第78話 ぶっ飛ばしてあげる

  エリゼ視点




 ひどく落ち着いていて、ひどく興奮している。


 高級宿屋『クレシェンド』。

 とあるパーティが貸し切っている上層階。


 その廊下を歩くと、一際大きな部屋がある。


 そこは、かつてのわたしも利用していた団欒室。


 濡れた傘を握りながら、その部屋の前まで歩く。


 両開きの扉を開ける。


 そこにはテンペストが勢揃いしていた。


 弓兵のメイリーちゃん。


 武闘家のラスカちゃん。


 わたしの知らない魔術師っぽい女性。


 そして、アランがいて、セレナちゃんがいた。


 アランを殴り飛ばしてやろうか。

 部屋の中で暴れてやろうか。


 物騒な思考が頭を支配しかけていたけど、やめた。


 心優しき聖女様の顔を見て、ただ一言。



「セレナちゃん、帰ろっか」



 この一言で全部解決してくれるといいな、なんて甘く見過ぎか。


 わたしの言葉を聞いたセレナちゃんは嬉しそうに頷きかけるけど、どこか申し訳なさそうで、やっぱり簡単にはこっちに来てくれなさそうで。


 だったら、わたしがしなくちゃいけないのは、目の前にいる勘違い女を改めさせることだ。



「エリゼ、挨拶も無しに無茶なことを言うじゃないか。

 セレナは今、自分の意思でここにいるんだ。帰る場所はここさ」



 久しぶりに対面した綺麗な顔の女は、淡々とそう語った。

 でも、その内側はわたしには酷く荒れているように見える。


 そして、剣が納められた鞘を装備しているのはそういうことだろうか。


 わたしと戦う気があると、そう受け取っていいんだよね。



「どうだって良いよ、そんなの。

 アランも無茶言ってセレナちゃんをここへ呼んだんでしょ?

 わたしもその無茶を通すだけ」


「無茶? あはは、面白いことを言うね。

 僕はセレナに対して正式なお願いをしたまでだよ」



 さすが、口論はお手のものだね。

 わたし程度の頭脳じゃ、正攻法でアランを諭すのは難しいかも。



「正式……? あんな腐りきったお願いを正式だって言うの?

 メイリー、ラスカ、あんた達はこの女をまだ肯定してるわけ?」



 苛立つリューカちゃんは、ソファに座ってわたしとアランの言い合いを見ていた二人に声を掛けた。



「……うちは、この件に関してはノータッチでありたいんだけど、そうもいかないよね。

 だから言わせてもらうよ。アラン様は間違ってると思う」



 メイリーちゃんははっきりそう口にした。

 マイペースな女の子だと思っていたけど、芯が通っていてとても素直な感性を持っているみたい。



「私も、メイリーに同意。ごめんねアラン様」



 ラスカちゃんも、アランを悲しげに見つめながら否定を言葉にした。


 ただ、リューカちゃんは少しだけ戸惑っているみたいだ。


 この二人はアランを全肯定する人形だと思っていたんだろうね。


 けど、違うんだ。


 アランは都合の良い人形を愛する凡人じゃない。

 自分を一人の人間として対等に扱ってくれる上で、自分より弱い女を愛する狂人だ。



「ふ、二人とも!? なんで、そんなこと言うの?

 アラン様のこと嫌いになっちゃったの?

 お姉さんは、アラン様を支持するからね」


「誰よ、あんた」



 三つ編みの魔術師っぽい女性に向かって、リューカちゃんは辛辣に返す。

 多分、リューカちゃんが抜けた後に加入した魔術師だと思うよ。


 もやもや気味の彼女は、わたしの隣へ並ぶとしっかりとアランを捉えた。



「アラン、あんたの恋人二人はこの状況を否定してるわよ。

 それでもまだ続ける気かしら?」


「続けるも何も、僕とセレナは永遠だよ。

 それに、メイリーとラスカもいずれ僕の考えを理解してくれるはずだ」


「こんのっ!! あんた、まだそんなことが言えんの!?

