ちょっと暑いな」
暑い。
暑すぎる。
時刻は真昼間、気温は絶頂期を迎えていた。
夏の終わりにしてはちょっとだけ暑過ぎるかも。
隣を見ると、メイドのおでこから汗が落ちていた。
わたしもみゅんみゅんも、ずっと長袖の衣服を身に付けている。
二人とも露出を好まないから。
こんなことなら、冷気を纏う術式を掛けてくれば良かった。
セミの鳴き声がうるさい。
道路上の空間がめらめらと歪んでいる気がする。
蜃気楼ってやつかな。
汗がとまならない。
秋の直前とは思えない。
頂上まであと少しというところで、わたしの目にそれが映り込んだ。
坂の上に、女の子がいた。
少女は松葉杖をついている、
右の上腕から下が存在していない。
左膝から下が存在していない。
右目は眼帯で覆われている。
わたしはその人を知っている。
忘れちゃいけない人。
初めて組んだパーティで一緒に戦っていた、あの人。
女の子は、坂を登っているわたしに気付いて立ち止まった。
ゆっくりとこちらへ振り返って、首をかしげる。
「エリゼちゃん……?」
満身創痍に見える彼女は、まだわたしのことを覚えてくれていた。
眩しい……そして、暑い……。
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