第77話 僕は、何も間違っていない

 アラン視点



 高級宿屋『クレシェンド』には、ギルドの上位パーティ『テンペスト』が貸し切っている階層が存在する。

 その階層の内、団欒室として使用される広めの個室に僕はセレナを誘い込んだ。


 これで、ようやくセレナを僕の女に堕とす準備が整った。


 けど、重要なのはここから先だ。

 教会で口にした言葉は全て真実でなければいけない。


 セレナが聖女としての力を望むのなら、僕に仕えて徳を積めばいい。

 そして、皆が望む様に相応の報酬をセレナに与えればいい。


 今はじっくりと、彼女を堕とすことだけ考えるんだ。

 聖女としての生き方を捻じ曲げて、僕だけの女にする。


 過程はどうだっていい、最後に僕を求めてさえいればいい。


 僕が腰を掛けている個人用の椅子を挟んだテーブルの向こう側には、大きなソファに座った三人の少女達がいる。


 メイリー、セレナ、ラスカの愛しい三人。


 脇に大きな動物のぬいぐるみを置いているメイリーは、嬉しそうに不思議そうにしている。

 テーブルの上に置かれたクッキーを摘んだ。



「アラン様、よくセレナを連れてこれたね〜。

 セレナ、お菓子食べる? 美味しいよ〜」


「……頂きます」


「はい、どうぞ」


「ありがとうございます、メイリーさん」


「どいたまっ!」



 和やかに、とはいかないか。


 メイリーはまるで妹ができたみたいにはしゃいでいる。

 だけど、セレナはまだ不安を抱えている。


 それも時間の問題だ。


 必ず幸せにしてみせるから。



「で、アラン様。セレナをどうやってここまで連れて来たの?

 あんな別れ方をしたんだから、セレナは絶対戻ってこないと踏んでいたんだけど」



 ラスカは真っ直ぐと僕の目を見てそう口にした。



「はは、ラスカ、それは君もよく知っているはずだ。

 僕には人を虜にさせる魅力がある。

 愛を囁いて、その後に少しだけ交渉しただけだよ。

 誰の元で居るのが聖女にとって有意義かを教えてあげたんだ」


「交渉? この前は断られたら潔く諦めるって言ってた気がするけど……。

 セレナ、アラン様の言った通りで合ってる?」


「概ねは合っています。

 具体的に言うなら、アランさんは私を頼ってくれました。

 善なる道へ導いてくれと、だから私は今ここにいます」


「なるほど……アラン様、セレナに今まで通りの日常を送らせてあげる気はある?

 街へ出て困っている人に手を差し出す、そんな聖女の営みは止めないよね?」


「ゆくゆくはね。けど、今は僕の側でいてもらう。

 セレナには、これまで人を喜ばせてきた量に相応しい礼も受け取ってもらわないといけないからね」



 だから、今は外に出すことは許されない。


 それに、わざわざ街に出て徳を積まなくても、側にいる僕を救い続けてくれれば良い。

 他人を救うのも、僕を救うのも何ら変わりない。


 僕の愛するラスカは、ただただ冷ややかな目をしていた。


 そんな目を、しないで。



「アラン様……なんか、ズレてるよ。

 それは、ちょっと自分勝手すぎる」


「そうだよ、アラン様……話が違うよ。

 セレナは聖女として迎え入れるって言ったじゃん!!

 もう、束縛しないって、聖女としての活動を優先させるって!!」



 それは、今まで経験してこなかった否定の声だった。

 いや、否定ということなら何度も何度も経験している。


 だけど、こんな、本気で怒ってそうな彼女達を見るのは初めてだった。



「安心してくれ、二人とも。

 ほら、セレナは僕の元を離れないだろ?

 悪意を持って無理矢理連れて来たわけではないんだよ。

 セレナは条件をのんでくれている。何も問題は無いさ」



 何も問題は無い。


 僕は間違っていない。



「アラン様、私達に何か隠していない? どこか焦っているように見えるよ

 とても、あなたらしくない」



 ラスカが何を言っているか分からない。

 僕はいつだって僕だ。


 アランは、ずっとずっとこんな女だったじゃないか。

 皆はそんな僕を好きになって、ここまでついて来てくれたんだろう。



「あは、はは……僕らしくない? いつも通りだと思うけど」


「全然アラン様らしくないよ!!