 燃やしてやる! 凍らしてやる! 感電させて串刺しにして丸めて潰してやる!!」



 狂犬のように牙を剥き出しにしたリューカちゃんは、漆黒の杖を握りしめて今にも飛び出してしまいそうになっている。



「リューカちゃん、わたしに任せて。

 鬱憤ならすぐに晴らせるようにするから、だから、今はわたしに任せてよ」


「なっ!?……はぁ、分かったわよ」



 今、リューカちゃんをアランに近づけるわけにはいかない。


 剣士と魔術師、この近距離でどちらが有利かと聞かれればそれは前者だ。


 アランの速度に、リューカちゃんは追いつけない。


 そもそも、この部屋に居る人間でアランを捉えることができるのは、わたしとみゅんみゅんぐらい。

 辛うじて武闘家のラスカちゃんが反応できるかどうか。


 そんな人間離れしたアランの瞳は今、光を宿していない。

 冷静に振る舞っているように見えて、焦りと何か別の重い感情が見え隠れしている。


 リューカちゃんを今止めていなかったら、もしかするとアランに斬られていたかもしれないな。


 流石にそれは無いと思いたいけど。


 ……。


 さぁ、続けようか。


 お前の本音と本性を暴く尋問を。



「ほんと上手にやったよ、アラン。

 聖女の特性を利用してセレナちゃんを縛り付けるなんて」


「縛り付けるなんて言わないでくれよ。

 さっきも言った通り、セレナは自分の意思でここにいるんだ。

 そこは誤解しないでほしいな」


「そう仕向けたんでしょ、アランが。

 屁理屈捏ねて無理やりこんなやらしいとこまで連れてきて……。

 セレナちゃんの気持ちを考えずに、彼女をただ独占したいだけでしょ」


「なら、教会はどうだい?

 奴らこそセレナをいいように扱っているじゃないか。

 自分達が抱えきれない重症患者を迎え入れては、その全てをセレナに押し付けている。

 それこそ聖女を縛り付けているだろう?

 僕はセレナが教会の道具に成り下がらないようにと、そう思って彼女をここに連れてきたんだ」



 多分これが聖女様の攻略法なんだと思う。

 矛盾を指摘して自分の意見を正当化させる。


 悪知恵の働く者ならすぐに思いついちゃう方法だけど、こんなことを考えるろくでなしはそもそも聖女に近づけない。


 アランが特殊なんだ。

 純粋な心でセレナちゃんを独占しようと思えるこの女が異常なんだ。


 ……だけど、ボロは出た。

 後は、それを拾い上げるだけ。



「セレナちゃん、教会のことをどう思ってるか教てあげてよ、アランに」



 不安そうにわたし達を見つめるセレナちゃんは、真摯に答えてくれた。



「はい、私は進んで病棟に入院する方々を支えています。

 アランさんが言うような束縛は受けてませんよ。

 お休みもらっていますし。

 ……あの、お二人とも、喧嘩するのは良くないですよ。

 私はアランさんの元で彼女を精一杯導きますから、だから、傷つけあうのはやめませんか……」



 争い事を好まないセレナちゃんの目の前でやり合うのは酷だったかな。


 でも、まだだよ。


 喧嘩は、こっからだから。


 それに、今の回答でこの尋問の役目は完了した。


 後はこの女の目を覚まさせるだけだ。



「ほら、聞いたかいエリゼ、そしてこの部屋にいる少女達。

 嘘を吐くことができないセレナがこう言っているんだ。

 僕は正しい、間違っていない。

 だから、帰ってくれないか、お客様方」


「前半部分が聞こえていなかったのかな、アラン。

 教会には束縛されていないって、あなたの言い分が否定されたんだけど」



 つまりは、『僕はセレナが教会の道具に成り下がらないようにと、そう思って彼女をここに連れてきたんだ』という言葉の否定。


 リューカちゃんから聞かされたアランの言い分には、『手を差し伸べた人からの感謝や報い、賞賛を否定してはいけない』や『アラン一人で聖女としての力を高めてあげる』なんてのがあった気がする。


 だけど、ひとまずはこれで十分かな。


 たった一つとはいえ、アランの言葉に嘘が含まれていたことが証明された。


 嘘をつく人間の頼みは聞けないよね、聖女様。


 人知れずセレナちゃんを縛る制約は解け始めている。



「まだ喋るのか、君は。

 争いは止めろとセレナが言っているのに、それでも続けるのかな?

