第37話 混ざり合う意識のランデヴーメルト


 景色が混雑している。

 世界が揺らいでいる。

 全ての色彩が瞳を通して脳に突き刺さってくる。


 わたしが出逢ってきた過去の風景が混ざり合って出来た、ぐちゃぐちゃの世界が目の前にある。


 自分でも意味がわからないことを考えているとことは自覚してるんだけど、そう表現するしかない。


 まるで夢を見ている様な。

 ……いや実際夢の中なんだ。


 だって、わたしは自立人形ゴーレムによって体のほとんどが抉られているんだから。

 五体満足で立っていられるはずがないんだ。


 初めてかも、自意識が残ったまま夢を見るなんて。


 だけどあれ、なんかおかしいな。

 思い通りに夢が動いてくれない。

 こういうのって、思い通りの世界を彩れるって聞いてたんだけど。


 何をどう想像しても視界は不変。

 どうせなら、百人ぐらいのミュエルさんに囲まれてみたかったな。


 そして、そのまま時間が過ぎていく。

 身動きが取れないまま、幻想の世界を眺めているだけの虚無。


 眠気を知らない鮮明な意識は、わたしの思考放棄を許してくれない。

 夢の中で眠ることはできない。


 やがて、わたしの過去を映し出す映像は消えて、世界は黒に包まれた。


 もしわたしの無意識下にあるモノを表しているとしているのなら、まあまあ最悪だ。

 真っ黒な世界がわたしの根底であって欲しくは無いな。


 ……。


 え、これいつ目が覚めるの?