 あたしが愛しているアラン様は、もっと人の心を読める人だよ

 ワガママで自己中なとこはあったけど、こんな酷い人じゃないんだよ……」



 先ほどまでセレナとの再会を喜んでいたメイリーは、瞳の端に涙を溜めながらそう言った。


 ……でも、こうするしかなかったんだ。


 僕は、恋を諦めたくなかいから。


 恋路の過程がどうであれ、惚れた女が最後に僕の舌と指を求めてさえいればいい。


 だから無理にでもセレナを堕とさないといけない。


 エリゼに取られる前に、僕の魅力に惚れてもらわないと。


 そうだ、そうじゃないか。


 さっさとセレナを堕とせばいいんだ。

 そしたら二人の怒りも収まるはずだから。


 今晩にでも、セレナを抱いてやろう。

 生涯純潔なんて謳っている彼女だけど、きっと僕の愛にかかればその間違った思考も改めてくれるはずだ。


 あはは、楽しみだな。





「アラン様、セレナには謝った?」





「え……」


 どうしてだろ、ラスカのその言葉が頭から離れない。


 僕はまだ、謝っていない。


 あの日、深淵の遺跡で置き去りにしたことを謝罪していない。


 ずっと謝らないといけないと思っていたのに、どうして忘れていたんだろう。


 ……いや、僕は何も間違っていない。

 それも、セレナが僕を愛してくれれば問題じゃなくなる。


 だから、間違っていないんだ。


 ……。


 廊下を走る音が聞こえる。


 こんな時間に誰だろうか。

 宿屋の従業員ではないことは確かだ。


 ああ、愛するあの子か。

 今夜は随分と遅い帰りじゃないか。


 それだけ熱心に監視をしていてくれたのかな。


 バン、と部屋の扉勢いよく開けられた。


 エリゼの偵察と彼女の情報を探らせていた魔術師のヒカリが、息を切らしながら部屋へ来た。



「はぁ、はぁ……アラン様。エリゼ……エリゼ・グランデが、来る。

 聖女様を取り戻しに……はぁ、ふぅ……ここへ」



 ……。



「ああ、そうか。分かった」



 本当は何も分かっていない。

 ただ、そう答えるしかなかった。


 メイリーとラスカは驚いた顔で何かを喋っている。

 でも、何も聞こえない


 セレナは……。




 大きな目を見開いて、口角を上げて誰がどう見ても嬉しそうな顔をしている。




 これじゃあ、まるで……僕が悪役じゃないか。


 僕はただ、好きな女を喜ばせようとしているだけなのに。


 これからやってくるエリゼという女に対して、僕はどう行動すればいいのか分からない。


 ただ、訳も分からずに剣を抱えていた。


 特別で特殊で頼りになるその紅い剣の名前は『斬帝』。

 これで、何をするんだ。


 戦うのか、セレナを取り戻しに来るエリゼと。


 そもそも、エリゼはどうしてセレナを……ああ、そうか。


 リューカは折れていなかったんだ。

 だから、エリゼをに助けを求めた。


 見くびってたな、あの怪物魔術師のこと。

 人と関わってこなかった分、誰に関しても無関心だと思っていた。


 けど、そうじゃなかったみたいだ。

 僕はリューカ・ノインシェリアのことを何も理解していなかったのか。


 そして、大嫌いだ、エリゼ・グランデ。


 セレナを奪いに来るんだろ。

 また僕の恋を邪魔するんだろ。


 上等だ。


 妬ましい、妬ましい、妬ましい。


 憎悪を溜めながら、ぼんやりと夢見心地で椅子にもたれかかる。





 ☆





 間もなくして、訪問者は現れた。


 広大な団欒室の扉が静かに開く。


 そこには、黒を纏った女が三人並んでいた。


 二つ結びの幸薄そうな少女。


 漆黒の杖を抱えたツーサイドアップのゴスロリ魔術師。


 給仕服を着た金色長髪の元聖騎士。


 今、一番見たくない顔ぶれだ。



「セレナちゃん、帰ろっか」



 僕がこの世で最も目障りだと思っている君は、優しい声でそう囁いた。


 はは……。


 絶対に渡さない。


 僕の恋は終わらせない。


 この場所は僕が作り上げた城。


 ここにいるお姫様は全て僕の女だ。


 セレナ・アレイアユースは、僕の女だ。


 エリゼ・グランデに彼女は渡せない。

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