 はは、君こそセレナの気持ちを考えていないじゃないか。

 僕はもう争う気はないんだよ。

 だから、帰ってくれ」



 もう、論点をずらしても遅いよ。


 わたしはその化けの皮を剥ぐ、嘘で塗り固められた本音を導き出す。



「今日はよく喋るね、アラン。

 そっか、吠えてるんだ。

 自分を見繕うために、一生懸命わんわんにゃんにゃんって鳴いている。

 すっごく可愛いよ」


「……エリゼ、君、わざと僕を煽ってるね」



 アランはわたしを睨みつけている。

 美形が台無しになるぐらいの憎悪をその身に宿して。



「そうだよ。

 その余裕そうな仮面を剥ぎ取って、さっさと本音を語って欲しいな。

 どうしてこんな醜いことをしているのか」


「醜い? 醜いのは君の方だろ。

 ズカズカと僕の領域に入り込んで、言いたい放題しているエリゼの方が醜いと思うよ」



 埒が明かないな。


 やっぱり、言葉でアランを裸にすることはできないか。


 その時、絶好のタイミングで武闘家のラスカちゃんが言葉を挟んでくれた



「いつまで口先だけの茶番を繰り広げてるの?

 二人とも、感情をぶつけ合いたくて仕方なさそうに見えるけど。

 こういう時って、あれしかないよね」



 ラスカちゃんは、隣にいるメイリーちゃんと顔を合わせて頷く。

 そして、二人は同時に口にする。


 わたしが待ち侘びていたその言葉を。



「「タイマンだよ」」


「わたしはいいよ、初めからその気だったし。

 アランはどうする? 逃げてもいいよ」


「……逃げる? その言葉返させてもらうよ。

 エリゼ、這いつくばって僕の足を舐めれば決闘の申し込みを撤回してあげてもいいよ。

 それで、君が負ければセレナには二度と関わらないでくれ」



 売り言葉に買い言葉。

 そういうところは何も変わってないね。


 だけど、その言葉に驚愕し怒鳴る少女が一人。



「そ、そんな!? やめてください!!

 私はお二人が争うことを望んでいません!!

 お願いですから、これ以上傷つけ合うのは、見たくないです……」


「ごめんね、セレナちゃん。

 これはわたしとアランのが勝手にする喧嘩だから。

 だから、何も気に病まなくていいよ」



 そして、わたしの後ろで待機しているメイドにも眴(めくばせ)をする。

 みゅんみゅん、わたしあなたが悲しむことをしちゃう。

 ごめんなさい。


 謝罪を込めた視線の先のあなたは、ただ優しく微笑んでくれた。


 やってこい、とでも言わんばかりのその顔に励まされる。


 ありがと、みゅんみゅん。



「じゃ、はじめよっか」


「まさかこの部屋で暴れる気かい?

 エリゼ、君はよく知っているはずだ。

 この場所に無数の対侵入者用の術式が組み込まれていることを」


「リューカちゃんならまだしも、アランが組み込んだ術式なんて大したことないよ」


「手厳しいね。まるで……初めて出会った頃の君を見ているみたいだ。

 冷徹で冷血で冷酷なあの頃の君を」


「……さっさと始めようよ」



 昔の話はしてほしくない。

 二人きりの空間ならまだしも、みゅんみゅんが後ろに控えているんだから。



「ふっふふ……そうだ、このまま煽られぱなってのも癪だから、一つだけ良いことを教えてあげるよ」


「何?」



 アランは不気味に笑いながら告げる。


 妄言を、戯言を。






「エリゼ、君とミュエル・ドットハグラの関係をなんて呼ぶか知っているかい?

 恋仲でもなければ友人ですらない『共依存』だよ。

 共に依存し合い生きているだけの不快な関係さ」






 あ、これ駄目だ。


 冷静でいられない。


 もう言葉はもういらないか。


 わたしは先に降りるね、醜い武力の戦場へ。


 だから、アランも引きずり降ろしてあげる。



「……アランは、わたしとミュエルさんをどれぐらい見たの?」


「ここ一週間。ヒカリに監視させていたんだよ。

 それに、どういう経緯で君と元聖騎士が繋がったのか、今はどういう関係にあるのか。

 それを探れるだけ探ったのさ。

 その結論を恋愛経験豊富な僕が言葉にしてあげたんだ。

 感謝して欲しいな、エリゼ」



 この一週間、屋敷に向けられていた視線はそれか。


 ヒカリ……多分あの三つ編み魔術師の名前だと思う。


 陰湿で気持ちの悪いやり方、最悪だ。



「その程度でわたし達の仲を測ったんだ……。

 共依存なんて言葉じゃ収まらない程、わたしとミュエルさんは結ばれてるんだよ。

 わたしでもミュエルさんでもない人間が、どうしてわたし達の関係を言語化しているの?