 いや、考えたくはないんだけど『死』という文字がずっと脳内にチラついている。


 まさかね。


 わたしのそんな不安をよそに、黒い世界の中に何かが現れた。

 人型のそれは、どんどんわたしの方へと歩みを寄せてくる。

 黒を背景に映えるそれは、どこからどうみても人間だった。



「やほー」



 わたしの夢の中に誰かがいる。

 わたしの深層意識に存在してるのかが怪しい、人懐っこさ増し増しでコミュニケーションを図ってくる存在が話しかけてきた。



「え、誰?」



 とは言いつつ、わたしはこの人を知っている。

 夢の中とはいえ、基本的には現実世界で見たことのある人間しか出てこない。

 初見の相手が出てくる、なんてことは多分ないはずだ。


 もちろん、声の主が誰であるかは見当がついている。

 だけど、わたしの覚えている人物像と一致しない箇所がある。

 違和感が生じている。



「こうして面と向かって会うのは初めましてだね。アタシはキミのメイドのお友達だよ」


「あー、騎士団の副団長の方ですか」



 やっぱり知っている人だった。

 聖騎士時代のミュエルさんの追っかけをしている時に見たことがある。


 名前は、ナルルカ・シュプレヒコール。

 ミュエルさんの親友でその命を守った人物。


 派手な桃色の髪をしていたはずなんだけど、今は銀髪になっている。

 違和感の正体はそれだ。



「そうそう!覚えてくれてたんだ、嬉しいな。実はアタシもキミのこと知ってるよ。

 ミュエルちゃんオタクの一人だよね」


「え、ちょっと恥ずかしいんですけど。追っかけてくる側の顔を覚えるってことあるんですね……ミュエルさんには認知されてなかったっぽいから油断してました」



 騎士団の人って、ちゃんとファンのことを覚えてくれているんだ。

 一方的にこっちが応援していると思い込んでたから、認知されてるとなると話が変わってくる。

 だってそれって、好意的な意味で受け取れば嬉しいこと極まりないんだけど、普通に厄介なきしょい人間として覚えられてる可能性も出てくるから。


 顔をどうして覚えているか、その真相は聞かない様にしておこう。


 もしかしてミュエルさんも、わたしが追っかけをしていた大勢の内の一人であると気付いているのかな。

 だとすると、次会った時ちょっとだけ緊張しちゃうかも。


 ……。


 というか、この世に存在していないナルルカさんが現れたということはそう言うことなんだろう。

 おそらく、もう一度ミュエルさんに会うという願いは叶わない。



「わたし、死んじゃったんですか」


「ううん、違うよ。その逆、キミは無事生き延びることができたんだよ」


「え、わたし生きてるんですか」



 思考した刹那に否定を決め込まれた。

 わたしあの状態でどう助かったんだ。


 内臓とか血液とか、生命活動に必要な諸々を片っぱしから失くしてしまった気がしていたんだけど。



「そ、なんとか生きてるみたいだね。

 そんで、ここはあなたの精神世界ってカンジかな」


「精神……世界……?」


「んー、夢の中って認識でいいと思うよ」


「じゃあ、ナルルカさんもわたしが作り出した幻影ってこと?」


「お、名前覚えてくれてるじゃん、喜びの極みってカンジ。

 アタシは、アタシが死の間際に残した魔力の残滓。

 腕輪に残された最後のアタシってこと。

 どうやらキミは腕輪の力で死を免れたみたいだね」



 自立人形ゴーレムと相打ちになった後、自然と握りこんでいたあの腕輪。

 まさか、わたしは気を失いながらその力を自分のためだけに使ってしまったのか。

 背筋が凍った、夢の中だけど。



「やばい、どうしよ……綺麗な形でミュエルさんに返そうと思ってたのに。ナルルカさんが残した大切な腕輪だったのに」



 やりきれない気持ちで胸が満たされる。

 全霊の想いが込められたその腕輪。

 わたしには一切関係のない尊いそれを、わたしは無下にしてしまった。

 人の想いを踏み躙ってしまった。



「こらこら、落ち込まないで。使ったのはキミじゃなくて、ミュエルちゃんだよ」


「え、ミュエルさんがどうして遺跡に」


「そりゃキミへの愛でしょ。頑張って探しに来てくれたみたいだよ。

 ちょっと妬けちゃうな」



 胸が暖かい気がする。

 わたしのために、そこまでしてくれるなんて。



「嬉しいけど、流石に申し訳ないです。ナルルカさんが残してくれた形見をわたしなんかに使ってもらうなんて」


「申し訳ないのはアタシの方だよ……あんな最悪な魔道具を形見にしてミュエルちゃんに贈ってしまったこと、今でも後悔してる。

 そして、キミにも謝らないといけないんだ」



 空気が一変する。


 あの腕輪が最悪の魔道具という言葉が重く響く。

 認識が甘かったのかもしれない。

 わたしはその腕輪を『奇跡』の名の通り、良い様にだけ捉えていた。


 ただただ魔力を溜め込んでいて、それはどんな魔術でも再現させることのできるものなんだと。



「腕輪が最悪な魔道具って、本当ですか?」


「うん。この腕輪はね、奇跡を起こすための魔力の塊なんだよ。

 だけどそれだけじゃない……この腕輪は、アタシが死の間際でさえ躊躇して、結局使わなかったヤバいブツなんだ。

 使えばアタシはアタシで無くなっていたと思う」


「っていうことは、わたしもわたしじゃなくなる、と?」


「おそらくは、ね。この『奇跡』と呼ばれる魔道具を使ってしまったキミは、きっと人では無くなってしまう」


「がーん。そんな……じゃ、じゃあわたしは何になるんですか?」


「君はね、次の『  』になるんだよ」



 ナルルカさんは発した言葉の一部にノイズが走った。

 そんな気がする。


 決して聞き逃した訳ではない。



「すみません、もう一回言ってください」


「え、だから君は『  』になるんだって」



 泣きそう。

 ちゃんと耳を傾けているのに、その部分だけが本当に聞き取れない。



「うぅ、大事な部分だけ聞こえないみたいです」


「あー、大丈夫。キミのせいじゃないよ」



 そういう気遣いが一番心にきたりする。

 気を遣われるってなんだかもやもやするんだよな。

 ありがたいと思える反面、それと同じだけ劣等感が襲ってくるから。



「多分、『  』側がキミに事実を伝えまいと妨害してるっぽいね」


「気になり過ぎるー。なんとか抜け穴潜るように説明してもらえませんか?」


「いいよー、じゃあこれはどうかな。『  』は対象者の根底にある『  』を奪う。……聞こえた?」


「全然駄目っぽいです。対象の根底にある、の前後が聞こえないです……」


「そっか、じゃあこの話は終わりにしようか」



 沈黙が訪れる。

 色々聞きたいことはあるんだけど、ナルルカさんは何かを考え込んでしまっているので、気軽に質問をすることができなかった。


 数秒の静寂の後、ナルルカさんは何かを吹っ切ったように口を開けた。



「ねぇ、じゃあさ……アタシのお願い事、聞いてくれるかな?」



 そんなの、断る理由がない。

 ミュエルさんを、文字通り命に変えて救ってくれた人。

 ナルルカさんのお願いならなんだって聞ける。



「もちろんです。わたしにできることなら何だってやりますよ」


「ありがと。今から言うことを伝えてくれるかな、あの子に」


「はい」


 ナルルカさんは大きく息を吸う。

 決意を固める様に、勇気を振り絞る様に。

 想いを込めた言の葉を紡ぐ。



「アタシとの一番の思い出が悲劇でいいわけないじゃん!」



 彼女がその一言に込めた感情は怒りだった。

 それも特大の激怒。


 綺麗な顔を赤くして、瞳に涙をためながらそう叫んだ。



「……大好きな人に一生覚えられるってのはとっても嬉しいことなんだけどさ、呪いとして背負われるのはちょっとキツイかな。

 アタシはもっと楽しい思い出として刻まれていたい。

 アタシが初めて話しかけたあの日、海を見たあの日、大食い対決をしたあの日、初めて喧嘩したあの日、夢を語ってくれたあの日、もっともっと色んなアタシを思い出して欲しいんだ。