 くだらない、つまらない、見当違いも甚だしい。

 ……もういいよ、期待外れ」


「あはは、なんとでもいえばいいさ。

 依存することでしか生きていけない気持ちの悪いエリゼ。

 で、君の手持ちはその傘一本だけかな?

 武器があるならさっさと出してくれると助かるんだけど」



 ……ぶっ飛ばしてあげる。



「アラン・アラモード……とってもかわいい名前だね」



 美しく整ったその顔は歪む。



「は? 今、なんて、言った?」



 声が震えてるよ、可愛いぐらいに。



「何度でも言うよ、アラン・アラモード。

 自分の名前も愛せない人間が人に愛されると思うなよ」



 わたしは性格の悪い女だ。


 アランが一番言われたくないことを言葉にした。


 彼女がずっと隠し続けていた家名を、腹いせに口にしてした。


 でも、これでいい。


 やっと始められる。


 その心、へし折ってあげるから。



「その名前を……呼ぶなぁああああああああ!」



 アランは剣の柄を握りしめ、叫んだ。


 それが合図だった。


 開戦の鐘は鳴り響く。


 同時に、わたしは走り出していた。


 わたしが放つ敵意を察知したらしく、四方八方の何も無いはずの空間上から鎖の群れが飛び出してきた。


 それは、この階層の至る所に仕込まれている侵入者を束縛するための術式。

 迅速に対象者を捉え無力化させてしまう封印の魔術。


 けど、わたしにとってはゆっくりと落ちてくる鳥の羽と同じだった。


 歪んだ空間から放たれる鎖は、視認してから回避できる程度の速度でしかない。


 わたしの方が速い。


 団欒室という名前に相応しい程に娯楽設備があるこの部屋。


 テーブルを、ビリヤード台を、壁を駆ける。


 飛び出る鎖の隙間を流れるように躱す。


 二人の距離はあっという間に縮まった。


 そして、アランと対峙する手前でわたしは片手に提げていた黒の傘を構える。


 対して、アランが手にしたのは『斬帝ざんてい』と呼ばれる紅い剣。


 雨を凌ぐ道具と、仇なす者を斬り伏せる刃。

 どちらの武器が優れてるかは一目瞭然だった。


 でも、それは武器として見た場合の話。


 わたしの武器は、別にある。


 アランが剣を鞘から抜いた瞬間、彼女に向けて黒色の傘を開けた。



「舐めるなよ、エリゼ!!」



 あからさま過ぎる程に視覚情報を遮断させるそれを、美形の少女は即座に両断する。


 わたしがアランの前から姿を消すことができたのは一瞬にも満たない刹那。


 でもそれで十分だった。


 力強く踏み込み、その場から勢い良く跳ねるだけの時間にしては十分過ぎた。


 剣を振り下ろした直後の隙を突いて、わたしは彼女の鍛え上げられた腹に神速の飛び蹴りをかます。



「がはっ、卑怯だぞ……!!」



 体内を揺らされたアランのその綺麗な顔は苦痛に染まる。


 蹴りの勢いは止まることを知らず、そのまま部屋の中を一直線に突き進む。


 そして、壁一面の窓ガラスへと至った。


 バンっと一面のそれが揺れる。


 とても強靭に作られたそのガラスだけど、もう耐えることはできないみたい。


 ミシ、ミシとヒビが入り始めて蜘蛛の巣のように広がる。


 間もなくして、団欒室の壁一面のガラスは崩壊した。


 三つ編み魔術師の悲鳴が聞こえる。


 聖女の驚く声が聞こえる。


 弓兵は吹き出し、武闘家は笑う。


 ゴスロリ魔術師は絶句し、メイドは風穴が出来た壁に駆け寄った。


 部屋の至る所に術式が組み込まれているなら、外へ出ればいいんだよ。



「アラン、ぶっ飛ばしてあげる」



 恋に落ち続けて来たあなたも、空を落ちるのは初めてかな。





 ☆





 聖教国クオリア。

 その中心に聳え立つ高級で高層な宿屋から、突如として飛び出した二人の影があった。


 地上250メートル程のその空中で、怠惰な少女は囁く。



「来て、シュガーテール。甘いお話を聞かせてよ」



 振り上げた少女の両手の内に大剣が現れる。

 それは、禍々しくも見たもの全てを魅せる紅蓮の大剣。


 夜空を覆う雲は晴れ始めていた。


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