 戦場での出来事なんて、アタシとミュエルちゃんにとってはほんの一節なんだから、そんなちっぽけな場面は無視して楽しかったはずの毎日だけをずっと覚えていて欲しい」



 ありったけの想いを綴った演説。

 死者から生者へのメッセージ。

 尊ぶべき最愛の願い。


 ただただ勢いに圧倒された。

 最後の方は、怒りではなく照れで顔を染めていた気がする。


 そして、ミュエルさんを想っているのはわたしだけでは無かったのだと思い知った。

 なんだかんだ、いつの時代もあの人のことを考えてくれていた人がいたんだなと、安心もした。



「君が伝えてくれないと、アタシはあの子に恐れとして刻まれてしまうんだよ。一生ね」


「うっ、責任重大ですね。けど、絶対伝えます。

 ナルルカさんはわたしにとっても大切な人ですから、そんなあなたに悲しい思いをして欲しくない。

 だから、絶対に伝えます!」


「あはっ、キミがカッコいい人間で良かったよ。そうだな、もしこの願いを叶えてくれなかったら……永遠に恨むぜ、エリゼ・グランデ」



 ウインクをしながら、指で作った銃をこちらに撃ってきた。

 お茶目な人だな。


 どうして、こんな優しい人が死ななければいけなかったんだと、とっても悲しくなった。

 こんなにミュエルさんを大事に思ってくれる人が、なぜ命を落とさないといけなかったんだろう。


 そんなことを考えていると、いつの間にか生暖かいものが溢れてきた。



「うぐぁ、ぐす、一言一句、うぅ、漏らすことなく伝えまずっ!!」



 涙声だけど、なんとか返事をした。

 そのお願いだけは、絶対に叶えないといけない。

 ミュエルさんに、ナルルカさんからの伝言を届ける。

 何があっても、死んでも伝える。



「おいおい、泣くな泣くな〜。君はアタシの恋敵なわけだけどさ、彼女を支えることのできる限られた二人の内の一人でもあるんだよ。

 まぁ、もう一人は死んじゃったんだけどね、たはは」


「うぅっ、笑えないですよぉ」



 たった今、初めて会話を交わした人間をも慰めてくれている。

 自虐を含む冗談まで言ってくれた。


 優しい人だな、本当に。



「ほら、手、出して」


「はいっ」



 ナルルカさんが、わたしに向けて手を差し出した。

 白く、綺麗な右手。

 

 握手を交わす、身動きの取れなかった体だけど腕を動かすことができた。

 それを起点に気づき始める、徐々に金縛りが溶けてきていることに。


 優しいその手をわたしは忘れない。

 この空間で起きた会話を、わたしは忘れない。

 忘れたくない。


 ナルルカさんの顔を改めて見ると、何かに驚いている様だった。

 わたしの手を握りながら、「へぇ、なるほど」と独り言を呟く。



「あの、どうしたんですか?」


「ねぇ、一つだけ良い報せがあるよ。

 エリゼ、キミは膨大な魔力を浴びたせいで、キミの中に存在する『   』に『 』が宿ってしまったみたい。

 だけどね、それは健気にも君を守ってくれる守護霊の様なモノ。

 決して悪いモノじゃないから、安心して良いよ」


「……ごめんなさい、また聞こえないみたいです」



 一体、わたしの何に何が宿ってしまったんだ。

 返答次第では気持ち悪がらないといけないんだけど。



「あれ、これは『  』に関係することじゃないんだけど……うーん、もしかしたら、キミ自身の問題なのかも。耳にすることを拒んでいる、みたいな」


「わたし自身が拒絶しているってことですか?」


「うん、そういうことだね」



 その時、地面が大きく揺れ始めた。

 地震とは異なる、感じたことない揺れ。



「ここまでみたいだね。もうちょっとキミと話していたかったな。

 ミュエルちゃんのこと、色々話してあげたかったな。

 ……ちなみに、今のはマウントを取るってやつだよ」



 そう言うと、彼女は意地悪帯びた笑みを見せた。

 本来ならば、わたしはその言葉に嫉妬して腹が煮えくり返っていたかもしれない。


 けどね、今は悲しみしか湧いてこない。

 本当にもっと話していたかったから。

 わたしの知らないミュエルさんのこと、教えて欲しかったから。



「ふーん……ちなみにわたしは、メイドのミュエルさん、『すいーとふらわーみゅんみゅん』を語れますけどね」


「むっかつくー!」



 わたしのカウンターを喰らったナルルカさんは、頬を膨らませながらも悪戯に笑っている。


 世界の揺れは時間の経過と共に威力を高めている。

 空間に割れ目が生じた。

 そのヒビは歪な蜘蛛の巣の様に大きく広がっていく。


 まもなく、この奇跡の様な時間は終わりを迎える。



「そんじゃあね、エリゼちゃん……ミュエルちゃんをよろしく頼んだよ!」



 それだけ言うと、騎士団の副団長を務めていた自由の語源の様な女性は、暗闇の中へ溶け込む様に消えた。


 夢の世界が崩壊を始める。

 黒の世界は砕け散り、その裂け目から白い光が露わになった。


 目覚めの時は近い。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る